第56話 王虎の戦姫
そこに立っているだけで、この場の重さそのものが塗り替えられるような圧だった。
褐色の肌。
長い金髪。
頭上には鋭く立った虎耳があり、背後では太くしなやかな尾がゆっくり揺れている。
長身で、鍛え上げられた肉体はしなやかだった。
女の身体つきではあるが、その線の一つ一つが戦うために研がれているのが分かる。
肌にも腕にも、古いものから新しいものまで無数の傷が走っていた。
獣の気配、そして戦士の圧。
それが笑みの形を取ったまま、まっすぐこちらへ向いている。
その笑顔が、ひどく怖かった。
口元は楽しげに歪んでいる。
けれど、そこにある殺意は少しも薄くない。
女は裂け目から一歩、こちら側へ踏み出した。
その瞬間、虎のような金の瞳が俺を捉える。
そして、歓喜に顔を歪めた。
「やっと会えたぜ、ノアぁ!!」
広間の空気が凍りついた。
後ろで、三人の息が止まるのが分かった。
「……ノア?」
「え、今……」
「は?」
その名を彼女が言った瞬間、一斉に三人は俺に視線を向ける。
乃亜ではなく、彼女はノアと言った。
それを聞いたが、俺にとっては、それどころではなかった。
女の顔を見た瞬間、喉の奥が強張る。
心臓が嫌な打ち方をした。
――忘れるはずがない。
前の世界で何度も戦場を駆けた。
敵としても、味方としても、ただ一つの枠で収まる存在じゃなかった。
相手は、間違いなく俺を敵として、そして玩具として見ている存在だろう。
ある意味、最悪に近い再会だ。
「……ヴィーシャ、どうしてお前がここに……」
自分の口からこぼれた名に、女はさらに笑みを深めた。
「ああ、その顔だ。その気配だ……!」
ヴィーシャは目を見開いたあと、堪えきれないみたいに口元を歪めた。
うっとりするように、けれど獣が獲物を見つけた時みたいに、金の瞳を細める。
「やっぱりお前だ、ノア!」
金の尾が大きく揺れる。
心の底から嬉しそうだった。再会を喜んでいるのが、嫌になるほどはっきり伝わってくる。
それなのに、その全身から滲む気配は少しも穏やかじゃない。
歓喜と殺意が、何の矛盾もなく同じ場所にある。
「ははっ、いいねえ……!」
ヴィーシャは喉の奥で笑った。
「その目だよ。その立ち方だ。その、全部を警戒しながらも前に出る感じ……間違えるわけねえ!」
まるで見つけた宝物を確かめるみたいに、ヴィーシャはじっと俺を見る。
懐かしむようでいて、今すぐ飛びかかりたい衝動を隠しもしない顔だった。
「死んだって聞いた時は、本当につまんなかったんだぞ!せっかく、まだ殺し足りなかったのになぁ……まぁ、おかげでお前を処刑したって言う奴らの半分はあたしが殺しちまったが」
「……相変わらずだな」
「褒め言葉として受け取っとくぜェ」
軽い調子で返しながら、ヴィーシャは一歩踏み出した。
たったそれだけで、広間の空気がぴりつく。
「でもよぉ、まさかこんなところで会えるなんてな……しかも、その身体にその気配。最高じゃねえか」
「違うな、最悪の間違いだ」
「はっ、言うじゃねえか」
ヴィーシャは心底嬉しそうに笑った。
「やっと見つけたんだぜ、ノア」
「……」
「もう一回会えたら、今度こそ思いきりやれるって、ずっと思ってた」
「それはある意味、迷惑な話だな……お前は特に、嫌な奴だった」
「迷惑で済ませるなよ。こっちはめちゃくちゃ楽しみにしてたんだからよ」
笑顔のまま、殺気が濃くなる。
再会を喜んでいるはずなのに、その喜び方が完全に捕食者のそれだった。
「その顔、その気配、その声……ああ、やっぱりお前だ」
ヴィーシャはうっとりと呟く。
「会いたかったぜ、ノア」
その光景に理央たちは完全に置いていかれていた。
当然だ――いきなり変な裂け目が開き、そこから現れた女が、目の前の“久城乃亜”を知っているかのように、”ノア”と呼んだのだから
「久城……お前」
理央が何か言いかける。
だがヴィーシャはそちらに興味を示さなかった。
視線は最初から最後まで、俺だけに注がれている。
「その身体は気に入らねえけど」
ヴィーシャはゆっくりと首を傾げた。
「中にいるのがちゃんとお前なら、まあ今はそれでいい」
「……何しに来た?」
「何って、さっきも言っただろう?」
ヴィーシャは楽しそうに笑った。
「会いに来たに決まってんだろ」
その一言に、背筋が冷える。
こいつは本気だ。
再会を喜んでいる。
そして同時に、本気で殺しに来る気でもいる。
その二つが何の矛盾もなく同居しているのが、ヴィーシャという女だった。
理央がようやく我に返ったように前へ出かける。
だが、その瞬間にヴィーシャの目が一瞬だけそちらを見た。
それだけで理央の身体が強張る。
圧で分かるのだろう。
自分が相手にすべき格じゃないと。
透花は青ざめたまま、花宮も声すら失っている。
三人ともまだ戦闘態勢にすら入れていない。
まずい――このまま巻き込めば、一瞬で終わる。
ヴィーシャは嬉しそうに言う。
「その顔、その気配、その立ち方……ああ、ほんとにノアだ」
「黙れ」
「何でだよ。久しぶりの再会だろ?」
「最悪の、だ」
「ははっ、言うじゃねえか!」
その笑い声と同時に、空気が爆ぜた。
ヴィーシャの姿が消える。
いや、速すぎて見失っただけだ。
来る――俺は考えるより先に前へ出た。
「下がれ!」
三人の前へ踏み込みながら叫ぶのと、ヴィーシャが獣じみた勢いで飛びかかってくるのは、ほとんど同時だった。
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