第53話 揺らぐ信頼
戦闘が終わった後、俺たちは広間の端にある半ば崩れた岩壁の陰へ移動した。
安全地帯と呼ぶには心許ない。
だが、少なくとも四方から一度に襲われる形ではないし、正面の通路も絞られている。
今の状況では、それだけで十分だ。
理央は壁にもたれて呼吸を整えている。
透花はまだ顔色が悪いが、崩れきってはいない。
花宮は端末を抱えたまま、珍しく何も言わずに黙っていた。
広間の空気は重い。
さっき倒した二体の魔物の血の匂いが、魔力の濃さに混じって薄く残っている。
沈黙を最初に破ったのは、花宮だった。
「久城くんは、何隠してるの?」
問いとしては、酷く曖昧に聞こえた。
だが、今の状況でそれ以上きれいに言えるわけもない。
「何でそんなに戦えるの?普通じゃないよね?」
真正面から来たな、と思う。
花宮は多分こういう時、変に遠回しにしない。
だから扱いやすいとも言えるし、面倒とも言える。
理央も顔を上げた。
「……俺も聞きたい」
低い声で、静かに問いかけた。
怒鳴るほど感情的ではない。だが、黙って流すつもりもない顔だ。
「今までずっと隠してたのか?」
「……そう見えるならそうなんだろうな」
「なんで言わなかったんだ?」
当然の疑問――だが、答える気はなかった。
答えられる種類のことじゃない。
説明したところで、はいそうですかと受け入れられる話でもない。
異世界だの魂だの召喚契約だの、この状況で口にしたところで混乱を増やすだけだ。
透花が、少しだけ身を乗り出す。
「……く、久城くん」
ゆっくりと、俺に視線を向ける。
しかし問い詰めるより先に、心配の方が出ている声だ。
「だ……大丈夫なの?」
「何が?」
「無理は、してない?」
その問いには、ほんの少しだけ言葉が止まった。
俺が強いかどうかではなく、無理をしているかどうかを聞くのか。
そういう聞かれ方には、まだ慣れない。
「無理は、してるな……でも今は、それを気にしてる場合じゃない」
「……」
「――説明は後だ」
説明をしている場合ではないからこそ、そのような言葉が出ると、三人が黙る。
拒絶しすぎたくはない。
かといって、今ここで全部を明かす気もない。
俺は三人を順に見た。
「今は生き残ることだけ考えてくれ」
「それじゃ納得できねえよ」
理央がすぐ返す。
「今はそれが問題ではないんだ」
「でもお前――」
「理央」
少し強めに呼ぶと、あいつはそこで口を閉じた。
感情が先に立ちかけている。だが、完全に見失うほどではない。
「さっきの力の事については、ちゃんと話す……だが、今は話せる状態じゃない」
理央に対し、俺はそのように答える。
しかし花宮が端末を抱えたまま、じっとこちらを見る。
「それって、あたしたちを信用してないってこと?」
「ああ……していないな」
「即答なんだ」
「嘘をつく意味がないから……それに――」
俺は、自分の心の中に居る”乃亜”を思い出す。
「お前たちがした行動は、”乃亜”を傷つけた……簡単に信用する事が出来ないだけだ」
花宮は一瞬だけ口を引き結んだ。
軽口で流せない程度には刺さったらしい。
透花が小さく目を伏せる。
理央は不満そうに顔をしかめたが、それ以上怒鳴りはしなかった。
だが、三人とも分かったはずだ。
自分たちが、”久城乃亜”にした仕打ち、行動を。
分かっているからこそ、何も言えない。
「……でもさ」
花宮がぽつりと言う。
「信用してないのに助けるんだ」
「……まぁ、見捨てる方が面倒だからな」
「それだけ?」
「今はそれで十分だろ」
そう答えると、花宮は何とも言えない顔をした。
納得はしていない。だが、完全に反発もしていない。
理央が壁に背を預けたまま言う。
「俺は、お前のことまだ全然分かんねえ」
「だろうな」
「でも……少なくとも、今まで思ってたまんまじゃなかった」
透花も小さく頷く。
「うん」
「……前と、違う」
違う、か。
それは正しい。
だって、俺は”久城乃亜”ではないのだから。
だが、その意味をこいつらはまだ知らない。
俺が何か返す前に、胸の奥で冷たいものが走った。
気配――しかも、さっきの二体より濃い。
通路の奥、重く、粘るような魔力がこちらへ近づいてくる。
『――主』
頭の中で、ルクスの声が低く響く。
『来ます』
『数は』
『一つ。ですが、重い』
リゼットも即座に重ねる。
『高密度反応接近。交戦圏到達まで間もなく』
会話を切るしかない。
俺は立ち上がった。
「話は終わりだ」
「え?」
「また来るぞ」
三人の表情が一気に変わる。
理央が反射で身を起こし、花宮は端末を握り直し、透花も震える指で息を整えた。
通路の奥から、ゆっくりと何かが近づいてくる音がした。
重い――しかも、明らかにこちらを探っている足音だった。
俺は暗がりを見据えながら、短く言う。
「――構えろ」
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