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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第01章 再始動編

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第30話 牙はまだ届かせない【ルクス視点】


 シオンが毒を飲み込んだあとの空間は、妙に静かだった。

 あいつの視点で語れば、きっとあの場はもっと甘く、もっと粘ついた怒りに満ちていただろう。

 だが俺から見れば違う。

 あれは怒りを抑え込んだだけの空間だ。

 誰一人として納得していない。ただ、主が望まぬ形で先に動かないと決めただけだった。

 契約空間の中心には、主の気配が淡く脈打っている。

 まだ表層には戻りきっていない。

 眠りの底、あるいは夢の縁で、わずかにこちらへ意識を向けかけている状態だ。

 その気配を囲むように、召喚獣たちはそれぞれの位置にいた。

 セレネは静かに目を伏せている。

 先ほどまで穏やかに場を収めていたが、指先だけがわずかに光を帯びていた。

 怒りを癒しへ変換している時の癖だ。

 フェルは不機嫌そうに床へ座り込んで、膝を抱えている。

 火花は散らさない。だが、その分だけ鬱憤が溜まっているのが分かった。

 ヴェインは小竜の姿のまま、主の気配へ寄るように身体を丸めていた。

 あれは落ち着かない時の仕草だ。

 ガルドも、オルグも、リゼットも、アステルも、それぞれ違う形で沈黙している。

 バハムートだけが、いつもと変わらぬ静かな顔で主の気配を見守っていた。

 シオンは少し離れたところに立ち、こちらへ背を向けていた。

 人間どもへの毒も、主への執着も、あいつの中ではまだ煮えたぎっているだろう。

 だからこそ、今は黙らせておく方がいい。

 誰も口を開かない中、俺は主の気配を見つめながら、あの階段の光景を思い返していた。


 あの弟――瑠亜。


 臭いが最悪だった。


 泣きそうな顔で兄へ近づき、柔らかい声で揺さぶり、人の目が集まる場所を選び、自分から落ちる。

 体裁を整えた悪意。

 爪も牙も持たぬくせに、ああいうやり方で相手の喉を裂くのだ。

 あれを、主は見抜いた。

 見抜いた上で、取り乱さなかった。


 それが余計に腹立たしい。


 主が弱いからではない。

 強いからこそだ。

 あの方は、誰よりも傷を知っている。

 だから、乃亜の記憶を抱えたまま同じ構図を前にすれば、平気でいられるはずがない。

 それでも平然と立ってみせた。事実だけを置き、場を動かし、崩れなかった。

 それがどれほど主を削るか、分からぬ者はいないはずだった。


「――ルクス」


 静かな声で呼ばれ、顔を上げる。

 声をかけたのはセレネだった。


「あなた、考え込みすぎよ」

「考えるべきことがあるか?」

「噛み砕く順番を?」

「違う」

「じゃあ、爪で?」

「もっと違う」


 即答すると、セレネは少しだけ目を細めた。

 あの女はこういう時、こちらの本音を探るように見る。


「……主の負荷だ」

「ええ」


 彼女は否定しなかった。


「今回の件で、主の心は確実に揺れた」

「乃亜もな」

「そうね」


 そこでセレネの視線が中心へ向く。

 深く沈んでいる乃亜の魂。その灯は消えていない。

 だが、揺れている。


「階段の件そのものよりあの子が長く浴びてきた構図を主が正面から見てしまった事の方が大きいわ」

「分かっている」

「なら尚更、主を一人で抱え込ませてはだめ」


 それも分かっている。

 分かっているが、主は一度決めたことを簡単には他者へ預けない。

 自分で戦い、自分で返す。

 その覚悟があるからこそ、俺たちは仕えている。

 だが、それは同時に、主が自分を後回しにするということでもある。


「だから、次のダンジョンは俺も表へ出る」


 言うと、フェルがすぐに顔を上げた。


「オレもだろ」

「お前が出るなとは言っていない」

「じゃあ何だよ!」

「俺が主の近くを離れないという意味だ」


 フェルは少しむくれたが、反論はしなかった。

 理解はしているのだろう。学校側の騒動があった今、主の周囲を固める優先度が上がっていることくらいは。

 リゼットが青い瞳をこちらへ向ける。


「妥当です。中ボスクラス以降、主の身体負荷と外的危険は増大傾向」

「分かっているなら対策を詰めろ」

「すでに進行中です」


 相変わらず無駄がない。

 アステルが静かに翼を揺らした。


「もう一つ問題があります」

「言ってみろ」

「あの弟、瑠亜と言う人間です」


 場の空気が少しだけ変わる。


「瑠亜は、今回の件で主が以前と同じではない事をさらに確信した」

「確信したところで何だ?」


 シオンが背を向けたまま言う。

 声音は薄く笑っているが、温度はない。


「次はもっと粘つくよ。ああいう人間は、一度噛みついた獲物が逃げると余計に執着する」

「……それは、俺も同感だ」


 認める。

 あの弟は、兄を憎んでいるだけではない。

 自分より下に置いておきたいのだ。見下せる位置に固定しておきたい。

 だから、主が与えた“知らぬ顔”に耐えられない。

 気に入らない相手なら殺せばいい。

 敵なら噛み砕けば終わる。

 だがああいう手合いは、正面からの敵対よりずっと面倒だ。

 主が乃亜の人生を返すと決めている以上、こちらも無闇に壊せない。


「なら、監視を厚くするしかないな」


 ガルドが重々しく言う。


「次に仕掛けるなら、今度こそ証を押さえる」

「いいね、それ」


 シオンがそこでようやく振り返った。

 紫と緑の混ざる瞳が妖しく細まる。


「人間って、見えるものに弱いだろう?だったら次は、見える形で醜く崩してあげればいい」

「それは、主が望まない」

「壊すって意味じゃないよ、狼王。証拠を押さえるって話さ」


 そこだけは本当だろう。

 あいつは毒舌だが、今この場では主の線引きを越える気はない。

 バハムートが小さく首を傾げる。


「ノアは、がっこうのことをまだかんぜんにはすてていないのでしょうか」

「捨ててはいないわ」


 答えたのはセレネだった。


「でも、重きを置いているわけでもない。今は乃亜の人生を取り戻すために必要な範囲で見ております」

「つまり、優先はダンジョンですね」


 リゼットが淡々と確認する。


「そうだ……学校での小競り合いに主の時間を食わせるな。次は中ボスクラスへ潜る。そちらの準備を優先しろ」

「御意」

「了解しました」

「やっと本題だな」


 フェルが少し機嫌を戻したように火を揺らした。

 戦うこと自体が、あいつにとっては一番分かりやすい解決法なのだろう。

 それに異論はない。

 主も、結局は前へ進むことでしか自分を保てない。

 止まって学校や家族のことばかり考えれば、乃亜の傷と自分の傷を重ねて削れていくだけだ。


 ダンジョンへ潜る。

 名を上げる。

 深層へ近づく。

 それが今の最短だ。


「ルクス」


 今度はシオンが名を呼んだ。

 見れば、あいつはいつもの皮肉屋の顔に戻っている。

 紫と緑の混じる瞳が、いやに愉快そうに細められていた。


「何だ」

「君、さっきからやけに静かだけど」


 嫌な言い方だった。

 こいつは時々、無駄に人の芯を突こうとする。


「本当はあの弟を今すぐ裂きたいんだろう?」

「お前に言われるまでもない」

「でも我慢する。主が望まないから」

「それがどうした」

「別に。ただ、同じだなと思って」


 シオンは小さく笑った。

 その笑みに合わせるように、足元から細い蔦が一筋だけ這い出る。


「僕は咲かせたい。君は噛み砕きたい。違うようでいて、どっちも主のために我慢してる」

「一緒にするな」

「そう怒るなよ。気持ち悪いのは分かってる」


 その一言で、俺の足元に霜が走った。

 空気が、ぴんと張る。

 白銀の毛並みを思わせる冷気が広がり、シオンの周囲には甘ったるい毒花の香りが濃くなる。

 蔦がさらに伸び、花弁の先から淡い毒の粒がこぼれ落ちた。


「……言葉を選べ、毒花」

「選んでるさ。かなり丁寧にね」


 シオンは笑ったままだ。

 だがその声には、こちらを試すような棘があった。


「君が主のことになると見境なくなるのは知ってる。でも、僕だって同じだって言ってるだけだろう?」

「お前と同列に落ちる気はない」

「へえ。じゃあ聞くけど――」


 シオンが一歩、こちらへ近づいた。


「主が命じなければ、君はあの弟を見逃し続けるのかい?」

「……」

「主が望まないから、と言い訳して、ああいう人間が主の器を削るのをただ見ている?」

「黙れ」


 低く言い捨てた瞬間、俺の周囲の冷気が鋭く立ち上がった。

 風と氷を孕んだ気配が、シオンの喉元へ届く一歩手前で止まる。

 同時にシオンの足元で毒花が咲き開いた。

 甘く、濃く、ひどく不快な香りだ。花弁の先端がわずかに揺れるだけで、こちらの毛並みを侵すには十分な毒を含んでいるのが分かる。


「やってみるかい、狼王……ここで僕を裂いたら、主が悲しむよねぇ」

「お前も同じだろう?」

「もちろんさ。でも君、さっきから我慢しすぎてて気持ち悪いんだよ」

「お前にだけは言われたくない」


 互いに一歩も引かない。

 もう一歩踏み込めば、そのまま噛みつくか、毒で貫くかのどちらかになる。


 ――その時だった。


「やめなさい」


 セレネの声が、静かに落ちた。

 彼女の声と同時に空間の温度が変わる。

 月光に似た光が二人の間へ差し込み、冷気も毒も、そこでひとまず押し留められた。


「主が戻る前に、こんなところで何をしているの」

「……こいつが」

「知っているわ。シオンが煽ったのでしょう」

「ひどいな。半分は本音を言っただけだよ」

「残り半分が余計なのよ」


 セレネは微笑んだまま、まったく笑っていない目でシオンを見る。

 シオンは肩をすくめ、ようやく足元の花を引かせた。

 俺も冷気を収める。

 気に入らない。

 だが、ここで本当にやり合えば主に余計な負荷が返る。


「……お前は本当に癇に障るな」

「奇遇だね、狼王。僕も君のそういう無駄に誠実なところ、大嫌いだよ」


 最後まで言いながら、シオンは薄く笑った。

 だがその笑みの奥にある感情が、先ほどよりも少しだけ濃くなっているのが分かった。


 怒りだ。

 嫉妬だ。

 そして、主を傷つけたものへの殺意。


 結局、根は同じなのだろう。

 だからこそ、なおさら気に入らない。

 こいつ、本当に癇に障る。

 だが、完全には否定できないのがなお腹立たしい。


「……主が戻る」


 短く告げると、皆の意識がまた中心へ向いた。

 主の気配が、さっきより少し近い。

 夢の底から表層へ戻る途中なのだろう。乃亜との接触があったのかもしれない。

 セレネもその変化を敏感に感じ取ったらしく、静かに目を細めている。


「いい兆しね」

「ああ」


 俺は一歩、中心へ近づいた。

 主はまだここへ現れていない。

 だが戻ろうとしている。前へ進もうとしている。

 なら、こちらも答えを決めておく必要がある。


「――聞け」


 全員の視線が集まる。


「学校の人間どもは、当面こちらで観る。余計な接触は許さない」

「配信とダンジョンは?」


 リゼットが問う。


「最優先だ。主の負荷管理を徹底しろ。中ボス級で無理をさせるな」

「難しい注文ですね」

「やってくれ」

「了解しました」


 セレネは穏やかに頷いた。


「乃亜の魂は私が診るわ。主が深く潜りすぎないようにも気をつける」

「フェル」


 名を呼ぶと、赤髪の少年がすぐに顔を上げた。


「次の戦闘では暴走するな」

「う……分かってるよ」

「分かっていない顔だな」

「主が傷ついたら我慢できねえんだよ!」

「それは俺も同じだ」

「じゃあいいじゃねえか!」

「よくない」


 少しだけ空気が揺れた。

 だが、こういう言い合いの方がまだましだ。怒りを外へ出せる分だけ、溜め込むよりずっといい。

 最後に、俺はシオンを見る。


「お前は主の前で余計なことを吹き込むな」

「余計なこと?」

「人間を全部壊せばいい、だの、自分たちだけでいい、だの」

「本音を言って何が悪い」

「今の主には毒が強すぎる」

「ふふ……君、本当にそういうところだけは冷静だね」


 シオンは肩をすくめた。


「でも分かったよ。主が望むまでは、まだ咲かせない」

「ならいい」

「ただし」


 そこで、あいつの目が鋭く笑った。


「次にあの弟がやらかしたら、僕は少しくらい香りをつけるかもしれない」

「おい、やめろ」

「善処”は”するよ」

「お前の善処は信用できん」

「君よりはマシさ」


 また喧嘩になる前に、中心の気配がはっきりと揺れた。

 主だ。

 戻ってくる。

 この空間へ一瞬だけ触れ、また表層へ上がる。そんな感覚が伝わる。

 俺は息を吐いた。

 怒りも、殺意も、焦燥も、ひとまず飲み下す。

 まだ牙は届かない。

 今は届かせるべきでもない。

 主が望む形で、主が進みたい方向へ進めるように、俺たちは守る。

 あの弟も、学校も、家族も、そのついでにこの世界も、必要ならいくらでも敵に回してやる。

 だがそれは、主が線を引いた内側での話だ。


 ――それでいい。


 主の気配がすぐ近くまで来た時、俺は静かに目を細めたのだった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!

ぜひよろしくお願いします!

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