第52話 中級以上の敵
細い通路を抜けた先で、最初に見えたのは影だ。
黒ずんだ岩壁に、ゆらりと長い影が揺れる。
その形を目で追うより先に、肌が理解する。
浅層の気配じゃない。
「――止まれ」
短く言った瞬間、理央が踏み込みかけた足を止めた。
透花が息を呑み、花宮も端末を抱えたまま固まる。
通路の先の広間は、さっきの空間よりさらに天井が高い。
壁面は青黒く光を吸い、床には古い術式の名残みたいな線がうっすら走っている。
その中央付近に、それはいた。
四足――だが獣というには骨格が歪だ。
前肢が異様に長く、肩口に棘みたいな突起が並んでいる。
頭部は狼に近いが、裂けた口の奥に見える牙の並びが多すぎた。
何より、全身を包む魔力が重い。
あれは間違い案苦、中級。
少なくとも学校実習で遭遇するような相手じゃない。
「……うそでしょ……これ、授業で出るやつじゃないよね、絶対」
「さっきも言ったが、出るわけないだろう?」
花宮の言葉に、俺は静かに否定した。
当然だ。
前へ出る性格のあいつでも、相手の格が分からないほど鈍くはない。
魔物がこちらへ顔を向ける。
赤く濁った眼が四つ、暗がりの中でじわりと開いた。
「……理央、前に出るな。右の岩柱を使え」
「でも――」
「正面から受けるな。死ぬぞ」
「……っ」
俺の言葉に対し、理央の顔が強張る。
だが反論は飲み込んだ。
さすがに今の一言の重さくらいは分かるらしい。
「透花、壁際へ下がれ。魔物じゃなく足元見ろ」
「う、うん!」
「花宮、端末切るな。ライトだけ左上へ向けろ」
「左上?」
「ああ、目を潰す」
花宮は一瞬だけ迷ったが、すぐに端末を持ち直した。
その指が震えているのは見えたが、それでもちゃんと動けるのは偉い。
魔物が低く唸る。
次の瞬間、床を削って一直線に飛び出した。
速い――だが、速いだけなら読める。
「理央、右!」
叫ぶより早く、理央が反射で岩柱の陰へ飛ぶ。
直後、魔物の爪がさっきまであいつのいた位置を薙いだ。石床が裂け、硬い破片が散る。
「うわっ……!」
透花が思わず声を漏らす。
「見るな!位置だけ取れ!」
俺は言いながら術式を走らせる。
足元の床へ短く魔力を流し、魔物の進路の先へ干渉を置く。
派手なものじゃないが、ほんのわずか、重心を狂わせる程度の簡易術式だ。
それでも十分だった。
着地した魔物の前肢が一瞬ずれる。
「今だ、左脇!」
俺は理央へ言う。
瞬間、理央が迷いなく踏み込んだ。
さっきまでの実習とは違い、本気の速度だ。
それでも相手の方が格上だが、ずれた一瞬に差し込むならまだ通る。
理央の一撃が、魔物の脇腹を浅く裂く。
血は浅い。
だが足は止まった。
「花宮、ライト!」
「え、あ、うん!」
端末の補助ライトが上から走る。
光が魔物の目を掠めた瞬間、そいつは明らかに苛立ったように、首を振った。
「光を嫌うのか……」
理央が息を吐く。
「完全には効かない。距離を取れ」
「久城はどうする!?」
「後ろを見る」
言いながら、もう一つ術式を刻む。
今度は床じゃない、壁際の魔力線に干渉しながら魔物の進行方向へ薄い拘束を重ねる。
だが、そこで気配がぶれた。
――横だ。
「透花、伏せろ!」
透花がほとんど反射で身を沈めた。
その頭上を、第二の影が飛び抜ける。
「二体目!?」
花宮の悲鳴に近い声。
――まずい。
さっきの一体だけなら、まだ制御できる。
だが二体いるなら、理央一人だけでは足りない。
隠すのは、ここまでか。
舌打ちを飲み込み、指先で簡易召喚陣を切る。
大きくは呼ばない――そんな余裕はないし、人目もある。だが、片鱗だけなら十分だ。
「すまん、ルクス……手伝ってくれ」
そのように言った瞬間、魔力が走る。
空気の中に薄い光の裂け目が生まれ、その向こうから白銀の爪だけが現れた。
完全顕現ではない、腕と牙だけ、瞬間的な契約召喚。
それでも威力は足りた。
第二の魔物の横面を、白銀の爪が叩き飛ばす。
轟音と共に獣が岩壁へ激突し、広間が揺れた。
それを見て、三人は揃って息を止める。
「……は?」
理央が間の抜けた声を出す。
「今の、何」
花宮の声が裏返る。
透花は声すら出せずに俺を見ていた。
説明している暇はない。
「理央、右の個体は動揺してる。今のうちに間合い取れ」
「お、おう!」
「透花、壁際から離れるな。動くなら俺の声の後だ」
「う、うん!」
「花宮、ライト固定。視界切るな」
「わ、分かった!」
三人とも混乱している。
だが、動けなくなるほどではなく、ちゃんと声が届いているから大丈夫だ。
最初の魔物が再び突っ込んでくる。
今度は真正面。さっきより殺気が強い。
俺は半歩だけ前へ出て、足元へ術式を走らせる。
「――止まれ」
低く呟いた瞬間、床の魔力線が跳ねた。
完全拘束には程遠い。だが、前肢を絡め取るには足りる。
魔物の動きがわずかに鈍る。
その瞬間を理央が逃さない。
「っ、らぁ!」
横殴りの一撃が首元へ入る。
さらに、俺は追撃の術式を重ねた。
壁から跳ね返る魔力の糸が脚を縛り、体勢を崩したところへ岩塊を蹴り込む。
二体目が起き上がる前に、白銀の爪がもう一度だけ閃き、今度は喉元を裂く。
二体とも倒し終わったのを確認し、俺は静かに息を吐いた。
荒い呼吸だけが広間に残る。
理央は肩で息をし、透花は壁際で震えたまま立っている。
花宮は端末を抱えたまま、ぽかんとした顔で俺を見ていた。
しばらく誰も何も言わなかった。
言葉より先に、全員が同じことを理解していたからだろう。
――久城乃亜が変な力を使った、と言う事を。
しかもそれは軽々と言える程度の話じゃない。
危険の中で周囲を見て、判断して、人を動かして、戦える。
そういう意味で、今までの乃亜像と噛み合わなさすぎる。
花宮が最初に口を開いた。
「……ねえ」
いつもの軽さはなく、真剣な目で俺を見ていた。
「久城くんは、何隠してるの?」
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