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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第02章 王虎の戦姫編

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第62話 王虎の戦姫、本気


 突然ヴィーシャの気配が変わったのは、笑い方が一段深くなった時だった。

 さっきまでのあいつは再会を確かめるように戦っていたはずだった。

 俺が本当にノアなのか?

 ルクスもガルドも、昔のままの動きができるのか?

 今の身体で、どこまで“あの頃”を再現できるのか。

 どうやらその確認は、もう終わったんだろうな。

 ヴィーシャは血の滲んだ口元を舌で舐めると、うっとりしたみたいに目を細めた。

 金の瞳の奥で、戦意が濃く、鋭く、獣じみた純度を増していく。


「ああ、いいなぁ……」


 低い声で、彼女はそのように言った。

 楽しげなのに、その奥にある圧は明らかに違う。


「やっぱりお前は本当に最高だ、ノア」


 尾がゆっくりと揺れる。


「……そして、確かめるのは終わりだ」


 次の瞬間、広間の空気が張る。

 裂けた空間の向こうから吹き込む異世界の気配すら、一瞬だけ押し返されるような錯覚があった。

 ヴィーシャが腰を落とし、その姿勢だけで分かる。


 来る――ここからが本気だ。


「喰らえ――虎王の息。裂けろ――戦牙の道」


 褐色の肌に、新しい紋様が走り始める。


「王戦の脈動、我が血に満ちろ――《ラグナ・フェルド》」


 その詠唱と共に、金色の魔力が、爆ぜた。

 空間そのものが震えあがる。

 ヴィーシャの筋肉が一段締まり、毛並みに似た魔力の揺らぎが全身を包みこみ、そして足先が床へ触れるだけで石が軋み、鼻先がわずかに動くだけでこちらの魔力の流れを嗅ぎ分けているのが分かった。

 純粋な身体能力が、一段階上がる。

 全く持って最悪だ。


「ルクス、来るぞ!」


 言い切るより早く、ヴィーシャが消えた。

 いや、消えたように見えただけだ。

 速すぎる。

 ルクスが咄嗟に横へ跳ぶ。

 その判断が一拍でも遅れていたら、首を持っていかれていた。

 轟音と共に、白銀の毛が宙へ散る。


「っ……!」


 ルクスが着地と同時に身を捻る。

 だが、ヴィーシャはもう次の位置にいた。


「遅ぇ!」


 獣じみた歓喜の声。

 蹴りがルクスの脇腹へ叩き込まれ、白銀の巨体が横へ吹き飛ぶ。

 急いでガルドが即座に盾を差し込むが、その盾ごと押し込まれ、重騎士の足が床を深く削った。


「出力上昇、危険域」


 ガルドの声が重く響く。


「主、このままでは後衛線を維持しきれません!」

「ああ、十分わかってる!」


 黒星を二連射し、白雨を一発――壁面反射で死角を作る。

 だが、ヴィーシャは避けるというより嗅ぎ当てていた。

 首を傾け、腰を捻り、尾を振るう。その全部が、視覚だけではなく直感と嗅覚で弾道を読んでいる動きだ。


「シシッ!そういうのも好きだぜ!」


 笑いながら、今度は俺を狙って踏み込んでくる。

 速い。重い。そして正確な位置。

 そのまま防壁術式を三重に重ねる。

 一枚目が砕け、二枚目が軋み、三枚目でようやく勢いが鈍る。

 それでも、衝撃だけで腕が痺れた。


「ノア!」


 ヴィーシャの声がひどく嬉しそうに弾む。


「もっとちゃんと来いよ!そんな中途半端な守り方、らしくねえ!」


 背後で透花が息を呑み、花宮が小さく悲鳴を殺すのが聞こえた気がした。

 理央の方は前へ出かけて、ガルドの盾に止められている。

 分かっている。

 今のままでは押し切られる。

 ルクスとガルドはよく持っている。

 だが、ヴィーシャの身体能力は完全に化け物だ。

 近接戦に限れば、前の世界でも上澄みの怪物だった。

 しかも嗅覚も本能も鋭すぎる――召喚獣の連携の“つなぎ目”を、まるで最初から知っているみたいに狙ってくる。

 それはそうだ。実際、こいつは何度も俺たちと殺し合ってきた。

 俺がルクスに何を任せるか。

 ガルドをどこへ差し込むか。

 どのタイミングで武装召喚へ切り替えるか。

 その全部を、ヴィーシャは戦いながら覚えているんだ。

 だからこそ、タチが悪い。


『――主』


 ルクスの声が低く響く。

 爪と牙の向こうで、こいつももう分かっている。


『これ以上は厳しいです』

『……ああ』


 ルクスはそれ以上言い切らなかった。

 だが、言いたいことは分かる――バハムートを出さなければ、勝てない。

 あれを切れば、盤面を強引に塗り替えられる。

 ヴィーシャ相手でも、一分あれば主導権を奪い返せる。


 だが、問題はその後だ。


 久城乃亜の身体は、バハムートの出力に耐えられない。それぐらい、乃亜の体は弱い。

 以前から分かっていた。

 今の肉体で本格召喚を回せば、もって一分。下手をすれば、それすら危うい。

 筋肉も骨も魔力回路も、全部が悲鳴を上げる。

 だが、それでも、後ろの三人を見捨てるよりはいい。


 ――ノアさん、助けて。


 乃亜が頭の中で、彼らを助けるように、声をかけているように感じる。


 ――僕の身体、どうなってもいいから。


(どうなっても良くないんだ、乃亜……俺は、お前の身体を守らなければならないんだ。けど……)

「……くそ」


 俺は小さく吐き出す。

 同時に、もう迷っている時間はないとわかっていた。

 そんな事を考えている矢先、ヴィーシャが再び跳ぶ。

 その踏み込みを見た瞬間、俺は決めた。


「ガルド、十秒だけ前を支えられるか!?」

「可能です」

「ルクス、間合いを潰せ!絶対にあいつを真っ直ぐ通すな!」

「承知!」


 白銀と黒鉄が同時に動く。そのわずかな隙間に、俺は拳銃を消した。

 両手を開き、深く息を吸い――胸の奥、もっとも深い契約層へ意識を潜らせる。

 重い。熱い。

 そして、触れるだけで、この身体の芯が軋むのが分かる。


 それでも、呼ばなければならない。

 乃亜が覚悟したのだから、俺も覚悟しなければならない。


「古き天の理を裂き」


 足元に、今までとは比べものにならない規模の召喚陣が広がる。


「万象を統べる焔と星の主」


 光が幾重にも重なり、広間全体へ異世界の術式が刻まれていく。


「我が契約に応えよ」


 空間が震える。


「破滅を退け、守りを穿ち、天輪の座より来たれ」


 魔力が一気に引き抜かれ、視界の端が揺れた。


「その名を以て命ず――顕現せよ、バハムート!」


 詠唱と共に術式が、開く。

 次の瞬間、空気が裂けるような音と共に、黄金混じりの白い光が天井近くまで噴き上がった。

 その中心から現れたのは、幼い少女の姿を取った最上位竜だった。

 長い銀髪。

 夜空の色を溶かしたような瞳。

 小さな身体の周囲に、世界の方が遠慮するみたいな圧がある。

 バハムート()は、俺を見るなり静かに笑う。

 とても穏やかな顔で。


「――ノア、おねえちゃんにまかせてね」


 その一言で、さらに身体が軋んだ。

 一分――本当に、それが限界だろう。


「姉さん……長くは持たない」

「うん、わかってるよ」


 バハムートは優しく言う。

 その声音はいつも通り柔らかいのに、周囲の空気だけが明らかに変わっていく。


「だから、いちばんいたいとこだけ、きれいにこわしてあげるね」


 そう言って、バハムートは小さな手をすっと前へかざした。

 次の瞬間、広間の上空に巨大な魔法陣が幾重にも展開する。

 金と青の光が円環を描き、竜語に似た古い文字列がゆっくりと回り始めた。

 空気そのものが圧され、床の紋様が軋む。

 裂け目の残滓すら、その光の前ではわずかに揺らぐだけだった。

 バハムートの銀髪がふわりと浮く。

 幼い姿のままなのに、その背後へ落ちる影だけが、巨大な竜の輪郭を帯びていた。


 「てんよりおちず、ちにもしばられぬげんしょのきば」


 幼い声が、静かに広間へ落ちる。


「ほしをさき、そらをわり、せかいのことわりをおしのけるりゅうおうのやいば」


 魔法陣の中心に、白銀の光が凝縮していく。


「わたしのなにしたがって、ここにきて」


 光が形を取る。柄が現れ、鍔が現れ、長大な刃がゆっくりと顕現していく。


「ひとつだけ、まちがえずにこわせるように――《天断剣(アストラ・ファルグ)》」


 最後の一節と共に、巨大な大剣がバハムートの手の中へ落ちた。


 剣、というにはあまりにも大きい。

 幼い少女の身体には不釣り合いなほど長大で、けれどその手の中では驚くほど自然に収まっている。

 刃は白銀を基調に、中心へ金と蒼の光が脈打つように走っていた。

 存在しているだけで、周囲の魔力が押し流されていく。

 ヴィーシャが、その姿を見て目を見開いた。

 次いで、歓喜に打ち震える。


「ああ、そうだ……!」


 金の瞳が爛々と輝く。


「それだよ、ノア!」


 尾が大きく揺れる。


「お前のその本気が!そしてバハムートの本気が見たかったんだ!!」


 俺は何も返さない。

 今は喋る余裕すら惜しい。

 身体の内側で乃亜の肉体が悲鳴を上げている。

 魔力回路が焼け、骨が軋み、筋肉が引き攣る――もう、長く保つはずがない。

 それでも意識だけは研ぎ澄まされていく。

 守るものを背負って、どこまで戦えるか。

 そういう戦いだと、もう分かっていた。

 バハムートが大剣を片手で軽く持ち上げ、一歩前へ出る。

 ルクスが低く唸り、ガルドが盾を構え直す。


 その中心で、俺は顔を上げた。


 多分今、俺は酷く冷たい目をしている。

 戦うと決めた時だけ、自分でも嫌になるくらい感情が削ぎ落ちる。

 ヴィーシャは、それを見て息を呑んだ。

 彼女は心底嬉しそうに笑っていた。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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