第23話 正体不明の召喚配信者、再び
叔父の家を拠点にしてから、生活のリズムは少しだけ整った。
朝は学校へ行き、余計な目を避けながらやり過ごす。
帰宅すれば叔父の家で最低限の食事と休息を取り、夜は配信とダンジョン攻略の準備に回す。
異世界の戦場に比べればずいぶん小さな営みだ。
だが今の俺にとっては、この小さな積み重ねの方がよほど重要だった。
乃亜の魂を戻すためには、深層へ潜る必要がある。
その為には、ダンジョンの制度と仕組みを利用しながら、こちらの世界で地盤を作らなければならない。
――つまり、配信だ。
「機材チェック完了。映像、音声ともに前回比で三十一パーセント改善」
叔父の家の一室、薄暗い部屋の中でリゼットが淡々と報告する。
白磁のような肌をした少女の姿は、現代の部屋に立っていても妙に浮いて見えた。
だが本人はまるで気にしていない。
机の上に並んだ端末や簡易機材を見下ろし、その青い瞳の中で幾何学的な光を静かに回転させている。
「音声遅延は?」
「許容範囲内です。戦闘中の指示にも支障なし」
「匿名処理は?」
「維持。顔認識、音声紋、周辺位置情報、いずれも撹乱継続中」
短いやり取りをしながら、俺は手元のスマホ画面を確認した。
配信アカウント《Noah/召喚士》。
前回より登録者数も増えているし、切り抜き経由で流れてきた視聴者も確実に残っている。
まだ大手と呼ぶには程遠い。
だが無名の新人にしては十分すぎる初動だった。
「今回も浅中層相当のダンジョンですね」
リゼットが言う。
「ああ。まずは地力を見せる」
「最適です。視聴者層の期待値も上昇傾向にあります」
そんなやり取りをしていたそこへ、窓際に寄りかかっていたルクスが低い声で口を挟む。
「期待など、主には不要だ」
「不要ですが、利用価値はあります」
即座に返すリゼットに、ルクスの眉がわずかに寄る。
相変わらずこの二人は方向性は近いくせに言い方が噛み合わない。
「数字が増えれば、主へ向く目も増えます」
「だからこそだ。人間の目は煩わしい」
「しかしこの世界では、可視化された実績が重要です」
もっともなことを言っているのはリゼットだ。
この世界の探索者は、強さだけではなく“見られている事”そのものが価値になる。
スポンサー、収益、装備、コネクション。全部そこへ繋がる。
「はぁ……二人ともそこまでだ」
言うと、ルクスはすぐ黙り、リゼットも「了解」とだけ返した。
その時、赤い火花が小さく散った。
「で、今日はオレも出るんだろ?」
そこに現れたのはフェルだった。
赤髪の少年姿のまま、椅子の背に座るような無茶な体勢でこちらを覗き込んでいる。
朱色の瞳は期待で爛々としていた。
「前回みたいに、また最後だけ呼ぶとかナシだからな」
「そうだな、状況次第だ」
「ちぇっ」
不満そうに口を尖らせるが、あからさまに機嫌を損ねるほどではない。
こいつは戦えると分かっている時は単純だ。
配信開始時刻が近づき、俺は機材を持って立ち上がった。
「よし、行くぞ」
「御意」
「了解しました」
「やっとだな」
ルクス、リゼット、フェル。
今日はこの三人を主軸に回す。戦闘の見栄えと安定感を考えれば、一番扱いやすい構成だ。
ダンジョン入口に着いた頃には、夜の空気が街を冷やしていた。
配信画面を起動し、タイトルをセットする。
【正体不明の召喚士、再び】
配信開始の表示が出る。
視聴者数は、前回より最初から多かった。
『来た』
『またこいつか』
『あ、召喚士の人だ!』
『今日も無言で潜るのか?』
『戦闘だけ見せてくれればいい』
流れるコメントを一瞥し、俺は短く言う。
「行くぞ!」
それだけで十分だった。
今回のダンジョンは、中級手前の危険度を持つ群生型フロアが特徴らしい。
狭い通路と小広間が連続し、魔物は単体では弱くても、数と連携で押してくる。
現代探索者にとっては面倒なタイプだろう。
だが、俺にとってはむしろ相性がいい。
通路を進んで間もなく、最初の群れが現れた。
犬型に近い小型魔物が六。
奥にやや大型が一体。
魔力の質を見る限り、後衛型の指揮個体が混ざっている。
「ルクス、右二体。残りは崩す」
「御意」
銀の気配が走る。
ルクスは最短の軌道で敵の側面へ回り、二体を瞬時に断った。
群れが反応する前に、俺は左手で簡易拘束を展開する。
「――縛れ」
足元を這う魔力が小型の三体を絡め取り、動きを鈍らせる。
その隙に前へ出ようとした大型へ、今度は赤い火が弾けた。
「遅ぇんだよっ!」
フェルの炎が弾ける。
真正面から焼くのではなく、あえて足元を爆ぜさせてバランスを崩し、敵の進路を潰す。
派手だが、ちゃんと制御している。
ふと、大型がよろけた瞬間、ルクスが首元へ入るがそのまま一撃させ、倒す。
残った雑魚は俺が位置を制御し、フェルが焼き、ルクスが刈る。
十数秒で簡単に終わってしまった。
あっけなさを感じつつも、俺は配信のコメントに目を向ける。
『連携えぐ!』
『また盤面制御してる』
『こいつ本人あんま動いてないのに強すぎるなぁ……』
『召喚獣が意思ありすぎるんだよな』
『この召喚士、マジで戦い方が異質』
コメント欄の流れが早くなる。
前回より視聴者が何を見るべきかを理解しているのが分かった。
俺はそのまま先へ進む。
リゼットの補助がある今、導線は前回よりずっと滑らかだった。
マップ補完、音声処理、視点切り替え、危険個体の反応表示。
戦闘の邪魔にならない範囲で、見せるべき情報だけが整理されていく。
「視聴維持率、高水準」
耳元の小型端末状態で、リゼットが報告する。
「特に召喚獣との役割分担に注目が集まっています」
「そうか」
「切り抜き対象は主にルクス、フェル、主の短文指示」
「要するに全部じゃねえか」
「そりゃ目立つだろ。オレたち、強いし」
「フェル、五月蠅いぞ……よし、来たな」
小広間へ入った瞬間、群れの規模が一段上がった。
今度は飛行型が混ざっている。
中空から牽制をかけつつ、地上の群れで包囲するつもりらしい。
普通なら、厄介なんだが――。
「フェル、上」
「任せろ!」
フェルが笑い、火を纏って跳ぶ。
火の鳥じみた軌跡が空間を裂き、飛行型の群れをまとめて焼き崩した。
炎の残光が広間を赤く照らす。
その一方で、地上ではルクスが音もなく走り回り、包囲を完成させる前に要所の個体だけを長い爪を出し、潰していく。
俺はその隙間へ術を差し込み、敵の流れそのものを初級魔術で断ち切る。
群れは数があっても、指揮系統を崩せば弱い。
『召喚獣と連携しすぎだろ!!』
『これ配信者が全部見えてないと無理じゃね?』
『新人の動きじゃないぞ!』
『指示短すぎるのに全部通るの何?』
『絶対前世持ちだろこいつ』
最後のコメントは無視しよう。
前世ではない。転移だ、多分。
それでも、思わず口元が少しだけ緩みそうになった。
強さだけじゃなく――戦い方そのものを見て、異質だと認識している。
家でも学校でも得られなかった種類の理解だった。
ダンジョンの攻略は順調に進んだ。
危険度の高い群れをいくつも捌き、そのたびに配信の熱も上がる。
リゼットは裏で視聴動線を整え、短尺向けの印象的な場面を自動で抽出しているらしい。
「――切り抜き拡散を確認」
戦闘の合間に、リゼットが淡々と告げた。
「配信中同時拡散としては良好。新規流入が増加しています」
「どの層だ?」
「戦闘分析系、ダンジョン攻略系、召喚適性議論系。いずれも高反応」
「議論系?」
「この世界の一般認識において、主の戦闘は既存の召喚型探索者像から大きく逸脱しています」
「……当然だろうな」
異世界の召喚術を前提にしている以上、こっちの探索者の常識と噛み合うはずがない。
探索を終えて地上へ戻る頃には、配信はかなりの盛り上がりを見せていた。
『今日も神回』
『次どこ行くんだ?』
『中級行けるだろこれ』
『もう浅めのとこじゃ物足りないでしょ?』
『次はボス級見たいなぁ!』
配信を切ったあとも、コメントの熱だけは画面の向こうに残っているようだった。
ダンジョンを出て、近くの人気の少ない場所でひと息つく。
乃亜の身体はまだ軽く熱を持っているが、前回ほど無茶をした感覚はない。
「前回より負荷が軽いな」
そう呟くと、ルクスが頷いた。
「主の制御が安定してきています」
「それでも、まだ不十分です」
リゼットがすぐに補足する。
「本日の戦闘強度は現状の最適圏内。これ以上を安定して回すには調整が必要」
「次はもう少し上へ行くつもりだ」
「予測済みです」
その返答が早すぎて、少しだけ眉を上げた。
リゼットは空中に簡易ウィンドウを展開する。
そこには中ボスクラス相当のダンジョン一覧が表示されていた。
危険度、視聴期待値、話題性、攻略難度、収益予測。項目が冷酷なほど整理されている。
「現時点で最も跳ねる可能性が高いのはこの三箇所です」
「基準はなんだ?」
「攻略成功時のインパクト、戦闘映え、主の戦術との相性」
フェルが横から覗き込んで、にやりと笑った。
「いいじゃん。次、もっと派手にやれるだろ」
「派手にやるのが目的じゃないぞ、フェル?」
「でもついでに派手なら最高だろ?」
「まぁ……否定はしないな」
ルクスは一覧を睨むように見ていたが、やがてその中の一つへ視線を止めた。
「ここはどうだ、リゼット?」
「主との相性はいいです。主の意見に同意します」
リゼットも即座に肯定する。
群体型中ボス、閉所戦闘、高密度魔力帯。確かに俺たちの盤面制御と召喚連携を見せるには向いている。
俺は画面を見つめたまま、少しだけ考える。
次に行くべき場所。
中ボス級への足掛かり。
配信者として一段上へ跳ねるための、ちょうどいい踏み台。
――決めた。
「よし!ここにする」
指先で、そのダンジョン名を押した。
画面の光がわずかに揺れる。
ルクスの金の瞳が細まり、フェルは楽しそうに笑い、リゼットは即座に準備工程へ思考を切り替えている。
中ボス級ダンジョン。
次はそこで、もう一段上へ行く。
乃亜を戻すため――そして、この世界に俺の戦い方を刻みつけるために。
「楽しみだな」
俺はきっと今、すごく楽しんでいるんだろうと思う。
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