第01話 処刑された召喚士
2月から少しずつ作り始めていたお話になります。
現代ファンタジーです。よろしくお願いいたします。
その日、空はひどく青かった、ような気がする。
まるで今日が誰かの晴れの日であるかのように、雲ひとつない蒼穹がどこまでも広がっていた。
けれど俺にとって、それは人生の終わりを照らすだけの、ひどく残酷な青のように見えた。
いや、もう俺の中では覚えていない光景なのかもしれない――それぐらい、俺の世界は濁っていたんだ。
処刑台の上に立たされた俺――ノアは、両手を封じる呪鎖の冷たさを感じながら、ゆっくりと視線を巡らせた。
石畳を埋め尽くす群衆。
王城の高みから見下ろす貴族たち。
神官たちの白い法衣。
そして、嘗て戦場で俺に勝利を託し、英雄と呼んでいた者たち。
誰一人として、俺を見ようとはしなかった。当たり前なのかもしれないが。
「――罪人、ノア」
高らかに響く声に、俺は正面を向く。
金糸の刺繍が施された法衣を纏った大神官が、俺を見下ろしている。
その傍らには王太子、軍務卿、名のある大貴族たちが並んでいる。
どいつもこいつも、俺が命を削って守ってきたこの国の中枢だ。
「あなたは召喚士として本来禁じられている外法に手を染め、魔物暴走を引き起こし、多くの民と兵を死に至らしめた」
その言葉を聞き、群衆が騒めき、同時に怒りと嫌悪を乗せた視線がようやく俺に向けられた。
はっ、馬鹿げている。
あの暴走は、北方戦線で神殿が持ち込んだ聖遺物の制御に失敗した結果だ。
俺は寧ろその場で召喚獣たちを酷使して被害を抑えた側だった。
死ぬはずだった一万を三千にまで減らし――俺がいなければ砦は消し飛び、隣接する三つの街まで呑まれていたはずだ。
そもそも、そのように命令してきたのはお前たちじゃないか。
なのに、その責を俺に負わせるらしい。
「……ふざけるな」
声は思ったよりも低く出た。
大神官の眉がわずかに動く。
「北方の暴走は俺のせいじゃない。聖遺物の管理を誤ったのは神殿側だ。戦場にいた者間なら誰でも知っているはずだ」
「口を慎め、罪人っ!」
「慎む必要があるのはどっちだ!!」
王太子が不快げに目を細めた。
その顔を見た瞬間、胸の奥に鈍い熱が走る。
こいつは、俺に言ったのだ。
この国にお前が必要だ、と。
民を守る力を貸してほしい、と。
俺はそれを信じた。召喚士として、契約者として、戦場で何度も命を賭けた。
竜種の咆哮に鼓膜を裂かれながらも前に出た。
毒沼に足を沈めながら結界を張った。
契約の反動で血を吐いても、召喚獣たちに無理を強いても、この国を守るためだと自分に言い聞かせて戦ってきた。
――その結果が、これと言う事か。
都合が悪くなれば、全部俺に押しつけて終わりか。
「召喚獣を呼べば真実は分かるはずだ」
俺はなおも言葉を絞り出す。
だがそれを聞いた貴族たちの表情は、一様に強張った。
「ルクスでも、セレネでも、ガルドでもいい。あいつらは戦場を見ていた。誰が何をしたか知っている。契約を許可しろ」
「その必要はない」
軍務卿が吐き捨てるように言った。
「貴様の召喚獣どもは、すでに危険認定されている」
「危険、だと?」
「力を持ちすぎた召喚士は、いずれ国を脅かす。今回の件はまさにそれを証明した」
その瞬間、理解した。
ああ。
そういうことか。
北方の件がどうこうではない。
真実がどうだったかも関係ない。
こいつらはただ、俺が邪魔になったのだ。
戦場で勝ちすぎた。
民衆に名を知られすぎた。
王や神殿よりも、「召喚士ノアがいれば大丈夫だ」と思われるようになりすぎた。
だから殺す。
裏切り者に仕立て、罪人に落とし、処刑する。
そうすれば、都合よく全部片がつく。
思わず笑いがこみ上げた。
乾いた、ひび割れたような笑いだった。
「……なるほどな」
大神官が目を細める。
俺は群衆を見た。兵士たちを見た。
嘗て共に戦った騎士たちを見た。視線が合いそうになるたび、誰もが顔を逸らした。
ああ、そうか。
お前たちも知っているのか。
知っていて、黙るのか。
俺はずっと勘違いしていたのかもしれない。
この国のために戦っていると思っていた。
守る価値のあるもののために剣を、牙を、翼を振るっているのだと信じていた。
――違ったんだ。
俺はただ、使いやすい兵器だった。
命令に従い、勝利だけを持ち帰る便利な男。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
「罪人、ノアに神意による断罪を」
大神官が杖を掲げる。
足元に巨大な術式が浮かび上がる。
これは処刑用の封呪陣だ。
全身の魔力が強引に抑え込まれ、肺が焼けるように痛む。
その時だった。
胸の奥で、何かが暴れた。
切断されたはずの契約回路。
本来なら沈黙しているはずの魂の繋がり。
そこから、血のように熱い想いが逆流してくる。
ルクス。
フェル。
セレネ。
ガルド――
みんなが、叫んでいた。
けれど声にならない。
術式が、国が、神殿が、無理やり俺たちを断ち切ったのだ。
「……来るんじゃない、お前たちまで失いたくない」
届くはずもないのに、俺は唇を動かした。
来れば、お前たちまで狩られる。
俺ひとりで終わるなら、その方がまだいい。
まぶしい光が視界を埋める。
肉が裂け、骨が軋み、魂ごと引き剥がされるような痛みが走った。
終わるのだ、と理解する。
ようやく、全部。
――その刹那だった。
断ち切られた闇の向こうから、かすかな声が届いた。
『――お姉ちゃんが、お姉ちゃんたちが、必ず見つけるからねノア』
誰の声かなど、考えるまでもない。
静かで、揺るがず、どこまでも真っ直ぐな声。
いつも、幼い姿なのに、自分の事を【姉】だと言ってくれた、優しい竜の娘。
「……無理はしないでくれよ、【お姉ちゃん】」
最後の言葉として、俺は彼女を【姉】と呼んだ。
そこで俺の意識は途切れたのだった。
▽ ▽ ▽
目を開けた時、天井が見えた。
白い――いや、薄汚れてはいるが、石造りではない。
木でもなければ、見たことのない材質の、平らな天井だった。
「……は」
息を吸う。
痛みがない。処刑陣に焼かれたはずの身体も、呪鎖に締め上げられていた手首も、どこもかしこも妙に軽い。
生きているのか?
そんなはずはない。
あれで死ななかったなら、もはや呪いだ。
身体を起こしてみるとやけに小さい。
視界の高さが違うし、腕も細い。
喉に触れると、感触すら別人のものだった。
狭い部屋の隅に、縦長の鏡が立てかけられている。
ふらつく足でそこまで歩き、覗き込んだ瞬間、俺は息を呑んだ。
「……誰だ、これ」
鏡の中にいたのは、俺ではなかった。
そこに居たのは、痩せた少年だった。
十四、五といったところか。黒い髪に、どこか翳りを帯びた顔立ち。
頬は少しこけ、目の下には薄く隈がある。
とてもではないが、戦場を渡ってきた召喚士ノアの顔ではない。
そもそも、俺は既に三十超えていたはずだ。
――知らない。
――こんな顔は、知らない。
だが鏡の向こうの少年も、確かに俺と同じように息を呑み、震える指先で頬に触れていた。
そこでようやく理解が追いつく。
俺は死んだ。
そして今、俺は俺ではない誰かの身体で目覚めてい。
理由は分からない。
ここがどこなのかも分からない。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
――俺の人生は、あの処刑台で終わったはずだった。
ならば今ここにいる俺は、何なのか。
鏡の中の少年が、泣きそうな顔をしながら、静かに呟くように聞こえた。
『ごめんなさい……っ』
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