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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第01章 再始動編

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第02話 久城乃亜という地獄

 鏡の中の少年としばらく見つめ合ったあと、俺はようやく息を吐いた。

 混乱していないと言えば嘘になる。

 いや、正確には、混乱しすぎて逆に頭が冷えていた。

 異世界で処刑され、目を覚ましたら見知らぬ少年の身体にいた――全く、意味が分からない。

 分からないが、分からないまま座っていても状況は変わらない。


 俺はまず、自分が立っているこの場所を見回した。


 狭い部屋だった――寝台は軋み、机は端が欠けている。

 壁紙は一部が剥がれ、窓際には読まれていない本や紙束が雑然と積まれており、衣服も畳まれず、隅に押し込まれている。

 生活感はあるのだが、人が丁寧に扱われている気配はない。

 家の一室というより、使っていない物置に無理やり寝具を置いたような空間だ。


「これは……ひどいな」


 思わず声に出てしまった。


 戦場の野営地のほうがまだましだ。

 少なくとも、あれは必要があって粗末なのだと分かる。

 ここには違うものがある――意図的な冷たさを感じた。

 机の上に、板のように薄い黒い物が置かれている。

 手に取ると、表面がぴたりと光る。


「っ……」


 一瞬、魔道具かと身構えた。

 だがそこに映ったのは魔法陣ではなく、文字と絵だった。

 奇妙な道具だ。

 触れると画面が切り替わる。

 知らない言葉も混じっているが、不思議と読むことはできた――いや、この身体に残った知識が勝手に意味を結んでいるのかもしれない。

 表示された名を見て、俺は目を細める。


 ――久城乃亜(くじょうのあ)


「……これが、この身体の名か」


 俺はさらに探ってみる。

 学生証と呼ばれる札には、制服姿の同じ少年の顔写真が載っている。

 生年月日と、学校名――十四歳。やはり俺ではない。

 机の引き出しには教科書の類と、一冊のノート。

 乱れた筆跡で書かれた文字を追いかけるうち、断片的に状況が見えてくる。


 ――結論からして、ここは俺のいた世界ではない。


 魔王軍も王国もない代わりに、ダンジョンというものが存在する世界。

 探索者という職業があり、人々は機材を使ってダンジョンの攻略を配信し、金や人気を得るらしい。

 魔物がいること自体は変わらないのに、街並みも暮らしもまるで違う。

 奇妙な箱、灯り、画面、見たこともない文明の気配が部屋の隅々にまで満ちていた。


 そして、この世界の俺――いや、この身体の持ち主、久城乃亜は、十四歳の少年。


 そこまで把握したところで、扉の向こうから声がした。


「――乃亜(のあ)、いつまで引きこもってるの」


 女の声が聞こえたのだが、柔らかいようでいて、底に苛立ちを隠していない。


「朝ごはん、冷めるわよ?」


 返事を待たずに足音が遠ざかる。

 俺は小さく息を吐き、部屋を出てみることにした。

 廊下に出た瞬間、分かる――この家は広く、整っている。

 俺のいた部屋だけが異様に粗末だった。

 磨かれた床。飾られた写真。清潔な壁。

 それらを見ただけで、あの部屋の扱いが家の限界ではなく、その子だけへの雑な扱いなのだと分かってしまった。

 胸の奥が、妙にざらついた。


 階段を下りると、食卓にはすでに四人が揃っていた。


 父と思しき男は新聞のようなものを広げ、こちらを一瞥しただけで興味を失う。

 母は穏やかな笑みを浮かべているが、その目は少しも歓迎していない。

 年上の少女――姉だろうか?彼女は気まずそうに目を伏せる。

 そして最後に、俺を見た少年が笑った。


「おはよう、兄さん」


 柔らかな声――よく通る、感じのいい声だった。

 顔立ちも整っていて、人好きのする微笑みを浮かべている。

 だが、なぜだろうな。

 そいつを見た瞬間、背筋に薄い寒気が走った。


瑠亜(るあ)、乃亜に構わなくていいのよ」


 母が困ったように笑う。

 まるで、手のかかる厄介者を前にしているような口ぶりだった。


「朝から刺激しないでちょうだい。また機嫌を悪くされたら大変なんだから」


 機嫌を悪くする?

 俺はまだ何も言っていない。

 父が新聞を畳みもせず、低い声で言った。


「座って黙って食え。余計なことはするな」


 それは命令だ。

 家族へ向ける口調ではない。

 俺は黙って席についた。

 ここで感情的に動くのは得策ではない。状況を知らなすぎる。

 目の前に置かれた食事は、他の皿に比べて明らかに質素だった。

 少ないし、冷めている。

 だが、それ自体はどうでもいい。

 大事なのは、誰もそれをおかしいと思っていないことだ。


「今日、学校では問題を起こさないでよね?瑠亜は大事な時期なんだから。あなたがまた騒ぎを起こしたら、この子まで迷惑するでしょう?」


 俺は顔を上げた。


「……俺が、何をしたのか?」


 その瞬間、食卓の空気が止まった。

 父が露骨に眉を顰める。

 姉が気まずそうに視線を泳がせる。

 母は、まるでこちらのほうが困らせているかのような顔をした。


「何をした、じゃないだろう」


 父が冷たく言う。


「昨日のことも覚えていないのか」

「兄さん、やめなよ」


 口を挟んだのは瑠亜だった。

 優しい声に庇うような声音。

 外から見れば、問題児の兄を気遣う出来た弟そのものだ。


「お父さんもお母さんも、心配してるだけだよ。僕は平気だから」

「瑠亜……」


 母が感動したように息を漏らす。

 父の表情もわずかに和らぐ。


(ああ、なるほどな)


 短いやり取りだけで十分だった。

 この家ではすでに話が完成している。


 ――久城乃亜は問題児。


 瑠亜は優しくて出来た弟。

 父は手を焼かされ、母は困っていて、姉は巻き込まれたくない。

 何が実際にあったのかは知らない。

 だが重要なのはそこじゃない。

 この家では、最初から答えが決まっている。

 俺が何を言おうと、何を弁明しようと、聞く前から結論が出ている。

 あまりに見覚えのある構図だった。


 ――罪人ノア。

 ――慎む必要があるのはどっちだ。


 異世界の処刑台が脳裏をよぎる。


 胸の奥が冷えていく。

 こんなところまで同じなのか。


「聞いてるの、乃亜?」


 母の声で現実に引き戻される。

 俺は食事に視線を落としたまま、短く息を吐いた。


「聞いてる」


 それだけ言って終わらせるつもりだった。

 だが、口はその先を勝手に続けた。


「……いつも、聞くだけで終わるんだな」


 一瞬、食卓の空気が止まる。

 母が小さく目を見開いた。

 父の眉がぴくりと動き、姉は気まずそうに視線を伏せる。

 瑠亜だけが、わずかに興味を深めたようにこちらを見ていた。


「何?」

「別に」


 俺は顔を上げずに答える。


「こっちの話は誰も聞かないのに。そっちは聞いたことにするんだなと思っただけだ」


 それを聞いて、母の口元が引きつった。

 困ったように笑おうとして、うまく笑えなかった顔だった。


「乃亜、そういう言い方――」

「なら、違うのか?最初から決まっているだろう?」


 そこでようやく俺は顔を上げたと同時に答えた。

 とりあえず、母の目を見てみるが、何も見ていない目だ。

 同時に父の気配が鋭くなるのを感じたが、もう止まらなかった。

 短い沈黙のあと、父は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「減らず口を叩くな」

「……ふんっ」


 なるほど。

 やはり否定はしないらしい。

 それだけで十分だった。


 俺はそれ以上何も言わず、残った食事へ視線を戻した。

 父は「ならいい」と興味を失い、母は何か言いたげにしながら結局黙り、姉も口を開かない。

 瑠亜だけが、じっと俺を見ていた。

 食事を終え、学校へ向かう支度をする。

 制服は身体に馴染まない。鏡に映る少年の姿も、まだ自分のものとは思えなかった。

 玄関を出る直前、ふと背後に気配を感じた。


「――兄さん」


 振り返ると、瑠亜が立っていた。

 家族の前で浮かべていた笑顔は、そこにはなかった。

 整った顔が無表情になり、妙に温度のない目で俺を見ている。


「今日は静かだね」


 囁くような声で、彼は言った。


「やっと諦めたの?」


 その瞬間、ぞわりとしたものが背を這い上がった。


 責めるでもない。怒るでもない。

 ただ確認するように、相手の傷口を指でなぞるように、そいつは言った。


 ――こいつだ、と直感した。


 この家の空気を形作っている中心。

 優等生の仮面の下で、何かを飼っている存在。

 俺は瑠亜を見返した。

 すると一瞬だけ、相手の目が揺れた。

 今までの乃亜なら返ってこなかった視線なのだろう。

 だが瑠亜はすぐに微笑んだ。

 何事もなかったように、完璧な弟の顔に戻る。


「行こうよ兄さん。遅れちゃうよ」


 俺は何も答えなかった。


 この弟は危険だ。


 理由はまだ分からない。だが、本能がそう告げていた。


 その時、ふと微かな声が聞こえた。


『……ぼくの、からだ』


 幼い声、怯えと、縋るような願いが混じっている。

 思わず声がする方に視線を向けたがそこには何もいない。

 俺はただ静かに息を吐く事しか出来なかった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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