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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第03章 月影の吸血姫編

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第74話 気まずい道中

 退院した日の空は、妙に白く見えたのは気のせいだろうか?

 晴れているのにすっきりしないし、雲が薄く広がっていて、光だけがぼんやり強い。

 病院の自動ドアを抜けた瞬間、その曖昧な明るさが目に刺さって、思わず少しだけ目を細めた。

 退院日まで病室では相変わらず何かをしようとするたびにセレネが突然現れて、笑顔でこちらに視線を向けてくる。

 お願いだからやめてくれ、マジで。

 目がめっちゃ怖い。


 身体はまだ重い。


 歩けないわけじゃない。だが、普通に歩いているつもりでも、どこか一歩ごとに鈍さが残る。

 息を吸うたび、胸の奥に微かな熱が引っかかる感じも消えていないし、退院できる程度には回復したというだけで、本調子とはほど遠かった。


「――ほら、乗れ」


 先に駐車場へ出ていた智明が、車のロックを外しながら言った。

 父親の家へ行く、という話は聞いていたが、こうして実際に退院後すぐ移動になると、やはり落ち着かない。

 しかも問題は、それだけじゃなかった。


「お、お邪魔します……」

「……失礼します」

「いやあ、ほんとに行くんだねえ、あははは……」


 後ろから続いてくる声に、わずかに眉を寄せる。

 上から透花、理央、そんでもって澪の三人だ。

 智明が勝手に巻き込んだ三人も、本当に来ていた。

 断りきれなかったのか、あるいは断るだけの整理がまだついていないのかは知らない。

 だが少なくとも、こうして同じ車に乗り込む程度には当事者としてここにいる。


 うん、面倒だ。


 その感想を隠す気にもなれず、俺は無言で助手席へ座った。

 シートベルトを締める動作ですら、少し身体が重い。

 気づかれたくはないが、今の俺はまだ細かいところで反応が鈍い。

 智明が運転席へ乗り込み、エンジンをかける。

 後部座席では、理央が右、透花が中央、澪が左へ座っていた。狭くはない車内なのに、妙に空気だけが詰まっており――とても、静かだった。

 そもそも俺は誰にも何を言えばいいのか分からない。

 その上で今は、祖父母の家へ向かう車の中で、何をしゃべれば、何を言えば良いのか、沈黙が続く。

 多分、理央たちもそうなのかもしれない。

 車が病院の駐車場を出る。

 窓の外を流れていく景色を見ながら、俺はなるべく気配を閉じていた。

 今は余計な会話をするより、ただ揺れに身を任せていたい。

 だが、その沈黙を長く放っておけないやつが一人いた。


「こういう時って、普通もっと軽い修学旅行ノリじゃない?」


 花宮澪が笑いながらそのように言ってきた――タフだな、おい。

 後部座席の左側で、わざとらしく軽い口調を出してくる。

 その声に、理央がすぐ嫌そうな顔をしたのがバックミラー越しにも分かった。


「花宮」

「なに」

「今それ言うのかよ」

「だって重いじゃん、空気……でしょ?」


 彼女の言葉は間違ってはいない。

 だが、それをわざわざ口にするやつもあまりいない。


「普通ならな……多分」

「だよねえ」

 

 俺の言葉に対し、花宮は妙に納得したように頷いた。

 それで会話が広がるわけでもない。

 だが、完全な無音よりは少しだけましになった。

 理央は相変わらず黙っている。

 聞きたいことが山ほどある顔のように見えたのだが、それをどこから聞けばいいのか分からず、言葉を選びきれずにいる。

 乃亜の記憶からして、理央はそういうところがある――勢いで前へ出るくせに、本当に大事なところでは妙に慎重になる。

 透花は何度かこちらを見て、視線を戻していた。

 体調を気にしているのだろう。声をかけるべきか迷っている気配が分かる。

 さて、どのように出ればいいのか――と、考えていたその時だった。

 ふいに、膝の上へ柔らかな重みが落ちてくる。


「……は?」


 思わず視線を落とし、その視線に居たのは黒猫だった。

 小柄でふわふわした毛並みと妙に賢そうな目。

 見慣れた猫妖精――ミュールが、当然みたいな顔で俺の膝の上に丸くなって、ふなぁと言っている。

 流石に俺も予想外だった。


「な、何!?」


 最初に声を上げたのは透花だった。

 澪も目を見開き、理央が一瞬だけ本気で身構える。


「ちょ、猫!?どこから!?」

「いや、車の中にいたっけ!?」

「いなかっただろ!」


 後ろで三人が一気にざわつく。

 ミュールはそんな反応を面白がるみたいに、細い目をゆっくり細めた。


「ふふ、うるさいねえ……ノアのひざ、あいてたからきただけなのに」


 そのように言いながら、眠そうにしている。

 その瞬間、後部座席の空気が完全に固まった。


「しゃ、喋った……」

「いやいやいや」

「……今更驚くか?

「今さらでも驚くだろ普通!」


 俺の問に対し、理央は叫ぶように言った。

 ミュールはそんなやり取りなど気にも留めず、俺の腹に頭を押しつけて喉を鳴らす。


「ノア、まだちょっとだるいでしょ」

「……そうだな」

「じゃあぼくがあっためてあげるね、フフ、なででていいよ、めでていいよ、どんどんしてね」


 勝手なことを言いながら、尻尾を俺の腕へ巻きつけ――相変わらず距離が近い。


「お前、いつからいたんだ?」

「さっきから」

「答えになってない……」

「きづかれてないからね、けはいけしてたから」


 そう言って、満足そうに目を閉じる。

 こいつは本当にこういうのが好きだ。

 澪がそっと前のめりになる。


「……この子が、あの」

「召喚獣の一体だ」

「へえ……」


 花宮は驚き半分、興味半分みたいな顔をした。


「思ったよりだいぶ、猫だね」

「元々猫だ」

 

 俺の言葉に対し、ミュールがすぐに返す。


「ふふ、かわいいでしょ?ノアいがいのにんげんにはふれるのきょかしてないけど、きょうはぶれいこうだからゆるす」


 その言い方が妙に得意げで腹立たしい。

 理央はまだ警戒を解いていないらしく、じっとミュールを見ていた。

 透花は驚きながらも、少しだけ表情を緩めている。

 多分、見た目の愛嬌に引っ張られているのだろう。

 だが、ミュールの本質を知っている側からすると、見た目で油断するのは危ない。


「――お前ら」

 

 運転席の智明が、前を向いたまま言った。


「今は詮索より静かにしとけ」

「いや、おじさん、猫が喋ってるんだけど?」

「俺も最初はそうだった」

「慣れるんですかこれ?」

「慣れたくなくても慣れる……まだ猫なんて良いだろう!俺なんか男二人と女一人でニコニコしながら現れていたんだぞ!そうだろう乃亜!!」

「…………あの時はシオンとセレネ、そしてルクスが済まない事をした」


 俺の頭の中にはあの光景がよみがえってくる。

 同時にシオンの毒花が咲き始めてしまった事で、部屋がヤバイ事になった事も思い出しながら。

 ため息を吐きながら、智明は続ける。


「聞きたいことがあるのは分かる。でも今ぶつけても整理ついてないだろうな……まぁ、お互いにな」

「はーい」


 花宮の返事に対し、智明はそれ以上は言わなかった。

 だが、その一言で後ろも少しだけ落ち着いた。

 車はまた動き出す。

 病院の多い通りを抜け、店の並ぶ道を抜け、徐々に人通りの少ない方へ入っていく。

 街の密度が少しずつ薄くなり、窓の外に見える家並みも低くなっていく。

 俺は再度、窓の外を見る。

 知らない場所へ向かっているわけではないのだが、正確には、乃亜の記憶の奥にわずかに残っている景色がある。

 母方の祖父母の家――完全に馴染みがあるとは言えないのだが、乃亜の記憶を探るに微かに思い出させるものはあった。

 しかし、それでも気は重かった。


「ねえ、おじさんの実家って遠いの?」

「そこまでは遠くないぞ、少し郊外に出るだけだ」

「ふーん……」

 

 花宮と智明がそんなやり取りをしている間、無意識に俺はミュールの顎を撫でていた。

 気持ちよさそうな顔をしているミュールに気づかないまま、俺は早く着かないかと感じながら、静かに外の景色を眺めているだけだった。

 そして相変わらず、気まずい雰囲気は流れたままだったのである。


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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