第61話 守りながら戦う
ヴィーシャと正面から殺り合うなら、本来はもっと自由に動ける。
後ろを気にせず、足場ごと崩し、召喚を重ね、盤面そのものを潰さなければならない。
相手が戦姫だろうが、戦場ごと食わせるつもりで組み立てればいい。
しかし、今は違う。
背後に三人いる。
信じているわけじゃない。
こいつらが俺の全てを理解しているわけでもないし、これから先もそう簡単に理解できるとも思わない。
それでも、死なせたくはなかった。
見捨てる選択が頭に浮かばない時点で、俺はやはり甘いのだろう。
「ルクス、正面を切れ!押し切るな、噛み合わせ続けろ!」
「御意!」
白銀の狼王が低く吠え、ヴィーシャへ正面から食らいつく。
爪と牙と膂力のぶつかり合い、真正面の格闘でいえば、ヴィーシャは異世界でも最上級だ。
ルクスですら、正面から押し潰せる相手じゃない。
だから受けて、止める。
削るのではなく、噛み合わせる。
相手の重心と速度を、ほんのわずかでも鈍らせるために。
「ガルド、右後方! 壁際を切らせるな!」
「了解」
漆黒の重騎士が盾を打ち鳴らし、三人の前へ巨体を滑り込ませる。
守りに徹底させる。
今のガルドに攻めまで求める余裕はない。
防御線を一枚でも崩されたら、その先は学生相手に王虎の戦姫が届く。
最悪だ、どうしたらいい?
俺は黒星と白雨を構え直し、広間全体を見る。
ヴィーシャの位置、ルクスの呼吸。そしてガルドの防護範囲。
理央たち三人の立ち位置。
裂け目の揺らぎ。
床に残る魔力線。
全部を同時に見る。
戦うというより、盤面を壊さないように無理やり制御している感覚に近い。
ヴィーシャが笑いながらルクスの首元を狙ってきた。
低い、深い踏み込み。右脚から入る癖は変わらない。だが分かっていても重い。
「ルクス、上を捨てろ、左へ流せ!」
ルクスが咄嗟に肩を沈める。
ヴィーシャの爪が白銀の毛を裂き、血が散る。だが喉は取らせない。
その隙に白雨を二発。
一発目を床へ撃ち、反射で死角へ。二発目を尾の付け根へ通す。
「ちっ」
ヴィーシャが半身で躱す。
完全には入らない。だが尾の軌道がわずかにずれる。
「今だ、ルクス!」
「承知!」
白銀の巨体が低く潜り、前脚を刈りに行く。
ヴィーシャはそれすら楽しそうに笑いながら跳び、着地と同時にこちらへ目を向けた。
「相変わらず、嫌らしいなあ!」
嬉しそうだ。
本当に心の底から。
「後ろ抱えてその動きができるの、ほんとお前らしい!」
「黙れ」
「褒めてんだよ!」
言いながら、今度はガルド側へ意識を向ける。
狙いを散らしにきた。
「ガルド、受けるな!半身でいなせ!」
「――っ」
重い衝突音――ガルドの盾がヴィーシャの蹴りを受け流しきれず、床に深い溝が走る。後ろにいた花宮が思わず息を呑んだ。
「ひ……っ」
「花宮、下がるな!そこから動くんじゃない!!」
「わ、分かってる!」
しかし、声は震えている。
だが、逃げずに立っているだけ上出来だった。
理央が半歩前へ出て、透花の前を庇うように立つ。
こいつももう、自分が前衛をやれる相手じゃないと分かっている。
分かっていて、それでもただ守られるだけではいられない性分なのだろう。
「理央、出るなと言ったはずだ!」
「出てねえよ!」
俺の言葉に、噛みつくように返す。
「俺じゃ勝てないってわかっているが、せめて花宮と透花は守るようにするから久城……乃亜は気にしないでやれ!」
「勝手に死ぬなよっ!」
「死なねえよ!!俺はまだ――」
理央は俺に何かを言い返そうとしたのだが、その言葉を飲み込むように、閉じた。
その返しに、少しだけ意外さを覚えた。
理央は感情で動く。
だが今は、ちゃんと線の内側で踏ん張っている。
透花と花宮を庇いながら、それ以上前へ出ない。
透花は青ざめたまま、それでも視線を切らさなかった。
怖いのは分かる――けれど、パニックで目を閉じなかった。
俺と召喚獣の動き、ヴィーシャの癖、理央の位置。全部を必死に見ている。
今の俺を見て、透花はきっと乃亜にはなかった強さを見ているかのように、視線を向けている。
それが良いことかどうかは分からない――だが、今はそれで助かっている。
花宮も震えながら端末を離さない。
指先は白い。呼吸も浅い。なのに、さっきからこいつはずっと情報を拾おうとしていた。
「右、また来る……!」
花宮が叫ぶ。
「床の光、さっきより濃い!」
見えていたか。
「助かるっ!」
短く返し、黒星を床へ撃ち込む。
裂け目由来の魔力線が跳ねる寸前に術式を潰し、ヴィーシャの踏み込み位置をずらす。
理央がその一瞬で透花の肩を引き、ガルドが盾を差し込む。
衝撃が広間を揺らし、花宮が歯を食いしばった。
――守りながら戦う。
これが、こんなにも窮屈だとはな。
俺一人なら、もっと楽に組める。
ルクスと前後で噛み合わせ、ガルドを押し込みに使い、白雨と黒星で角度を刻み続ければ、ヴィーシャ相手でも長くはかからない。
だが今は違う。
後衛がいる。
しかも、戦場と言うモノを知らない学生だ。
守りに割く思考と魔力が多すぎる。
「主」
ルクスの声が低く響く。
噛み合ったままでも分かる。こいつも同じことを考えている。
「火力が足りません」
「分かってる」
「ならば」
言いかけた言葉の続きを、俺も分かっていた。
――バハムート。
彼女を呼べば、ヴィーシャ相手でも盤面ごと押し切れる。
少なくとも、この狭い広間で主導権を奪い返すには最適だ。
だが――今の身体は久城乃亜のものだ。
バハムートの出力に、この身体は耐えない。
無理やり引き出せば、もって一分。せいぜいそれが限界だ。
その一分で仕留め切れなければ、その先は乃亜の身体が持たない。
最悪、魂ごと傷む。
その選択だけは、まだ切れない。
「……まだだ」
小さく言う。
「まだ、召喚出来ない」
「しかし……」
「まだだ、ルクス、もう少しだけ頑張ってくれ」
「……無理はなさらないでください、主」
押し殺した声で俺は否定する。
ルクスは悲しそうな顔をして俺を見た後、戦闘に戻る。
ヴィーシャはそのやり取りすら楽しそうに見ていた。
「どうした、ノアっ!」
血の付いた口元で笑う。
「お前ならもっと出せるだろ?」
「知るか」
「ああ、知ってるさ」
金の瞳が、いやになるほど真っ直ぐこちらを射抜く。
「お前、守るもんがある時ほど本気になる」
「……」
「でも同時に、そこが一番鈍る」
それは、正しい――だから腹が立つ。
こいつは昔から、俺のそういうところだけは妙に見抜く。
背負うものがある時の方が強い。
だが、切り捨てが遅れる。盤面より守るべき”一点”を優先する。
戦場では、それが致命傷になることもある。
ヴィーシャは嬉しそうに尾を揺らした。
「その守り方……相変わらず甘ぇな」
笑いながら、また圧を上げてくる。
同時に次の一撃は、さらに重くなる。
そう分かっていても、俺は後ろの三人を切り捨てる選択だけはまだ取れなかった。
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