第43話 似てる、の意味【花宮澪視点】
前に一度気づいてしまった違和感って、案外しつこい。
気のせいかも、勘違いかも、たまたまだよねって自分で何回かごまかしてみても、消えないものは消えない。
むしろ、意識すればするほど目についてしまう。
あたしはベッドにうつ伏せになったまま、スマホの画面を見つめていた。
《Noah/召喚士》。
例の正体不明の召喚配信者の切り抜きだ。
前に見た時より、また再生数が伸びている。コメント欄も相変わらず速い。
『この召喚士ほんと何者なんだ』
『喋り方に無駄がなさすぎる』
『召喚獣との距離感おかしいくらい信頼あるよな』
『冷たそうなのに連携はめちゃくちゃ深いの不思議』
「それなんだよなあ……」
思わず独り言が漏れる。
冷たそうに見える。
でも、本当に冷たいわけじゃない。
無駄に喋らない。
必要なことしか言わない。
でも召喚獣に出す指示は短いのに迷いがなくて、雑でもない。
相手をちゃんと分かってる人の言い方だ。
動画を止めて、また巻き戻す。
同じ場面を何回も見てるのに、まだ引っかかる。
それがどうにも、最近の久城くんに少し似て見える。
もちろん、同一人物とかそこまで飛躍してるわけじゃない。
でも、あの空気の切り方とか、余計なことを言わない感じとか、前と違う静けさとか。見れば見るほど、教室の窓際の席が頭に浮かぶ。
「……一人で考えてると余計分かんなくなるやつだな、これ」
小さくため息をついて、通話アプリを開く。
連絡先の中から三枝透花の名前を押した。
コール音が二回鳴ったところで、通話が繋がる。
『もしもし?』
「夜にごめん。今平気?」
『うん、大丈夫だよ花宮さん』
「そうそう。ちょっと班のこと話そっかなって」
透花の声は、少しだけ驚いていたけど嫌そうではなかった。
たぶん向こうも、実習のことが頭から離れてなかったんだと思う。
『班って、実習の?』
「うん。どう? 緊張してる?」
『……ちょっとしてる』
「だよねえ。理央くんはまあ何とかなりそうだけど」
『それはちょっと分かる』
「でも久城くんが読めないんだよなあ」
そこまで言って、少しだけ間を置く。
透花もすぐには返さなかった。
『……うん』
「やっぱそう思う?」
『読めない、っていうのとは少し違うかも』
透花の声は静かだった。
でも、ちゃんと考えながら喋ってるのが分かる。
『最近の久城くん、前より話しやすい気がする』
「お、透花も?」
『うん……前より、ちゃんと会話になる感じがして』
「分かる。それ」
思わず勢いよく返してしまう。
やっぱり自分だけじゃなかったんだ、と思うと、少しだけ気が楽になる。
「前はもっと、近づいたらだめな感じあったよね」
『あった』
「今も静かだけど、前ほど危うくないっていうか」
『うん。なんか……ちゃんと立ってる感じがする』
「それそれ」
透花の表現は、妙にしっくりきた。
――ちゃんと立ってる。
そうなのだ。
最近の久城くんには、それがある。
前みたいに削れ切った感じじゃなくて、自分の足で立ってる感じ。
「打ち合わせの時も思ったんだけどさ」
あたしは寝返りを打ちながら言う。
「意外とちゃんとしてたよね」
『うん』
『もっと嫌そうにするかと思ってた』
「でも必要な話になるとちゃんと返してたし、むしろ一番冷静だったかも」
『理央くんよりも、そういうのは見えてた感じした』
「だよね」
そこで少しだけ迷う。
今なら言ってもいい気がした。
一人で抱えてるより、もう一人くらい同じ違和感を持ってくれてる方がいい。
「ねえ、透花」
『何?』
「変なこと言っていい?」
『……うん』
「笑わないでね」
『う、うん』
あたしはスマホの画面を見下ろした。
止めたままの切り抜き動画。暗いダンジョンの中に立つ、正体不明の召喚士。
「今、例の召喚配信者の切り抜き見てたんだけど」
『ああ、この前言ってた人?』
「そう。その人さ、ちょっと久城くんに似てる気がするんだよね」
通話の向こうで、透花が息を止めた気配がした。
『……似てる?』
「うん。顔とかじゃなくて、空気が」
『空気』
「喋り方とか、言葉少ない感じとか、周り見てる感じとか。あと、変に静かなとこ」
自分で言いながら、やっぱり説明が曖昧だなと思う。
でも、曖昧にしか言えない違和感だった。
『同じ人って事?』
「そこまでは言わないよーさすがに飛躍しすぎだし」
『だよね……』
「でも、なんか重なるんだよ」
それを聞いて、透花は少しの間、黙っていた。
否定されるかなと思ったけど、そうではなかった。
慎重に考えてる沈黙だった。
『……分からないけど』
「うん」
『似てるっていうより、最近の久城くんと同じ種類の静けさ、みたいなのはあるかも』
その返事に、思わず起き上がる。
「それ!」
『でも本当に分からないよ?』
「分かってる分かってる。断定じゃなくて、違和感の話」
『なら……うん、少しだけ』
少しだけ。
でも、それで十分だった。
一人だけの思い込みじゃなくなった。
それだけで、この違和感はもうただの気のせいでは済ませにくくなる。
「なんかさ……久城くんって、前はもっと噂の中にいる感じだったじゃん」
『うん』
「でも最近、本人の方が噂からずれてきてるっていうか」
『……それはすごく思う』
「で、そのずれた先の感じが、この配信者とちょっと重なるんだよね」
透花はまた静かに息を吐いた。
『花宮さん、そういうの拾うのうまいね』
「いや、自分でも半分は勘だと思ってる」
『でも、完全に外れてる感じもしない』
「でしょ?」
通話の向こうで、透花が少しだけ笑ったのが分かった。
その笑い方は、困ってるけどどこか納得もしてる時のものだった。
『実習で、もっと分かるかな』
「かもね」
『ちゃんと見たら、何か分かるのかな』
「少なくとも、今よりはね」
それは多分、本音だ。
実習で近くにいる時間が増える。
戦う場に近いところで動きを見ることになる。
そこでまた何か見えるものがあるかもしれない。
透花と通話を切った後、部屋はまた静かになった。
でも、さっきまでの自分だけが変なことを考えてる感じは少し薄れている。
ベッドの上に座ったまま、もう一度切り抜きの再生画面を見る。
暗いダンジョン。召喚獣の影。短い指示。無駄のない間。
それから、今日の教室の窓際を思い出す。
静かで、前より死んでなくて、何かをちゃんと見ている目。
「……やっぱこの人、久城くんに似てるんだよな」
小さく呟く。
その違和感は、今度こそもう簡単には消えそうになかった。
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