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【第3部6月から開始】異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第02章 王虎の戦姫編

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第42話 少しだけ近づく帰り道【三枝透花視点】

 実習の打ち合わせが終わった後も、胸の中に妙な落ち着かなさが残っていた。

 教室の中はもう、ほとんどいつもの放課後だった。

 部活へ行く人、友達同士で寄り道の相談をする人、実習の班についてまだわいわい話している人。

 椅子を引く音や笑い声が、少しずつ放課後の空気を作っていく。

 そんな中で、私だけが少し取り残されているみたいな気分になる。

 たぶん理由は分かっていた。


 ――乃亜くんだ。


 最近の乃亜くんは、やっぱり前と違う。

 静かなのは同じなのに、前みたいに危うくない。

 話しかけづらい感じはまだあるけれど、少なくとも前よりずっとちゃんと立っている。

 さっきの打ち合わせでもそうだった。

 もっと投げやりなのかと思っていた。

 班行動なんて面倒だって顔だけして、最低限の返事しかしないのかと思っていた。

 でも予想とは違った。

 必要なことはちゃんと言うし、戦い方の話になるとむしろ理央くんより冷静なくらいだった。

 地形とか、退路とか、誰がどこを見るべきかとか。

 そういう言葉が、迷いなく出てくる。

 それを聞いている時、胸の奥が少しだけざわついた。


 ――あれ、乃亜くんってこんな感じだったっけ?


 それは違和感でもあるし、少しだけ安心に似たものでもあった。

 前みたいな空気じゃない。

 でも、じゃあ何が変わったのかと聞かれたらうまく言葉にできない。


 教室の窓から差し込む夕方の光が、机の上を薄く照らしている。

 その中で、乃亜くんは一人で静かに鞄へ教科書をしまっていた。

 急ぐでもなく、だらけるでもなく、ただ淡々としている。

 今なら、話しかけられるかもしれない。

 そう思った瞬間には、もう立ち上がっていた。


「あ、あの」


 自分で思っていたより少しだけ大きな声が出る。

 乃亜くんが振り向いた。


「……何だ?」


 短い返事だったが、冷たいというよりいつも通りの声だった。


「あの、えっとね……駅の方まで、一緒に帰ってもいい?」


 言ってから、変な聞き方だったかもしれないと思った。

 同じ方向なら勝手に途中まで一緒になることだってあるのに、わざわざ許可を取るみたいな言い方をしたのは自分でも少し変だった。

 でも乃亜くんは、少しだけ間を置いてから言った。


「……別にいい、好きにしろ」

「……うん」


 断られなかったことに、ちょっとだけほっとする。


 校舎を出ると、夕方の空気は思ったより涼しかった。

 部活帰りの声が遠くから聞こえて、門のあたりにはまだ人が多い。

 グラウンドからは笛の音が聞こえてきて、校舎の影が少しずつ長くなっていた。

 私たちは、そのざわめきの端を歩いていく。

 並んで歩いているのに、最初の数歩はうまく話題が見つからなかった。

 気まずい、というより、何を言えばいいのか分からない。

 話したいことはある。でも、いきなり深いことを聞く勇気はない。

 実習の話なら多分、一番自然だ。

 そう思って切り出す。


「あの……さっきの打ち合わせのことなんだけど」

「何だ?」

「の……久城くん、意外とちゃんと考えて意見言ってたね」


 言った瞬間、自分でも少し失礼だったかもと思った。

 でも、乃亜くんは怒らなかった。


「……意外か?」

「うん……ちょっとだけ」

「……正直だな」

「え、あ、ご、ごめんねっ……」


 思わず謝ると、乃亜くんは小さく息を吐いた。


「別に謝るほどじゃない」

「でも、なんていうか……もっと嫌そうにするかと思ってた」

「嫌ではあるな」

「……やっぱり嫌なんだ」

「そもそも、集団行動は面倒なだけだから気にするな」


 即答だった。

 思わず、少しだけ笑いそうになる。

 その言い方が、妙に素直だったからだ。


「でも、その……ちゃんと参加するんだね」

「ああ、必要だからな」

「必要?」

「欠席すれば乃亜の立場……いや、俺のが悪くなる」


 その返事に、少しだけ足が止まりそうになった。

 今、乃亜くんは自分の事を少し離れたところから見たみたいに言った。

 でも不思議と、変な感じがするだけじゃなかった。

 どこか妙に納得してしまう響きがある。


「……そっか」


 私がそう返すと、乃亜くんは前を向いたまま歩き続ける。

 歩幅は速すぎず、遅すぎず、ちょうど合わせやすかった。


「――お前は」

「え?」

「実習、不安なのか?」


 聞き返されると思っていなかったから、少しだけ驚いた。

 乃亜くんの方から、そういうことを聞くんだ。


「不安、かな」

「かな、って何だ」

「怖くないわけじゃないし、ちゃんとできるかなって思うし……でも、同じ班の人がちゃんとしてるなら少し安心する」

「理央がいるからか」

「……それもあるけど」


 言いかけて、ちょっと迷う。

 夕方の道に、自分の声だけが少し浮いて聞こえる。

 ちゃんと言葉にすると変に意識してしまいそうで、少しだけ恥ずかしい。


「……久城くんも、思ったよりちゃんとしてたから」

「思ったより、か」

「そこ引っかかる?」

「――いや」


 横顔を見ると、少しだけ口元が緩んだように見えた。

 ほんの一瞬だけだったけど、それだけで前より話しやすい気がする。

 こういう小さい変化が、最近は増えた。

 前なら、隣を歩いているだけでも私の方が勝手に緊張して、何も言えなくなっていたと思う。

 今はまだぎこちないけれど、それでも会話がちゃんと続いている。

 しばらく歩いて、駅へ向かう道と住宅街へ入る道が分かれるあたりまで来た時だった。

 少し先の電柱の近くに、一人の男性が立っているのが見えた。

 ラフな格好で、スマホを見ながら待っていたらしい。

 こっちに気づくと、自然な動きで顔を上げて、乃亜くんに軽く手を振る。


「――おう」


 迎えに来ていたのだと分かるまで、少しだけ時間がかかった。

 私は思わず乃亜くんを見る。

 乃亜くんは少しだけ面倒そうな顔をしたけれど、その表情に嫌そうな感じはあまりなかった。


「えっと、迎え?」

「……たぶんな」

「多分って何だよ。近くまで来たからな……ついでだ。一緒に買い物行くぞ、今日の夕飯だ」


 近づいてきたその人は、少し呆れたように言ってから私に気づいて軽く会釈した。


「あー……どうも。乃亜の叔父です」

「え、あ、三枝です。クラスメイトで……」

「そうかそうか。実習の班とかそういうやつか?」

「え、あ……はい」


 気さくな人だった。

 少なくとも、久城家で見かける大人たちとは少し空気が違う。

 叔父さんは乃亜くんを見て言う。


「今日は遅いと思ったらこれか」

「少し話してただけだぞ?」

「そうかそうか、いやぁ、青春だな」

「なんか、オヤジ臭いぞ叔父さん」


 それだけのやり取りなのに、妙に自然だった。

 こんなやり取り、瑠亜くんとは絶対にしない。

 きっと、乃亜くんにとって、信じていい相手なのかもしれない――私はそのように感じた。

 そして、思った。


 乃亜くんには、ちゃんと帰る場所があるのかもしれない。


 だから最近、あんな顔をしていたんだろうか。

 前みたいに壊れそうじゃなくて、少しだけ落ち着いた顔。

 そう考えると、最近の変化が少しだけ現実味を持つ。

 何か特別なことがあったというより、ちゃんと休める場所があるだけで、人はこんなふうに変わるのかもしれないって思った。


「えっと……じゃあ、わたしこっちだから」

「ああ」

「また実習の時、よろしくね」

「……ああ」


 短い返事だったが、それだけでも十分だった。

 叔父さんにも軽く頭を下げて、わたしは自分の帰り道へ向かう。

 少し歩いてから、思わず一度だけ振り返った。

 乃亜くんと叔父さんは、もう並んで歩き出している。

 その背中を見ながら、わたしは小さく息を吐いた。


 まだ何も分かっていない。

 どうして変わったのかも、本当は何を考えているのかも、わたしは知らない。

 でも、少なくとも一つだけ分かった気がする。

 今の乃亜くんには、前とは違う何かがある。

 それは多分、悪いものじゃないだろう。


 だったら、もう少しちゃんと見てみたいと思った。


 実習の時も、その先も。

 今度こそ、見て見ぬフリをしないで。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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