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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第01章 再始動編

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第26話 少しだけ亀裂が入った。

 保健室へ瑠亜を運び込んだあと、俺はそのまま教師に連れられて職員室へ来ていた。

 職員室の空気は、昔から嫌いだった。

 理由は単純。

 ここでは“話を聞く”より先に、“どう扱うか”が決まっていることが多い。

 少なくとも、久城乃亜としてこの部屋へ呼ばれる時はいつだってそうだった。


 問題児。

 弟に迷惑をかける兄。

 家でも学校でも揉め事を起こす面倒な生徒。


 その前提が先にあり、話は後からそれに沿って並べられる。

 今日も多分、同じだろう。

 教師に椅子へ座らされた時点で、そんな予感はもう確信に近かった。

 机を挟んだ向こうには担任と学年主任、さらに保健室と職員室を行き来している教師たち。

 誰もが慌ただしい顔をしているが、その視線の向きだけは妙に揃っていた。


 ――俺へ、だ。


「久城」


 担任が口を開く。

 低く抑えた声だった。

 だが、その響きには最初から叱る方向になっている。


「何があったか、説明してもらうぞ?」

「瑠亜と階段で話していた」

「その後、瑠亜君が落ちた、と?」

「そうだ」


 そこで相手は少し眉をひそめた。

 多分、もっと取り乱した否定や、逆に開き直りを想定していたのだろう。

 だが今の俺にそのどちらもない。


「お前が押したのか」

「押していない」

「だが、現場では二人きりだった」

「押した瞬間を見た人間はいるのか?」

「質問に質問で返すな」


 ぴしゃりと返される。

 だが、それで黙る理由はない。


「質問の意味があるか確認しただけだ」

「何だと……」

「最初から俺を犯人にしたいなら、聞き取りの意味はない」


 職員室の空気が少しだけ張った。

 担任の顔が露骨に険しくなる。

 学年主任も腕を組んだまま俺を見ていたが、その目が少しだけ変わる。

 怒っているというより、“以前と反応が違う”ことに引っかかっている顔だった。


「お前、自分がどういう立場か分かってるのか?」

「ああ、分かっている」

「なら――」

「だから言ってる。感情じゃなく事実で見てくれ」


 自分でも驚くほど、声は冷たかった。


「俺は押していない。瑠亜が落ちたのは事実だ。だが、そこに俺の故意があったかどうかは別の話だろ?」

「瑠亜君が嘘をついてると言いたいのか」

「そうは言っていないが……」

「じゃあ何だ!」

「必要なら現場確認をすればいい」


 それだけ言って黙る。

 異世界でも学んだことだが、こういう場で言葉を重ねすぎても得はない。

 相手が聞く気のある人間なら別だが、決めつけを持っている相手に長く話しても、それは“言い訳が多い”に変換されるだけだ。

 だから短く切る。

 必要なことだけを置いて、あとは相手がどう反応するかを見る。

 保健室から戻ってきた教師が、担任へ小さく耳打ちした。

 おそらく瑠亜の怪我の程度だろう。

 大怪我ではないはずだ。

 自分で落ちたのなら、なおさら計算している。


「……命に別状はないそうだ」


 担任が低く言う。

 まるで恩を着せるみたいな口調だった。


「肘と膝の擦過傷、打撲。念のため保護者には連絡する」

「そうか」

「そうか、じゃない!」


 机を叩く音が響く。

 感情的になっているのは、どちらだろうな、と一瞬だけ思った。


「弟が階段から落ちたんだぞ!?」

「それで俺が押した証拠はあるのか?」

「お前……!」


 そこで、学年主任が手を上げて担任を制した。


「――乃亜君」


 今度はこの男が口を開く。

 声音は担任より静かだが、油断はできない。


「お前と瑠亜君の間に、最近何かトラブルはあったのか?」

「何をもってトラブルと言うかによるが……」

「……聞き方を変える。お前は瑠亜に対して、何か不満を持っていたか」

「めちゃくちゃある」

「……認めるんだな」

「不満と故意の加害は別だ」


 それを聞いて、学年主任の目が細くなる。

 言質を取ろうとしていたのだろうが、そう簡単にはやらない。


「瑠亜とは以前から関係が悪い」

「それを認めるわけだ」

「事実だろ。お前たちだって知ってるだろうが」


 職員室の端にいた別の教師が、気まずそうに視線を逸らした。

 知っているくせに、今まではそれを兄が弟に迷惑をかけているという形で処理してきたのだろう。


「だが、だからといって今日押したことにはならない」

「……」

「結論が先にあるなら、もう説教だけして終わればいいかなと思ってる……何を言っても信用しないのはお前たちなんだから」


 その一言で、担任が本気で顔をしかめた。

 前の乃亜なら、こんな言い方はしなかった。

 教師に睨まれれば萎縮し、何か言おうとしても言葉が追いつかず、結局不利なまま終わっていたはずだ。


 ――だが今は違う。


 乃亜がずっとここで受けてきた圧を、俺は知っている。

 だからこそ、相手が何を前提に話しているかもよく分かった。

 すると、ノックの音がした。


「失礼します」


 朝比奈湊だった。

 担任に呼ばれたのだろう。

 真面目な顔で扉を開けたものの、俺と教師陣の間に流れる空気を見て、少しだけ目を伏せる。


「お前、現場の近くにいたな」


 学年主任が言う。


「見ていたことを話してくれ」

「……はい」


 朝比奈は一瞬だけ俺を見た。

 だがすぐに教師の方へ向き直る。


「俺が見た時には、もう瑠亜が落ちるところでした」

「久城が押したのは見たのか?」

「……押した瞬間は見てません」

「だが二人は向かい合っていたんだろう」

「はい。でも……」


 そこで朝比奈は言い淀む。

 教師たちは続きを待っている。

 俺も黙って見ていた。


「……何だ」

「その……久城が、押したっていうより……固まってたように見えました」


 担任の顔が微妙に歪む。

 たぶん欲しい証言じゃなかったのだろう。


「固まっていた?」

「はい。驚いたみたいに」


 それだけでも十分だった。

 押したのを見たわけではないと、寧ろ反応は不自然じゃなかった、が同時に出たのだから。

 続けて、もう一人の生徒も呼ばれた。

 たしか階段の上の方から下りてきていた女子だ。


「押したところは見てないです」

「でも二人とも近かったです」

「ただ……瑠亜君の方から近づいてた気もします」


 曖昧だ。

 曖昧だが、その曖昧さこそが重要だった。

 今までなら、“乃亜が悪い”という空気で証言の細部なんて潰されていた。

 だが今回は違う。

 何人かが見た内容をそのまま出してくる事できれいに決めつけきれなくなっている。

 花宮澪まで呼ばれた時は、少し意外だった。


「花宮、お前は?」

「いや、あたしも落ちる瞬間はちゃんと見てないですけど」


 彼女は教師を見ながらも、どこか納得していない顔だった。


「でも、乃亜君が押した人の反応には見えなかった、っていうか」

「どういう意味だ」

「押したなら、もっと焦るか、逆に逃げるかしそうじゃないですか?それに、あの時瑠亜君を抱えて最初に保健室へ行ったの、乃亜君でしたし」


 担任が言葉に詰まる。

 教室では軽そうに見える花宮だが、空気のズレを拾う感覚は確かに鋭い。

 周囲が思っている乃亜像に引っ張られず、実際の反応をそのまま見たのだろう。

 証言が終わり、生徒たちは下がった。

 職員室に残るのはまた俺と教師たちだけだ。

 だが、さっきまでとは空気が違う。

 完全に俺の無罪が証明されたわけじゃない。

 けれど、少なくともやっぱり久城乃亜がやったと一言で片づけられる状態ではなくなっている。

 担任は明らかに苛立っていた。


「……証言が曖昧すぎる」

「なら、そう結論づければいいんじゃないか?」

「何?」

「分からないなら、分からないで終わらせればいい」

「お前は本当に……!」


 そこでまた学年主任が手を上げた。


「今日はこの件について、双方へ軽率な接触を控えるよう指導する」


 それを俺は内心で息を吐く。

 つまり、俺だけを一方的に加害者として処理することはできない、と判断したのだ。


「追加の聞き取りはあるかもしれん」

「ああ、構わない」

「だが、お前も感情的な言動は慎め」

「それは相手による」


 最後まで刺さないと気が済まないわけではない。

 ただ、言わなければまた乃亜だけが飲み込まされる形に戻るのが分かるからだ。

 学年主任は少しだけ疲れた顔をした。


「……言っておく」

「そうか……ああ、あと」

「なんだ?」

「俺、別にアンタたちの事信用してないから。あとで間違いでしたごめんなさいって言っても許すつもりないから……それだけは覚えておいて」

「なっ……」


 そのように言って舌を出した後、職員室を出る。

 言うだけ言ったので、ちょっとだけ満足した。

 奥の方で爪を磨いているルクスの姿を見たのだが、それは見なかったことにしてこうと思いながら。


 職員室を出る時、ガラス越しに保健室の方を一瞬だけ見た。

 瑠亜はまだ中にいるのだろう。

 痛々しい弟として守られている――だが今回は、その構図が完全には閉じなかった。

 廊下の窓から差し込む午後の光の中で、少し離れた壁にもたれていた朝比奈がこちらを見た。

 花宮もその近くにいる。


「久城」


 朝比奈が呼ぶ。

 その顔には、以前のような顔じゃなかった。


「何だ?」

「……今回は、本当に押してないんだな」

「押していたら、もっと別の反応をしてるし、そもそも保健室に連れて行ってない」

「そうか」

「でも、お前も最初は疑ってただろ?」

「ああ……否定しない」


 花宮が横から口を挟む。


「まあ、そう見える空気だったしね」

「空気、か」

「でも最近さ、その“空気”の方がおかしくない?って思うんだよね」


 フフっと笑いながら答える花宮は、軽い口調のまま、言っていることは意外と重い。

 俺は何も返さず、そのまま二人の横を通り過ぎた。

 廊下の先、人気の少ない曲がり角のところで、瑠亜が立っていた。

 保健室を抜けてきたのか、膝と肘に処置の跡がある。

 見た目だけなら、痛々しい被害者の弟だ。


「――兄さん」


 いつもの笑顔ではなかった。

 泣いてもいないし、怯えてもいない。

 ただ静かに、俺を見ている。


「何だ」

「……どうして」


 声が少し掠れている。


「なんで、あそこで崩れなかったの」


 やはりそこか。

 俺はしばらく黙ってから、小さく息を吐いた。


「保健室で寝かせた時にも言ったが、次はもっとうまくやれ」

「……っ」


 それを聞いて、瑠亜の瞳が揺れる。

 驚きと、それ以上の何か。ぞわりとした困惑。


「自分で落ちるなら、せめて証言くらい揃えておけ」

「何、言って……」

「今の乃亜()は、お前の思い通りにはならない」


 それだけ告げて、俺は横を抜けた。

 背後で瑠亜が何も言えずに立ち尽くしている気配がする。

 怒鳴りもしない。泣きもしない。たぶん、何よりそれが効いている。

 全部分かっていた。

 しかも崩れなかった。

 そして、兄を悪者にするいつもの”やり方”と言うモノも通じきらなかった。

 その現実が、あいつには一番きついだろう。


 校門を出る頃には、胸の奥に残っていた冷たいものも少しだけ薄れていた。

 完全ではないが、少し亀裂を出す事が出来た。

 それでも瑠亜はまだ守られているし、学校もまだ完全には変わっていない。

 それでも、確実にひびは入った。



読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!

ぜひよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
兄を名字、弟を名前+君付けで呼んでるあたり、この教師終わってるなと。 決めつけと思い込みと自分の都合で、自分と学校だけでなく教師としての職業にも泥を塗ってますな。 そもそも家族がそうだから、そうなのか…
将来的な話だけど担任はどうするんでしょうね? 冤罪だとわかったとき、それを認めると自分の間違いになるけど どのぐらいそれに逆らってあがくのか。 この感じだと学年主任のほうが素直に早く謝りそうですよね。
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