第73話 祖父母の家へ
本日より第3部スタートします。
よろしくお願いいたします。
目が覚めてから数日――身体の重さは少しずつ抜けてきたが、まだ本調子には遠かった。
起き上がれば怠く感じる。
少し長く歩けば息が詰まる。
ちょこっとだけ魔力を流そうとすると、身体の奥に鈍い熱が残っているのが分かり――同時にセレネが目の前に突然現れて怒られる。
いや、そんな顔しないでほしい、笑顔が怖い。
バハムートを呼んだ代償としては、むしろ軽い方なのかもしれない。
だが、乃亜の身体に無理をさせた事実は変わらなかった。
そもそも、自分自身の身体であれば、こんな負荷にはならない――乃亜の体が耐えられない。
(うーん……鍛えないといけないな……)
乃亜の体も心配だが、少し体を鍛えた方がいいだろうか?
病室の白い天井をぼんやり見上げて考えていた所、扉が開く音がした。
「おう、起きてるな」
乃亜の叔父、智明が現れる。
今日も仕事帰りらしく、ワイシャツの襟元が少しだけ乱れていた。
手にはコンビニ袋と、書類のようなものを持っており、疲れていないわけではないだろうが、それでもこの人は病室へ入ってくる時、妙に普段どおりの顔をする。
それがありがたい時もある。
「よし、ノア、話がある」
「……ろくでもなさそうな話だな?」
「おう、よくわかったな。正解だ」
嫌な予感しかしない返答だった。
俺が眉を寄せると、智明はなぜか妙に明るい声で告げた。
「ノア、父さんの家に行くぞ!」
「…………は?」
思わず間の抜けた声が出た。
今、何と言った?
「『父さんの家』?」
「ああ」
「何で?」
「色々あって、だな……まぁ、色々あったんだよ」
「なんだよ、詳しく説明してくれ」
即座に返すと、智明は面倒そうに頭を掻いた。
この反応を見る限り、どうせすでにある程度話は決まっているのだろう。
そういう時のこの人は、説明を後回しにして先に結論だけ置き――それは正直、困る。
「今のお前の状態なんだが、あんまりよくない。怪我とかじゃなくて、お前自身の周りだ」
「……乃亜、瑠亜たちの親か?」
「ああ……それもあるが、まず学校だが、実習の件でまだもめてるし、それに……」
「それに?」
「久城家……お前の家族と距離を少し置きたくなった……お前が電話に出ないから、俺に毎日のように電話をかけてくるんだよ……」
ため息を吐きながら、叔父はそのように呟いていた。
どうやらそれは本当らしく、乃亜の家族たちが迷惑をかけているらしい。
そういえばあれ以来、両親、姉、そして弟の瑠亜の四人が見舞いに来ないなとは思っていた。
「あ、見舞いに来ないなと思っていただろう?」
「ああ……」
「色々と手をまわしてるから来ないんだよ……あ、退院する事も言うなよ?」
「そんなのいうつもりはない」
「だろうな」
笑いながらそのように答える智明の姿に、少し安堵を覚えながら視線を向けた。
言いたいことは分かる。
病院も学校も、今は余計な目が多いし、久城家に戻る気など最初からない。
そもそも選択すら入れていないのだが――そういう意味では、環境を変える判断自体は間違っていないのかもしれない。
「叔父さんの家じゃ駄目なのか?」
「駄目ってわけじゃないぞ……ただ、そっちも騒がしい」
「え?」
「どうやらマスコミが騒ぎだし始めたらしくてな……テレビは見てないからわからないと思うが……そうなると、あっちの方に避難した方がいい。因みにお前の両親にはちゃんと許可は取ってる。色々とかき回されているらしくてな、向こうも」
「……そうか」
どうやら瑠亜達も大変らしい――別にどうでも良いのだが。
しかし、まさかマスコミが嗅ぎつけているとなると話が大きくなってしまう。
当分はダンジョンに行くのはやめた方が良いのかもしれないと考えていると、まるでそれが分かっていたかのように、智明が目を向けてくる。
「お前、ダンジョン入ろうとか思ってたか?」
「……」
「おい、視線そらすな!とにかく、だ!」
そういいながら、智明は俺の病院ベッドを叩いた。
「父さんは話が早いし、母さんも口は軽くない……久城家に比べりゃ、余計なことになる確率が低い」
「……」
「お前を休ませるにも、その方が楽だ」
そう言われると、強く否定しづらい。
実際、今の俺はまだ動きづらい。
病院から出たあとにどこへ置くかを考えれば、久城家よりはましな場所が必要なのも分かる。
だが、そこで話が終わらなかったのが最悪だった。
「一応、もう一つ言っておくが、良いか?」
「ん?」
「お前と組んでいた三人も来ることになった、いいな?」
「……何?」
今度ははっきりと顔が歪んだと思う。
組んでいた三人――つまり、理央、澪、そして透花の三人だ。
あの三人が来る。
同時に、俺は多分青ざめた顔をしていたのかもしれない――あれ以来、理央たちには会っていない。
智明は俺の不機嫌を流すように、平然と続ける。
「あの子たちも休む所がないらしくてな、ついでに色々話をした方がいいだろうと思って当分預かることになった。両親たちはとても喜んでいたぞ?」
「色々あったのかもしれないが……」
「お前とあの子たちの間に何かがあったのかもしれない、見ていて分かったが……一度ちゃんと落ち着いて話した方がいいだろ?」
「……」
その言葉に、少しだけ黙った。
理屈としては分かる。
理央たちも、あの実習で同じものを見た。
隠しエリアに落ち、ヴィーシャを見て、俺が久城乃亜”ではない”と知った当事者たちだ。
学校へ戻れば、どうせまた面倒になる。
話を整理する時間が必要だというのも、おそらく間違ってはいない。
だが、それと祖父母の家へ連れていくことは別問題だろう。
「面倒だな……」
思わず本音が漏れる。
智明が小さく鼻で笑った。
「お前の性格なら、知ってるぞ?」
「心底嫌なんだが」
「それも知ってる」
笑いながら答える智明の姿に、俺は何も言えなかった。
再度、静かに息を吐く。
病室の窓の外は、昼なのに妙に白っぽかった。
退院前のこの微妙な時間に、そんな話を持ってくるあたり、たぶんもう本当に準備は進んでいる。
「いつからだ?」
「退院したら、そのまま行くぞ」
「早いな」
「今のうちに動いた方がいい」
そこまで言ってから、智明は少しだけ真面目な顔になり、頷いた。
俺は、少しだけ息を吐く。
まだ万全じゃない身体の中で、だるさと面倒くささが同時に沈んでいる。
「……叔父さん」
「何だ」
「休む場所が増えるほど、面倒も増える気がするんだが」
「気のせいじゃないな」
「否定してくれよ、頼むから」
「悪いが、出来ないぞ」
少しだけ、言葉に詰まる。
否定されないあたり、この人も分かっているのだろう。
分かっている。
分かっているが、それでも面倒なものは面倒だ。
同時に、正直怖く感じた。
このまま、話していいのだろうか?
もしかしたら拒絶されるかもしれない――そうしたら、乃亜はどうするだろう?
「……はぁ、めんどくせぇ」
俺はそのように呟きながら、静かに天井を見上げるのだった。
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