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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第01章 再始動編

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第27話 静かに崩れはじめる


 階段の一件のあと、学校の空気は目に見えないくらいの幅でズレていた。

 昨日までと何も変わらないようで、同じではない。

 廊下を歩けば視線は感じるし、教室へ入れば会話が一瞬だけ揺れる。

 けれどそれは、以前のような一方的な悪意ではなかった。

 もっと曖昧だ。

 もっと居心地が悪い。

 そして、その居心地の悪さは俺にだけ向いているわけではなかった。

 自分の席につくと、斜め後ろから小さな声が聞こえた。


「でも、押したの見た人いないんでしょ?」

「そうだけど……」

「じゃあ、本当に違うのかも」


 ひそひそ声は、俺に聞かせたいのか隠したいのか分からない程度の大きさだった。

 以前ならそこにすぐ別の声が重なっていたはずだ。


 ――でも九条乃亜だし。

 ――瑠亜君が可哀想。

 ――また兄の方でしょ。


 けれど今日は、その“いつもの結論”が少し遅い。


「おはよう」


 花宮澪が教室に入ってきて、鞄を置きながら軽く俺を見た。

 視線が合う。

 一瞬だけ迷うような間があって、それから彼女は普通に席へ向かった。

 その普通が、妙に珍しかった。

 朝比奈湊も、朝のホームルーム前にプリントを配りながら俺の机へ来た時、前みたいな監視めいた目をしていなかった。


「九条、一応言っておくな」

「おう」

「昨日の事で周り少し変にざわついてる。だから余計なことには乗るな」

「俺が乗ると思ってるのか?」

「前よりは思ってないが、一応な」


 その返しに、少しだけ目を細める。

 朝比奈は言ったあとで自分でも驚いたらしく、気まずそうに咳払いした。


「……とにかく、面倒を増やすな」

「それはこっちの台詞だ」


 会話はそこで終わる。

 けれど、以前なら絶対に成立しなかったやり取りだ。


 昼休みになると、変化はさらに分かりやすくなった。

 瑠亜はいつものように人に囲まれていた。

 膝の包帯も、肘の処置跡も、見た目だけなら十分に痛々しい。

 白石なんかは露骨に心配そうな顔をしているし、西園寺も気遣うふりを崩していない。

 だが、ほんの少しだけ熱が違った。


「瑠亜君、大丈夫?」

「うん、平気。僕がちょっと足を滑らせただけだから」


 その言い方は完璧だった。

 兄を責めない、優しい弟。

 自分が悪かったように見せながら、結果として周囲の“兄が悪いのでは”を補強する話し方。

 多分、今までなら、それで十分だった。

 でも今回は違う。

 何人かが、そこで素直に頷けていない。


「でも、怖かったよね……」

「そりゃまあ」

「久城君、何かしたのかなって一瞬思っちゃった」


 その言葉に、瑠亜の笑みがほんの一瞬だけ止まった。

 すぐに元へ戻ったが、見逃さなかった。


「兄さんは……その、最近ちょっと変だから」


 瑠亜は柔らかく言う。

 その言葉自体は今までと同じだ。

 けれど今日は、その“変”がそのまま“加害”へ繋がらない。


「でも、押したって決まったわけじゃないんだよね?」

「朝比奈君も見てないって言ってたし」

「花宮さんも、反応が変じゃなかったって……」


 小さな声の断片が混ざる。

 たいした事じゃない。

 けれど瑠亜にとっては、たぶん充分に不快だ。

 完璧な被害者でいられない。

 兄を悪者にしきれない。

 それだけで、あいつの立場には確実に小さな傷がつく。

 俺はその光景を窓際から横目で見ながら、内心で静かに息を吐いた。


「フフっ……」


 同時に、ちょっとだけ笑ってしまった。

 ざまぁみろとも思ってしまった。

 勝ったわけじゃない。

 それでも、今まで通りではない。

 乃亜を踏みつけるための空気が、少しだけ軋み始めている。


 放課後、教室を出ると、人気の少ない廊下の先に瑠亜が立っていた。

 昨日ほど露骨ではない。けれど明らかに待っている。

 仕方なく足を止めた。


「何だ」

「……兄さん、最近すごいよね」


 最初の言葉がそれだったので、少しだけ意外だった。


「何が」

「崩れなくなった」


 瑠亜は笑っている。

 だが、目は少しも笑っていない。


「前はもっと簡単だったのに」

「そうか」

「うん。もっと、やりやすかった」


 そこまで言って、自分でも言いすぎたと思ったのか、瑠亜は少しだけ首を傾げた。

 それから、ふっと声音を変える。


「……でも、一応お礼は言っておく」


 思わず眉を寄せた。


「何の話だ」

「昨日の事……保健室まで運んでくれた」


 瑠亜はそう言って、少しだけ笑う。

 礼を言っているはずなのに、その響きは妙に薄い。

 感謝というより、確認に近かった。


「……ありがとう、兄さん」

「……」

「正直、あれは予想外だった」


 やはりそうか。

 俺が階段の上で取り乱すか、必死に言い訳するか、そのどちらかを想定していたのだろう。

 まさかそのまま抱き上げて運ぶとは思っていなかった。

 だから今、こうしてわざわざ口にしている。


「助かったよ」


 その言葉に、俺は何も返さない。

 助かった、というより調子が狂った、の間違いだろう。

 瑠亜もそれを分かっているのか、すぐに笑みを引っ込めた。


「……兄さん、昨日のこと、誰かに言った?」

「何を」

「僕がわざと落ちたとか、そういうの」


 聞き方が雑だなと感じた。

 それだけ今の瑠亜には余裕がないのだろう。


「それは言ってない」

「じゃあ、なんで」

「お前のやり方が雑だったからだ」


 瑠亜の表情がわずかに歪む。


「見てる人間が増えた。前みたいに空気だけで押し切れると思うな」

「……兄さんのくせに」

「それをやめろ」


 少しだけ低く言うと、瑠亜は黙った。


「“兄さんのくせに”で全部片づけようとするな」

「……」

「乃亜は、お前が思ってるよりずっと前から壊れかけてた」


 言ってから、自分の中にある冷たさを自覚する。

 これは怒りだ。

 俺自身へのものではなく、乃亜をここまで追い込んだもの全てに向けた怒り。

 瑠亜はそれを正面から受けて、数秒だけ言葉を失った。


「でも――」


 やがて、小さく笑う。


「兄さんって、結局どこまで行っても兄さんだよ」

「……何が言いたい?」

「自分だけ変わったつもりでも、ちゃんと戻ってくると思ってる」


 その思い込みが、あまりにも気持ち悪かった。

 俺は答えなかった。

 ただ、瑠亜の横を通り過ぎる。


「待ってよ」


 呼び止める声。

 だが足は止めない。


「兄さん」


 もう一度呼ばれて、今度は少しだけ振り返った。


 瑠亜は静かに笑っていた。

 甘い声音のまま、底だけ冷えている。


「僕の知らないところで、勝手に立ち直らないでよ」


 それが本音だったのだろう。

 兄が自分の知らない場所を持つこと。

 兄が家や学校以外で息をつけること。

 兄がもう以前みたいに削れ切った顔をしなくなること。


 ――その全部が許せない。


「……もう遅い、遅いんだよ」


 俺は短く返した。


「”乃亜”はもう、お前だけの都合で壊れる場所にはいないから」


 瑠亜の顔から、ようやく笑みが落ちた。

 十分だ。

 今はこれでいい。


 俺はそのまま校舎を出た。

 追ってくる足音はない。背中に視線だけが刺さる。

 だが、それも以前ほどの重さはない。

 完全に無視できるほどではないにしても、進むのを止めるほどでもなかった。

 学校の外へ出ると、スマホが小さく震える。

 リゼットからの通知だった。


 ――中ボス級ダンジョン候補の優先順位、最終確定しました。


 画面を見て、ほんの少しだけ口元が緩む。

 学校で起きることは、今はここまでで十分だ。

 小さなひびは入った。

 瑠亜にも、周囲にも。

 あとは次の段階へ進むだけだ。


 ダンジョンーー中ボス級。

 その先にあるものへ向かう方が、今の俺にはずっと重要だった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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吐き気を催す邪悪
スマホて動画を撮ればいいのに
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