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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第01章 再始動編

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第31話 三枝透花は、ずっと怖かった【三枝透花視点】

 久城乃亜(くじょうのあ)くんが変わった、と思ったのは、多分私だけじゃない。

 でも、それを“変だ”じゃなくて“何かが戻ってきた”みたいに感じたのは、たぶん私くらいだったと思う。


 昔の乃亜くんは、もっとやさしい子だった。


 静かで、少し引っ込み思案で、目立つタイプじゃなかったけど、ちゃんと周りを見てる子だった。

 私が転んだ時も、泣く前に絆創膏を持ってきてくれたのは乃亜くんだったし、帰り道でランドセルの金具が壊れた時も、一緒に先生のところまで来てくれたのを覚えてる。

 瑠亜くんも昔から人気があった。

 かわいくて、愛想がよくて、すぐに大人に甘えるのが上手な子だった。

 だから、小さい頃はわたしも二人を同じくらい好きだったと思う。


 でも、だんだん違和感が増えていった。


 はっきり「嫌だ」と思ったわけじゃない。

 ただ、瑠亜くんといると、時々、息が詰まるみたいな感じがした。


 たとえば、小学校の低学年の時。

 わたしが乃亜くんから借りた消しゴムを返そうとしていたら、瑠亜くんが横から来て、にこにこしながら言ったことがある。


『兄さん、透花ちゃん困らせないでよ』


 その時の言い方が、なんだか変だった。

 乃亜くんは別に困らせてなんていなかった。

 ただ貸してくれただけだし、私もありがとうって言った。

 でも、瑠亜くんがそう言った瞬間、周りの子がなんとなく“乃亜くんが悪い事をした”みたいな顔をしたのを、今でも覚えてる。

 その時、乃亜くんは何も言わなかった。

 少しだけ困った顔をして、でも否定もしなかった。


 ああいう小さいことが、何回もあった。


 瑠亜くんは、べつに意地悪な顔をしない。

 むしろ逆だ。

 やさしそうにしてる。

 泣きそうな顔をしたり、困ったように笑ったりして、でも結果的にいつも乃亜くんの方が悪く見える。

 それが、少しずつ怖かった。

 でも、子どものわたしにはうまく言葉にできなかったし、周りはみんな瑠亜くんの方を“いい子”だって言っていたから、多分、私の方がおかしいのかなって思ってた。


 中学に入る頃には、わたしも乃亜くんと距離を置くようになった。

 置いた、というより、置かされていった感じに近い。

 家でも学校でも乃亜くんの悪い噂ばかり聞こえてきたし、何より本人がどんどん静かになっていったから。

 話しかけても、前みたいに笑わなくなっていたし、目もどこか遠くなっていた。

 助けたかった、とは簡単に言えない。

 だって私は、助けなかったから。

 私は、見て見ぬフリをしたんだ。

 変だと思いながら、でも自分が間違ってるかもしれないって逃げた。


 だから最近、乃亜くんを見ていると胸の奥がざわざわする。


 朝の教室。

 窓際の席に座る横顔。

 前より少しだけ顔色がいい。

 相変わらず静かだけど、あの沈み込むような重さが少し薄い。

 それだけならちょっと元気になったのかなで終わるかもしれない。


 ――でも、違う。


 空気が違うのだ。


 前の乃亜くんは、悪く言えば、周りに押しつぶされるままの感じだった。

 何か言われたら傷ついて、それを隠しきれなくて、でも反論も上手くできなくて、結局また悪いように見える。

 今は違う。

 傷ついていないわけじゃないと思う。

 でも、前みたいにその場で全部持っていかれない。

 ちゃんと自分の内側に軸があるみたいに見える。

 その“軸”が、昔の乃亜くんに少し似ていた。

 静かだけど、ちゃんと見てる。

 人の話を聞いてないようでいて、実はちゃんと聞いてる。

 必要以上に喋らないのに、目だけは前よりずっと生きてる。

 だから多分、私はあの日、つい声をかけてしまったんだと思う。

 廊下でプリントを落としかけた時、乃亜くんが反射みたいに手を伸ばしてくれた。

 その動きが、あまりにも自然だった。


「……ありがと」


 そう言うと、乃亜くんは短く「別に」と返した。

 そっけないのに、冷たくはなかった。

 昔もそうだった。

 乃亜くんって、優しい事をしても、あんまりそれを誇らない。

 その感じが懐かしくて、つい口から出た。


「今のほうが、ずっといいよ。昔みたいだった」


 乃亜くんが少しだけこっちを見る。

 その目に、一瞬だけ分からないものが混じった。

 でも、嫌そうではなかった。

 私はそれ以上何も言えなくて、そのまま逃げるみたいにその場を離れた。

 だって、怖かったから。

 もし本当に戻ってきているなら、私は今まで何をしてたんだろうって思ってしまう。

 もし違うなら、勝手に懐かしがってるわたしが残酷だ。

 でも、それでも思ってしまう。

 乃亜くん、変わった。

 そしてその変わり方は、ただ“強くなった”とか“性格が変わった”とか、そういう感じじゃない。


 むしろ逆だ。


 前よりずっと、昔の乃亜くんみたいなのだ。

 そこがいちばん不思議で、いちばん気になる。

 それに、瑠亜くんの反応もおかしい。

 前なら、兄が何をしても余裕そうに見ていたのに、最近は違う。

 笑ってるのに目が笑っていない時があるし、乃亜くんのことを見ている時間が増えた。

 しかもその目が、兄を心配してる弟のものには見えない。

 確かめようとしてる。

 自分の知ってる“兄”からどれくらいズレたのかを、ずっと見てる。

 その感じも、やっぱり少し怖い。

 多分、私は昔から瑠亜くんが苦手だった。

 嫌いとまでは言えない――言ったら、多分私の方が変だと思われるから。

 でも、あの子は時々、人の心を触る場所をすごく自然に知ってる気がする。

 泣けば助けてもらえることも。

 困った顔をすれば責められにくいことも。

 誰かをちょっと悪く見せる言い方も。

 それを、悪意なくやってるように見せられるところが、ずっと怖かった。

 私はスマホの画面を見つめる。

 最近よく見る、例の召喚配信者の切り抜きだ。

 戦い方が変で、静かで、でも目が離せない人。

 コメント欄では“新人じゃない”とか“何かがおかしい”とか言われている。


 その人を見ていると、なぜか最近の乃亜くんを思い出す。


 もちろん、同じ人だなんて思ってない。

 そんなの、変な想像だ。

 でも、妙に似てると思ってしまう。

 ちゃんと周りを見てるところ。

 余計なことを言わないところ。

 静かなのに、少しも押しつぶされていないところ。

 それが、昔の乃亜くんと、最近の乃亜くんと、画面の向こうのその人を、変なふうに繋げてしまう。


「……何なんだろ」


 一人で呟いて、スマホを伏せる。


 私は多分、今さら後悔してる。

 もっと早く変だって言えばよかった。

 もっとちゃんと見てればよかった。

 乃亜くんが完全に沈んでしまう前に、誰かに言えばよかった。

 でも、今さらそんなことを思っても遅い。

 遅いけど、それでも。

 もし今の乃亜くんが、少しでも昔の乃亜くんに近いなら。

 もし本当に、どこかで息を吸える場所を見つけたのなら。

 今度こそ、見て見ぬフリはしたくないと思った。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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