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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第02章 王虎の戦姫編

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第54話 乃亜は誰を守るのか


 通路の奥から近づいてくる足音は、さっきまでの魔物とは明らかに違っていた。


 一歩ごとに重い。

 ただ巨体なだけじゃない。

 周囲の空気ごと押しのけるような圧があるのが分かる。

 広くもない通路の向こうで、何か大きなものがこちらを値踏みするように近づいてきていた。


「理央、前……」

「ああ、分かってる」

「透花、花宮は下がれ。壁から離れすぎるな」


 三人とも、もう反論しなかった。

 理央は武器を構えたまま前へ出る。

 けれど、さっきまでみたいな勢い任せではない。

 透花は青い顔のまま呼吸を整え、花宮は端末を胸元へ抱えながら必死に足を止めていた。

 暗がりの向こうで、二つの光が開く。


 目だ。


 低い唸り声と共に姿を現したのは、甲殻と獣骨が無理やり混ざったような異形だった。

 脚は六本、だが動きは蜘蛛というより獣に近く、前面に突き出た顎の奥には鉤のような牙が何重にも並んでいる。

 背からは棘状の魔力結晶が生え、動くたびに床へ不快な音を立てた。

 中級どころじゃない。

 少なくとも、さっきの二体より一段階上だ。


「なんだよ、あれ……」

「理央、正面から受けるなよ」

「あ、ああ……」

「そんでもって左の柱へ寄れ。真正面を切るな」

「え、お前は!?」

「中央を見る」


 魔物が一気に距離を詰める。

 速い。図体の割に速すぎる。


「下がれ!」


 叫ぶと同時に、理央が横へ跳んだ。

 前肢の一撃が柱を砕き、石片が散る。

 広間に激しい破砕音が響き、花宮が思わず身を竦めた。


「花宮、ライトだ!目じゃない、足元!」

「え、あ、うん!」


 端末の光が床を走る。

 その照り返しで、魔物の腹下にわずかな魔力の揺れが見えた――そこだ。

 俺は急いで術式を走らせる。

 床下へ潜るように魔力を送り、前脚の接地だけを一瞬遅らせ、だが完全に止めるには足りない。

 しかし、理央へ呼吸ひとつ分の隙を渡すには十分だ。


「理央、下!」


 理央が半歩潜り込む。

 横薙ぎの一撃が魔物の腹を掠め、硬質な手応えの音が返る。

 浅い――だが、効いていないわけじゃない。

 魔物が怒りに似た唸りを漏らした瞬間、背の棘が発光した。

 嫌な予感が走る。


「全員伏せろ!」


 理央は間に合った。

 透花も咄嗟にしゃがむ。

 だが花宮が、一瞬遅れた。

 棘から放たれた魔力の針が、扇状に広がる。

 花宮は端末を抱えたまま固まり、回避の初動が止まっていた。

 考えるより先に身体が動く。

 花宮の肩を掴み、無理やり地面へ引き倒す。

 同時に自分の身体をその上へ被せるようにずらすと同時、背中を焼くような衝撃がはしった。


「っ……!」


 息が詰まる。

 完全には食らっていない。

 だが数本、掠めてしまった。

 制服の布が裂け、皮膚に熱が走る。


「久城くん!?」


 花宮の声が真下から上がる。


「無事か」

「いや、それあたしの台詞なんだけど!」


 理央が怒鳴る。


「お前、なんでそこまでして庇うんだよ!」

「うるさい!前見ろ!」


 怒鳴り返した瞬間、自分でも分かった。

 一瞬も迷わなかった。

 花宮がどういう人間かとか、信用に値するかとか、そういう理屈は何も通っていない。

 ただ、間に合う位置にいたから身体が動いた。

 切り捨てるという判断が、最初から頭になかった。


(……ああ、俺はやっぱり、まだ人間を切り捨てきれてないな)


 その事実が、嫌になるほどはっきりした。


「……っ」


 花宮が息を呑んだまま、俺を見ている。

 その目には恐怖ではなく、心配している顔だ。

 透花も青い顔のまま、こっちを見ていた。

 あの顔は多分、何かを昔の乃亜と重ねている。


「くじょ……乃亜っ!」

 

 理央の声で意識を戻す。

 魔物が再び踏み込んでくる。

 今度は真正面じゃない。

 右へ回り込んで、こちらの陣形を崩しにきている。


「理央、右を切れ!花宮、ライト固定!透花は下がるな、そこで見てろ!」


 俺の言葉に三人が動く。

 理央の斬撃で魔物の進路がわずかに逸れ、花宮の光が壁面の影を消す。

 透花は震えながらも逃げずに立ち、俺の声を追っている。

 それで十分だった。

 指先にもう一度、簡易召喚の術式を走らせる。


「――穿て」


 今度は白銀の爪ではなく、槍のように収束した光だけを一瞬だけ呼ぶ。

 契約の向こう側から伸びたそれが、魔物の棘の根元を貫いた。

 嫌な音と共に結晶が砕ける。

 理央がそこへ踏み込み、今度は首元へ深く刃を通した。

 魔物が痙攣し、重い体を揺らして崩れ落ちる。

 広間が揺れ、静寂が戻った。同時に誰もしばらく動かなかった。

 荒い息だけが、妙に大きく聞こえる。


「久城くん!……無茶しすぎだよ、もう!」


 花宮が、まだ床に座り込んだまま言った。

 そして泣きそうな顔で俺を見ている。

 

「庇うとか、そういうレベルじゃなかったんだけど!」

「間に合っただけだ」

「それ、答えになってないよぉ!!」


 透花が、震える声で小さく言う。


「でも……無事でよかった……」


 同じように泣きそうな顔で、彼女は言った。

 理央は俺を見たまま、低く吐く。


「意味分かんねえよ。信用してないくせに、なんでそこまでして庇うんだ」

「目の前で死なれる方が面倒だって言っただろう?」

「だからって……」

「……今はそれでいい」


 言い切ったところで、空気が変わった。


 ――奥だ。


 さっきまでの魔物とは比べものにならない圧が、通路のさらに深いところから流れてくる。

 濃い。重い。まるで空気そのものが、何か巨大な存在を前にして縮こまるみたいに冷えていく。

 理央が顔を上げる。

 透花の肩が震える。

 花宮も、さすがにもう冗談を言う顔ではなかった。

 俺はわずかに息を乱しながら、暗がりの奥を見た。


 今までとは明らかに違う。


 ――来る。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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