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【第3部6月から開始】異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第02章 王虎の戦姫編

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第37話 夢の底の進展【久城乃亜視点】

 暗いところは、ずっと苦手だった。

 静かで、冷たくて、何も見えない場所。

 目を閉じても、開けても、変わらないような暗さ。

 ここは多分、夢の中なんだと思う。

 でも、ただの夢にしては少しだけ感触がある。

 床の冷たさも、膝を抱えた腕の重さも、ちゃんと分かる。

 前までは、もっと何もなかった。

 ただ沈んで、沈んで、どこまで行っても浮かべない水の底みたいだった。


 ――最近は、少しだけ違う。


 遠くに光がある。

 すごく小さいけど、消えない光。

 それが近づいてくる気配がすると、僕は前より少しだけ顔を上げられるようになっていた。


「……来たわ」


 やさしい声がした。

 白い光の中に立っているのは、セレネだった。

 月みたいに淡く光る女の人――最初は怖かった。

 綺麗すぎて、人間じゃないってすぐ分かったから。

 でもこの人は、いつも無理に近づいてこない。


「今日は、少しだけ長く話せそうね?」


 そう言って、セレネは僕の前まで来ない。

 少し離れたところで立ち止まって、後ろを振り返る。

 そこにいるのが、あの人だった。


 僕の身体を動かしている人――ノアさんだ。


 最近、何回か僕の前に現れる。

 その時、簡単に話をするのに少しずつ、慣れてきた。

 普通なら自分の中に知らない誰かがいるなんて、怖いに決まっている。

 僕の身体なのに、僕じゃない声で喋って、僕じゃない目で人を見る。

 ノアはゆっくりとこっちへ歩いてきた。

 でも、セレネと同じで、すぐ近くまでは来ない。

 僕が怯えない距離を、ちゃんと分かっているみたいにそこで止まる。


「……調子はどうだ?」


 ぶっきらぼうな聞き方だった。

 でも、怒ってるわけじゃないのは分かる。


「……わかんない」

「そうか」


 ノアはそれ以上、無理に何かを言わせようとはしなかった。

 少しの沈黙が落ちる。

 前の僕だったら、その沈黙だけで怖くなっていたと思う。

 何か言わなきゃ、ちゃんとしなきゃ、怒られるかもしれないって。


 でも今は、そこまでじゃない。


 ノアは静かに息を吐いてから、真っ直ぐ僕を見た。


「前にも言ったが、もう一度言うぞ」

「う、うん……」


 声は低くて、落ち着いていた。


「俺はこの身体を奪うつもりはない」

「……」

「必ずお前に返す」


 その言葉は、夢の中なのに妙にはっきり聞こえた。


「そのためにダンジョンへ潜っている」

「……本当に?」

「ああ、本当だ」


 即答、迷いがない。

 嘘をつく時の顔じゃない――なんて、僕に人の顔を見分ける自信なんてない。

 それでも、その声は嘘っぽくなかった。


「おまえを元に戻す方法があるなら、俺はそれを探す」

「どうして?」

「借りたものだからだ」


 それだけ言って、ノアは少しだけ目を伏せた。


「それに……お前は、消えていい存在じゃない」


 胸の奥が、少しだけ痛くなった。

 そんな風に言われたこと、多分なかった。

 少なくとも、ずっと最近の僕にはなかった。

 いない方が楽なんじゃないかって、何度も思ってきた。

 僕がいなければ、家も学校ももっと静かなんじゃないかって。

 だからその言葉を、どう受け取ればいいのか分からない。


「……でも」


 声がかすれる。


「僕、もう……あんまり、ちゃんと戻れる気がしない」

「大丈夫だ。必ず、戻すから」

「……そんな簡単に言わないでよ」


 思ったより強い声が出て、自分でもびっくりした。

 すぐに肩がこわばる。

 怒られるかもしれない、って身体が勝手に思ってしまう。

 でもノアは怒らなかった。


「簡単だとは言っていない」

「……」

「だから、消えるなと言っている」


 その言葉に、セレネが静かに目を細めるのが見えた。

 この人は多分、今のやり取りを見守っているだけだ。

 無理に助け舟を出したりしない――でも、ちゃんとここにいる。


「お前が沈んだままだと、返すこともできない」

「……」

「だから、待っていてほしい……絶対に」


 ――待っていてほしい、その言い方が、少し意外だった。


 命令じゃなく、お願いだ。


「僕を……返すために?」

「ああ」

「そのために、ダンジョンに?」

「ああ」


 ノアは短く、でも一つずつちゃんと答えた。


「だからって、信じろとは言わない」

「……」

「だが、消えないでほしい」


 その時、ふわりと別の気配がした。

 大きい――でも、こわいだけじゃない。

 夜空みたいな、遠くて深い気配。

 振り向くと、いつの間にか小さな女の子がいた。

 銀色の長い髪と、きらきらした目。

 見た目は小さいのに、そこに立ってるだけで空気が変わる。


 彼女がバハムートなんだって、何となく分かった。


 ほかの召喚獣たちとは少し違う。

 もっとずっと大きなものを、小さな身体に押し込めてる感じがする。

 その子は僕を見ると、にこっと笑った。


「だいじょうぶよ」


 声はやわらかくて、思っていたよりずっとやさしかった。


「ノアは、ちゃんと かえすって いったら かえすこよ」

「……」

「だから いまは なくさないで。じぶんを てばなさないで」


 僕は何も言えなかった。

 バハムートは、少しだけ首をかしげる。


「こわかったねえ」

「……うん」

「でも もうひとりじゃないよ」

「……ほんとうに?」

「ほんとうよ」


 その言葉に、なぜか少しだけ泣きそうになった。

 ひとりじゃない。

 そんな風に言われるの、いつぶりだろう。

 セレネが静かに口を開く。


「急がなくていいのよ」

「……」

「少しずつでいい。この子の言葉を、受け取れるところから受け取って」


 この子、というのがノアのことだと気づくまで、少しだけ時間がかかった。

 ノアは相変わらず無愛想な顔をしていた。

 でも、前より少しだけその顔が怖く見えない。

 この人は多分、ただの侵入者じゃない。

 僕の身体を使っている知らない人であることは変わらない。

 怖いのも、まだ少しある。


 それでも――この人は、僕を消してもいいとは思っていない。


 それだけは、前よりちゃんと分かった。

 ノアがもう一度、静かに言う。


「乃亜……待てるか?」


 短い問いだった。

 信じる、とはまだ言えない。

 大丈夫、とも言えない。

 でも、前みたいに何も返せないまま膝を抱えているだけではいたくなかった。

 僕は少しだけ指に力を入れて、それから小さく顔を上げた。


「うん……待ってる」


 その言葉を言った瞬間、胸の奥の暗い場所に、ほんの少しだけ灯りが差した気がした。


「……ノア、ノアもきをつけてね?」


 バハムートがそのようにノアに言ってくる。

 その声に、頭を軽く掻きながら、ノアは答えた。


「わかったよ、バハムート」

「ちがうよ、ノア」

「……………わかったよ、姉さん」

「ちがう、”おねえちゃん”」

「……お、ねぇちゃん」

「うん、わたしはノアのおねえちゃん。そして、乃亜のおねえちゃんだからね」


 にっこりと笑う彼女の姿に、僕はやっぱりこの子はこの中で最強なんだなと自覚する事が出来た。

 優しく頭を撫でてくれるバハムートーーううん、お姉ちゃんはとてもあたたかかった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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