第59話 宿敵
ヴィーシャの一撃は、再会を喜ぶ抱擁みたいな顔をして、毎回きっちり殺しに来ている。
それは、昔から変わらない。
何度も戦っているからわかる。
褐色の脚が唸りを上げて振り抜かれ、ルクスの白銀の毛並みを掠めた。
避けきれなかった毛先が散り、床を砕いた衝撃が足元から跳ね返ってくる。
「っ――ルクス、離れろ!」
叫ぶと同時に黒星を撃つ。
黒い魔力弾がヴィーシャのこめかみを狙い、あいつは楽しそうに首を傾けてそれを躱した。
躱しながら、こちらを見る――獣の金眼が、ひどく嬉しそうに細められる。
「――ああ、やっぱこれだよ」
喉の奥で笑う声。
聞いただけで、昔の戦場が嫌でも蘇る。
血の匂い。
土埃。
焼けた鉄。
崩れた城壁の上で、笑いながら俺に飛びかかってきた王虎族の戦姫。
初めて会った時から、こいつはずっとこうだった。
敵陣を食い破る先鋒。
王虎族の中でも最上級と呼ばれた戦士。
ただ強いだけじゃない。
戦いそのものに酔っていて、相手が強ければ強いほど、心の底から嬉しそうに笑う女。
そして、何度も何度も、俺と戦場でぶつかってきた宿敵だ。
「その目、その間合い、その嫌らしい崩し方……っ!」
ヴィーシャがルクスの爪を受け流しながら笑う。
「やっぱりお前じゃねえと駄目だ、ノア!」
「光栄だな。俺は全然嬉しくないが」
吐き捨てながら白雨を二連射する。
一発目で視線を切り、二発目を膝へ通す。
だがヴィーシャはそれすら読み切って、尾で白雨を弾いた。
高い金属音が響く。
「相変わらず性格悪ぃなあ!」
「お前にだけは言われたくない!」
ガルドが横合いから踏み込み、大盾で押し潰すように打ち込む。
ヴィーシャは真正面からそれを受け、滑りながらも笑っていた。
「お、重いのもいる。いいな」
「貴様に評価される筋合いはない!」
ガルドの声は低く、地鳴りみたいだった。
「主へその目を向けるな」
ヴィーシャは歯を見せる。
「ああ?何だよ、嫉妬か?」
「不快だと言っている」
「似たようなもんだろ?」
「一緒にするな!」
今度はルクスが本気で嫌そうな声を出した。
「貴様のような獣に、主を語られること自体が不愉快だ」
「獣で何が悪い!って言うかお前も獣だろうが!」
ヴィーシャは笑う。
嬉しそうで、楽しそうで、なのに殺意が少しも薄くない。
「俺は昔から、お前らよりよっぽどノアを見てるぜ?」
「黙れ!」
ルクスとガルドの気配が、一段冷えた。
分かりやすい――こいつらは本当に、俺絡みだと面倒なくらい分かりやすい。
だが、それを笑う余裕はなかった。
今の身体は”久城乃亜”のものだ。
前の世界にいた頃の俺の身体じゃない。
魔力の流れも、筋肉の質も、耐久も違う。短期決戦ならどうにかなる。
だが長く続けば、先にこの身体が悲鳴を上げる。
「ぐっ……」
現に既に悲鳴を上げかけている。
あとどのぐらい持つかわからない。
しかも後ろには、理央たちもいる――守り切れるかわからない。
正直、最悪だ。
ヴィーシャ相手に三人を守りながら戦う。
前の世界でも、そう簡単にやるような戦い方じゃない。
「――主」
ルクスが低く呼ぶ。
「長引かせるべきではありません」
「わ、分かってる」
「ならば、もっと力を出さなければ負けます」
「……」
「主」
ガルドも短く続ける。
「防護は維持可能。ですが、後方を抱えたままでは消耗が大きい」
「言われなくても見えてるさ」
背中が熱い。
さっき掠めた傷だけじゃない。
魔力の回しすぎで身体の芯がじりじり焼けている。
ヴィーシャはそれを見逃さない。
「ああ、そうだよな」
笑いながら、一歩一歩こちらへ来る。
「今のお前、その身体じゃ長く持たねえ」
「……」
「それでも前に立つんだろ?」
金の瞳が愉快そうに細まる。
「そういうとこは変わってなくて安心するぜ」
胸の奥が、ひどく嫌な形で軋んだ。
――覚えている。
こいつと最後に激突した大戦場も、俺は後ろに守るものを抱えていた。
崩れた陣地と、生き残りの兵と、退けない状況。ヴィーシャはその全部を見た上で、まっすぐ俺だけを狙ってきた。
――その方が、お前は面白ぇ顔するからな。
昔、そう笑っていた。
こいつは知っている。
俺が、背負うものがある時の方が強くなることも、同時に脆くなることも。
「死んだって聞いた時は、マジでつまんなかった」
ヴィーシャの声が、少しだけ低くなる。
戦いの最中だというのに、その響きには妙な熱があった。
「お前を殺せるのは、最後まで俺だと思ってた」
「それは、勝手な思い込みだ」
「でも、生きていたんだ、お前は」
ヴィーシャが笑う。
「それだけで、今日は最高だ!」
気味が悪いほど真っ直ぐな執着だった。
殺したい。
認めている。
会えて嬉しい。
全部を何ひとつ矛盾させずに抱えている。
――だからこそ、最悪の宿敵だった。ヴィーシャにとって。
「主……この女、気に入りません」
「……今さらだな」
「存在そのものが不快です」
「同意見です……主を見る目が、吐き気を催します」
「ははっ!」
ヴィーシャが愉快そうに笑う。
「いいねえ、お前ら。本当に分かりやすい」
「貴様を喜ばせるために喋っているのではない」
「でも図星だろ?」
ヴィーシャは俺だけを見たまま言う。
「こいつら、みんな分かってんだよ。ノアが自分を削ってでも守る側の人間だって」
「……」
「だから嫌なんだ。俺がそこを知ってるのが」
ルクスの喉が低く鳴る。
ガルドの盾が、重々しく持ち上がる。
図星だったのだろう。
俺自身も否定できない。
人間は信じない。
それでも、見捨てることはできない。
乃亜の身体を借りている今はなおさらだ。
後ろの三人を切り捨てれば、その選択は一生残る。
理央たちは黙っているが、聞こえているだろう。
俺たちの会話も、ヴィーシャの言葉も、全部。
花宮がさっきから一言も発しないのが逆に分かりやすかった。
透花は怖がりながらも、逃げずに立っている。
理央は俺の背中を見て、何か言いたげな顔のまま、それでも踏み込まない。
少なくとも、今は守る価値がある。
「話は終わりだ、ヴィーシャ」
俺は黒星と白雨を構え直した。
「ここで仕留める」
「いいねえ」
ヴィーシャは舌なめずりするみたいに笑う。
「そういう顔、もっと見せろよ」
次の瞬間、あいつの気配が変わった。
さっきまでの殺気がさらに濃く、重く、鋭く研がれていく。
毛並みが逆立つように魔力が立ち上がり、褐色の肌を覆うように虎の紋様じみた光が浮かぶ。
「来るぞ!」
叫ぶと同時に、ヴィーシャが片手を胸元へ当てた。
笑いながら、歌うみたいに詠唱する。
「喰らえ、王虎の牙。裂けろ、戦血の脈」
金の瞳が細くなる。
「獣王の紋、我が身に刻め――《タイガ・ラグナ》」
空気が爆ぜる。
ヴィーシャの全身に金色の紋様が走り、筋肉の輪郭が一段鋭くなる。
尾が唸り、爪の先から魔力が火花みたいに散った。
圧が、明らかに一段上がる。
理央たちの方から小さな息を呑む音がした。
今のは、見ただけで分かる。強化前とは格が違う。
ヴィーシャは嬉しそうに笑ったまま、ゆっくり腰を落とした。
「本気で来いよ、ノア」
その声は甘いほど楽しそうで、だからこそぞっとするほど怖かった。
次の一撃からが、本番だった。
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