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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第01章 再始動編

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第03話 誰も信じない

 学校という場所は、どこの世界でも息苦しい空気を作るのがうまいらしい。

 久城家を出て、瑠亜と並んで歩きながら、俺はそう思った。

 朝の街には同じ制服を着た子どもたちが溢れていて、誰もが当たり前のように笑ったり、急いだり、誰かと会話を交わしたりしている。


 その中で、俺だけが明確に異物だった。


 正確には、俺ではない。

 この身体の持ち主――久城乃亜が、だ。

 校門をくぐった瞬間に分かった。

 向けられる視線が、露骨だった。

 無視するようでいて、見ている。

 興味がないふりをしながら、何か面白いものでも見るようにちらちらと目を寄越してくる。

 それは敵意というより、すでに悪評のついた相手を見る時の視線だった。


 ――ああ、ここでもか。


 横を歩く瑠亜は、そんな空気の中心にいるとは思えないほど自然に、周囲から声をかけられていた。


「おはよう、瑠亜くん」

「昨日のダンジョン講習、すごかったって聞いた!」

「ほんと将来有望だよねぇ」


 瑠亜は柔らかく笑って、その一つ一つに感じよく返していく。

 その姿だけ見れば、誰もが好感を持つだろう。

 実際、俺の横を通り過ぎる生徒たちの多くは、俺を避けて瑠亜にだけ話しかけていた。


「兄さん」


 瑠亜がわざわざ俺を呼ぶのは、周囲に聞かせるためだろう。

 仲のいい弟を演じるには、ちょうどいい一言だ。

 俺は答えず、靴を履き替えた。

 その瞬間、すぐ近くで女子のひそひそ声がした。


「ねえ、無視したよアイツ」

「ほんと感じ悪……」

「瑠亜くん可哀想」


 聞こえるように言っている。

 だが誰も、陰口を言っている自覚はない顔をしていた。

 教室に入ると、視線の数はさらに増えた。

 ざわめきが一瞬だけ止み、すぐに再開する。

 俺が来たこと自体が小さな話題になったのが分かる。

 席に着いた途端、前の方から一人の少年がこちらを振り返った。


「久城」


 真面目そうな顔立ちをした少年がこちらに向かってきた。

 姿勢が良く、机の上も綺麗に整っている――学級委員の札が見えた。


「今日は、ちゃんと落ち着いて過ごせるよな?」


 言い方は穏やかだった。

 だが内容は、最初から俺を問題のある人間だと決めつけている。


「――お前は」

朝比奈湊(あさひなかえで)……まさか俺の名前忘れてないよな?」


 名乗ってから、朝比奈はほんの少しだけ眉を寄せた。

 腕の腕章からするに、どうやら学級委員らしい。


「別に喧嘩したいわけじゃない。ただ……昨日みたいなことは、もうやめた方がいい。みんなも困るし、瑠亜も」


 また瑠亜か――どうやらこの学校でも、中心にいるのはあの弟らしい。

 俺は朝比奈の目を見た。

 そこに悪意は薄い、だが信頼もない。

 正そうとしているつもりの人間の目に似ている。

 手を差し伸べているのではない。

 監視して、逸脱したら止めようとしている。


「……昨日、何があった?」


 そう聞くと、朝比奈は露骨に困った顔をした。


「……そういうの、やめろよ」

「質問に答えろ」

「自覚ないフリしても意味ないだろ」


 それで会話は終わった。

 結局、こいつも何があったかのかを説明する気はない。

 ただ、俺が悪いという結論だけをすでに持っている。

 隣の列から、今度は女子の声が飛んできた。


「でもちょっと気になるかも」


 明るい声音だった。

 振り向くと、肩口で揺れる髪を指でいじりながら、こちらを面白そうに見ている少女がいた。


「ね、久城くん。ほんとに昨日、瑠亜くんのロッカー蹴ったの?」

花宮(はなみや)!」


 朝比奈がたしなめるように名を呼ぶ。

 花宮と呼ばれた少女は、悪びれもせず肩をすくめた。


「だって気になるじゃん。本人に聞くのが一番早いし。噂ばっかでよく分かんないしさ」


 軽い――だが、その軽さが厄介だ。

 敵意で責めてくる相手より、面白がって消費する相手の方が、人を簡単に追い詰める。


「――知らない」


 短く返すと、花宮は「へえ」とだけ言った。

 本気で信じたわけではない。

 ただ反応を見たかったのだろう。

 やがて教師が教室に入り、授業が始まった。

 中年の男が名簿を見ながら出席を取り、俺の名前のところだけわずかに声の温度が下がる。


「久城乃亜」

「……はい」

「返事はちゃんとしろ」


 ――今、しただろう。


 そう言う気にもなれず、俺は口を閉ざした。


 授業中も、居心地の悪さは消えなかった。

 教師が質問を飛ばせば、俺だけ妙に探るような目を向ける。

 周囲の生徒も、俺が何か失敗しないか待っている空気を隠そうとしない。

 そして休み時間になると、それはもっと露骨な形になった。

 机の横を通る時に、わざと肩がぶつかる。

 通路に立たれて、出にくくされる。

 筆箱が床に落ちても、誰も拾わない。

 だがどれも些細で、露骨な暴力ではない。


 ――だからこそ厄介だ。


「おっと、悪い」


 わざとらしく笑いながら、男子生徒が俺の机を揺らした。

 机の端に置いていた消し具が落ちる。

 そいつは俺より少し背が高く、態度だけは大きかった。

 後ろには同じような顔つきの連中が二人いる。


「真田、やめろって」


 取り巻きの一人が口だけでそう言う。

 止める気はない声だ。


 真田(さなだ)――たしかそんな名だったか。

 こいつらは多分、瑠亜の周囲にいる連中なのだろう。

 教室に入った時からあいつが俺を見るたびに、同じ方向から空気が動いていた。


「別に何もしてねえよな?」

「そうそう、勝手に被害者ぶられても困るし」

「兄弟でここまで違うと大変だよなあ」


 笑い声が小さく弾ける。

 それを聞いても、周囲は止めない。

 見て見ぬふり。

 知らないふり。

 関わらなければ自分は加害者じゃないという顔。

 俺は落ちた消し具を拾い上げ、何も言わず席に戻した。

 ここで怒っても、都合よく「ほらやっぱり」と言われるだけだ。

 その時、教室の後ろで女子たちに囲まれていた瑠亜と目が合った。

 あいつはやわらかく笑って、ほんの少しだけ首を傾げた。

 それはまるで、どうするの、とでも言っているようだった。


 昼前、俺は一度だけ試すことにした。

 廊下を歩いていた教師を呼び止める。

 朝の担任と同じ男だ。


「先生」


 教師は露骨にうんざりした顔を隠しもせず振り返った。


「何だ、久城」

「確認したいことがあります」

「手短にしろ」


 俺は数秒だけ迷ってから、まっすぐに言った。


「――先生は、俺の話を聞くつもりがありますか」


 教師の眉がぴくりと動く。

 それだけで十分だった。だが俺は続けた。


「俺が何をしたのか、誰から聞いたのかは知りません。でも、最初から決めつけているなら――」

「まずお前は自分の態度を改めろ」


 ぴしゃりと、言葉を突然切られてしまった。

 それを見て、俺は思わず驚く。


「周囲がどうこうの前に自分の言動を省みるのが先だ。皆がお前に注意するのは、それだけ問題があるからだろう」

「だから、その“問題”が何かを」

「言い訳をするな」


 教師はもう、話を終えた顔をしていた。


「瑠亜みたいに少しは素直になれ。家でも学校でも揉め事ばかり起こして、何も思わないのか?」

「……」


 そこで、頭の奥に古い音が蘇った。


 ――罪人・ノア。

 ――慎む必要があるのはどっちだ。

 ――口を慎め。

 ――その必要はない。


 異世界の法廷。

 顔を逸らした貴族たち。

 弁明を聞く気のない声。


 ――ああ、同じだ。


 場所が違うだけで、何も変わらない。

 人は真実を見たいわけじゃない。

 自分が安心できる答えを見たいだけだ。

 分かりやすい悪者がいてくれた方が都合がいい。

 そいつを責めれば、自分は正しい側に立てるから。


「失礼します」


 俺はそれだけ言って踵を返した。

 教師はなお何か言っていたが、もう聞く気になれなかった。

 教室へ戻る途中、窓ガラスに映った自分の顔が見えた。

 見知らぬ少年の顔――だがその目だけは、処刑台の上にいた俺と同じように冷えている。


 ――ああ、もういい。


 この世界でも、誰も信じない。


 放課後になるまで、俺は誰ともまともに話さなかった。

 話す価値がないと知ったからだ。

 帰ろうと靴箱を開けた時、何かが落ちた。

 くしゃりと丸められた紙だった。

 泥のついた靴先に触れ、そこで止まる。

 拾って開くと、乱暴な字で一言だけ書かれていた。


 ――次は階段で落ちろ


 俺はしばらく、その紙を黙って見つめた。

 怒りはなく。

 驚きも、もう薄い。

 ただ、妙に納得してしまう自分がいた。


 やはりここも同じだ。

 家庭でも、学校でも、この世界でも。


 ――誰も、信じない。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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