第41話 榊原理央の後悔【榊原理央視点】
帰り道は、やけに風が強かった。
制服の上着が少し煽られて、俺は片手で鞄の肩紐を掴み直す。
駅へ向かう生徒の流れから少し外れた道を歩きながら、頭の中ではさっきの打ち合わせのことがまだ引っかかっていた。
――久城乃亜。
同じ班になった時、真っ先に思ったのは「よりによって」だった。
正直に言えば、今も面倒だと思ってる。
でも、それだけじゃない。
最近のあいつを見てると、昔のことを嫌でも思い出す。
小さい頃、俺は乃亜と瑠亜、そして透花とよく一緒にいた。
どっちかっていうと最初に気が合ったのは乃亜の方だったと思う。
あいつは今みたいに無口ではなかった。
いや、もともと口数が多い方じゃなかったけど、ちゃんと笑ってたし、遊びの輪から外れるようなやつでもなかった。
派手に目立つタイプじゃない。
でも、誰かが転んだら先に手を出すし、喧嘩になりそうなら間に入る。
損な役回りを、あんまり嫌そうな顔をせずにやるやつだった。
多分、優しかったんだと思う。
それも、自分を良く見せるための優しさじゃなくて、ただ放っておけないってだけのやつだ。
瑠亜は昔から器用だった。
明るくて、愛想がよくて、大人にも好かれる。
何かあっても泣きそうな顔をすれば、自然と周りが庇う空気になる。
別にそれが悪いってわけじゃない。
少なくとも小さい頃の俺はそう思ってた。
でも、気づいたら空気が変わってた。
同じことをしても瑠亜なら「いい子」で乃亜だと「ちょっと厄介」になる。
瑠亜が困った顔をすると、周りは乃亜を見る。
乃亜が黙ると、それが余計に“やっぱりそうなんだ”みたいな雰囲気になった。
最初は違和感があった。
でも、その違和感にいちいち口を挟むほど、俺は正義感の強いやつじゃなかった。
多分、俺は面倒だったんだと思う。
誰かに逆らうのも。
空気に水を差すのも。
「そんなことないだろ」って言って、自分まで変な目で見られるのも。
だから少しずつ、俺も離れた。
嫌いだったわけじゃない。
寧ろあいつがそういうふうに扱われてるのを見て、居心地の悪さはあった。
俺は庇わなかった。
見て見ぬふりをしたんだ。
気づいてなかったわけじゃない。
分かってた、分かってたのに、自分からは何もしなかった。
「……最低だな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
通り過ぎる自転車の音がして、それに声はかき消えた。
最近の乃亜を見てると、そのことを嫌でも思い知らされる。
前のあいつは、もっと分かりやすく削れていた。
目が死んでて、何を言われても飲み込んで、でも限界の手前みたいな顔をしてた。
正直、見てるだけで危なかった。
だけど、今の乃亜は違う。まるで、別人だ。
静かなのは同じだ。
群れないのも同じ。
でも、芯がある。
今日の打ち合わせだってそうだった。
もっと投げやりか、逆に拗ねたみたいな態度を取るかと思ってた。
でも実際の乃亜は、必要なことだけを短く言って、状況を見て、役割まで整理していた。
冷静で、合理的で、無駄がない。
あれを見て、正直かなり驚いた。
あれ、乃亜ってこんなやつだったか?――そんな風に思った。
でも同時に、完全に知らない誰かって感じもしないのが余計に厄介だった。
昔の乃亜も、本当はこういうやつだったのかもしれない。
周りに潰されて、見えなくなっていただけで。
そう考えると、胸の奥が鈍く重くなる。
俺はあの時、助けなかった。
嫌いだったんじゃない。
面倒から逃げただけだ。
今さら何だって話だと思う。
今になって気にしたって遅い。
そんなの、自分でも分かってる。
でも、それでも最近の乃亜を見てると、放っておけない。
完全に別人みたいに見える瞬間もある。
全然、前の乃亜とは違う。
立ち方も、目つきも、言葉の切り方も、何もかも全て
でも、全部が全部別ってわけでもない。
誰かを見捨てない感じとか、無理してでも前に立つ感じとか、そういうところに昔の乃亜の残りみたいなものが見える時がある。
だから余計に、分からなくなる。
何があったのか。
どこで変わったのか。
それとも、変わったんじゃなくて、何かがきっかけで戻ってきたのかもしれない。
家に着いて、自室に鞄を放る。
ベッドに腰を下ろして、天井を見上げた。
あいつは多分、何かを隠してる。
どうしてそんな事を思ってしまったのか、俺にはわからない。
少なくとも、今の俺よりずっと周りを見てる。
今日の打ち合わせで、それははっきりした。
なら、せめて実習の間くらいは、ちゃんと見ていこうと思った。
前みたいに、空気に流されて見ないふりをするんじゃなくて。
何かあったら、今度はちゃんと手を差し伸べて昔みたいに声をかければいい。
庇うとか、味方になるとか、そこまで綺麗なことはまだ言えない。
でも、少なくとも見て見ぬフリだけはしたくなかった。
「……実習、かぁ」
小さくそう言って、俺は膝に肘をつくのだった。
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