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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第02章 王虎の戦姫編

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第55話 最奥の裂けた空間


 圧は、まっすぐこちらへ向かってくるわけではなかった。

 それが逆に気味が悪い。

 巨大な何かが近づいている。

 そう感じるのに、足音は聞こえない。

 気配だけが濃くなり、空間全体がじわじわと奥へ押しやられていくような感覚だけがある。

 広間の空気が変わった。

 さっきまで通れたはずの横通路に、いつの間にか黒い霧のようなものが滲んでいる。

 反対側の崩れた岩壁には、見覚えのない魔力線が走っていて、近づけばたぶんまともには通れない。


 退路が、少しずつ潰されていた。


「……これ」


 花宮が喉を引きつらせる。


「まるで……奥に行けって言われてるみたいなんだけど」


 その言葉は、正確だった。

 戻る道は塞がれ、横へ逸れる道には障害がある。

 なのに正面奥、半ば埋もれていた巨大な扉の方だけが、不自然なほど静かに開いている。


 まるで“この先へ来い”とでも言うように。


 理央が低く唸る。


「ふざけんなよ……」

「戻れないの?」


 透花がかすれた声で言う。


「戻るルート、今の時点で三つ死んでる」


 花宮が端末を見ながら答えた。


「地図ももう使い物にならない。ログだけ辛うじて取れてる感じ」


 俺は扉の向こうを見た。

 暗い――だが、その暗さの質がこちら側と違う。

 ここまでの異常が、単なるダンジョン事故で済むはずがない。

 地形変動、障壁、転移、想定外の個体、そしてこの誘導じみた構造。


 ――偶然にしては、あまりにも出来すぎている。


 しかも、この気配はどこか以前の世界に近い。


 完全に同じではない。

 だが、ダンジョン内部の自然変動とは別種の、意志に似た歪みがある。

 こちらを知っている何かが、奥で待っている。そんな感覚が拭えなかった。


『――主』


 ルクスの声が低く響く。


『嫌な匂いが濃い』

『分かってる』

『奥に何か……前の世界で感じた何かが、あります』


 リゼットも即座に重ねる。


『高位反応、前方に集中』

『明確な観測は不能。ただし、誘導性構造との一致を確認』


 やはりか――俺は小さく息を吐いた。

 理央がこっちを見る。


「久城、どうする?」

「……俺が指示していいのか?」

「ああ、お前の指示に従う。だから言ってくれ」


 透花も、青い顔のまま頷く。

 花宮は震える手で端末を抱えながら、それでも視線を逸らさなかった。

 ここまで来れば、もう十分だ。

 信頼しているわけじゃない。

 だが少なくとも、この三人は今の状況で勝手なことはしない。


「奥へ行く……ここに留まる方が危ない」

「……分かった」


 理央が短く答える。


「透花、ついてこれるか」

「うん、行くよ」


 声は震えていたが、目は逃げていない。


「花宮」

「怖いけど、今さら置いてかれる方が困るよ」


 ああ、それでいい。


 四人で、開いた扉の向こうへ足を踏み入れる。


 空気が一段重くなる。

 通路は短く、その先は広い空間に繋がっていた。

 最奥に近いのかもしれない。

 そう思わせるだけの異質さがある。

 壁面はさらに黒く、床の紋様はもはや自然物では説明がつかない。

 天井は高すぎて見えず、音は妙に吸われるのに、何かがこちらを見下ろしている感覚だけは濃くなる。

 広間の中央には、円形の開けた場所。

 まるでそこだけが舞台みたいに、不自然に空いていた。


 俺たちは足を止める。


 三人も息を呑んだまま、同じように前を見る。


 空気が、変わった。


 さっきまでの圧とは別の、もっとはっきりした“気配”が満ちてくる。

 まるで、誰かを待っているかのように。


 次の瞬間、広間の空気が変わったのは、気のせいではなかった。

 最奥へ続くようなあの空間へ足を踏み入れた瞬間から、肌にまとわりついていた違和感が、今はもうはっきりと形を持っている。

 重い。濃い。だが、ただ魔力が強いというだけではない。

 空間そのものが、わずかに揺れている。

 視界の端で、壁面の輪郭がぶれる。

 岩肌に走る亀裂は、ただのひびじゃない。

 黒い線のように見えて、その奥で何かがちらちらと明滅している。まるで世界そのものにノイズが入っているみたいだった。


「……何だよこれ……」


 理央が低く言う。

 一応、武器は構えている。

 だが、その声には明らかな緊張が滲んでいた。

 無理もない――ここまで来れば、こいつでも分かる。

 これはもう”授業”なんてものじゃない。

 透花は俺の少し後ろで息を殺していた。

 怖がっているのは見れば分かる。

 肩が小さく震え、呼吸も浅い。

 それでも逃げ出してはいない。

 視線はずっと俺の背中にある。

 花宮も、今は何も言わなかった。

 端末を握る指先だけが白くなっていて、それがこいつの動揺をよく表していた。


 この場にある魔力は、この世界のものじゃない。

 そう確信するまでに、そう時間はかからなかった。


 ――似ているが、違う。


 ダンジョンの核が濁った時の圧とは別の、もっと向こう側へ開いた感触。

 異世界で何度も味わった、”境目”に近い気配だ。

 喉の奥が冷える。

 これは自然な変異じゃない。

 単なる隠しエリアでもない。

 裂け目ができかけている。

 あの世界とこちら側を繋ぐかのような、歪な接続。

 完全に開ききってはいないが、もう“気のせい”で済む段階じゃなかった。


「久城くん……?」


 花宮が、かすれた声で俺を呼ぶ。


 多分、今の俺は顔に出ている。

 ここまで露骨に表情が変わるのを見せたのは初めてかもしれない。


「久城くん、何か分かるの?」


 透花の声も震えていた。

 答えるより先に、内側から強い警告が響く。


『主、下がってください』


 ルクスーー今までよりずっと低く、ずっと切迫した声だった。


『この気配は危険です。ここは近すぎる』


 同時に、リゼットの機械的な声が重なる。


『未確認高位反応、急速接近』

『空間位相の乱れを確認。裂断領域形成の可能性、大』

『退避推奨』


 退避――頭の中で即座に退路をなぞる。

 しかし、戻る道は不安定。

 通ってきた通路も、今この瞬間に同じ形を保っている保証がない。

 横道は障壁と歪みで潰れている。ここで背を向けて走ったところで、逃げ切れる可能性は高くない。

 逃げられるなら逃げるべきだ。

 だが、それが難しい。

 理央が唇を引き結ぶ。


「おい、黙るなよ」

「……」

「何なんだよ、これ」


 その問いに、今さら誤魔化す意味は薄かった。

 全部を話す気はない。だが、危険度だけは共有しないと動けない。


「ダンジョンの異常じゃない……多分、もっと厄介だ」

「厄介って」

「空間そのものが歪んでる。この場所は、もうダンジョンの内部じゃない」

「は?」


 理央の顔が強張る。

 花宮も透花も、言葉を失った。

 足元の床が、微かに軋んだ。

 いや、床じゃない。

 空間だ。

 広間全体に、耳障りな音が走る。ガラスを爪で引っかいたような、それでいて金属が軋むような、妙な音だった。

 壁面の黒い亀裂が、さっきよりもはっきり明滅する。


「っ……」


 透花が息を呑む。

 花宮は端末を胸元へ抱き寄せたまま、一歩だけ俺に近づいた。

 理央は前に出ようとしたが、そこで踏みとどまる。

 もう勝手に動く段階ではないと、無意識に感じたのだろう。


 ――空間の輪郭が、裂ける。


 目の前の景色が縦に揺れて、広間の中央に細い線が走る。

 最初はただの歪みだった。だが次の瞬間、それははっきりと“切れ目”になった。

 そこだけ、向こう側の色が違う。

 こちらのダンジョンの青黒い岩肌でもない。

 もっと濃く、もっと古く、もっと見慣れた異世界の気配を帯びた暗色。


 ――心臓が一拍だけ強く打つ。


 馬鹿な、と思う。

 あり得るのか、こんな形で。

 だが、目の前で起きている以上、否定のしようがなかった。


『主!』


 ルクスの声が鋭くなる。


『未確認高位反応、出現兆候』


 リゼットが続ける。


『形状固定、開始』


 裂け目の向こうで、何かが動く。


 最初は影だった。

 次に輪郭になる。


 人影のように見えた。

 だが、それが本当に“人”かどうかは分からない。


 細い。長い。しなやかな線が、裂けた空間の向こうでゆっくりと立ち上がる。

 まるで最初からそこにいて、こちらが開くのを待っていたみたいに。


 ――俺は思わず息を呑んだ。


 それを見た瞬間、胸の奥に走った感覚は、警戒だけじゃなかった。


 そこに現れた人物は、俺が――いいや、”ノア”が知っている人物だったから。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
さて、敵か味方か…いずれも乃亜くんに良い影響与える契機になればいいけど…
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