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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第01章 再始動編

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第22話 夢の底の僕【久城乃亜視点】

 暗い場所は、相変わらず暗かった。

 どこまでも続いているみたいな黒で、上も下も分からない。

 冷たいわけじゃないのに、ずっと体の芯が冷えているような感じがする。

 ここにいると、時間の流れも曖昧になる。

 少しだけ眠ったような気がして、でもずっと起きているみたいでもあって、気づけばまた膝を抱えている。


 ――前は、それでよかったんだ。


 何も考えなくて済むから。

 上にあるものを見なくて済むから。

 家のことも、学校のことも、瑠亜の顔も、母さんの困ったような笑い方も、父さんのため息も、姉さんの見ないふりも、全部ここまでは届かない気がしていた。


 でも最近は、少しだけ違う。


 暗いままなのに、ずっとひとりじゃない気配がする。

 やさしい光みたいなものが、遠くで揺れていることがある。

 泣いていいと言ってくれる声や、謝らなくていいと言ってくれる声が、時々、夢の中で聞こえる。

 それが怖い時もある。

 でも、前みたいに全部を拒みたいわけでもない。


 あの人たちは、ぼくを責めなかった。


 白い髪のきれいな人。

 月の光みたいに静かで、でもちゃんとぼくを見てくれる人。

 セレネって名乗っていた。

 それから、怖そうなのに、まっすぐな金の目をした人。

 主が見捨てないなら、自分たちも見捨てないって言った人。

 確か、ルクス。

 ほかにもたくさんいた。

 ちょっとこわい人も、口が悪い人も、変な人も。

 でも誰も、ぼくを“悪い子”にしなかった。


 そして、その人たちがみんな待っている“主”。

 この身体に来た、知らない誰か。


 ――ノア、さん。


 最初は怖かった。

 だって、知らない誰かが自分の身体を使っているなんて、怖くないわけがない。

 もう返ってこないのかもしれないって思ったし、このままぼくは消えてしまうのかもしれないって、何度も考えた。

 それでも、少しずつ分かってきた。

 あの人は、僕を押しのけようとしていない。

 そう思えたのは、たぶん夢の中で何度か気配を感じたからだ。

 遠くから、何かを探すみたいに手を伸ばしてくる気配。

 でも無理やり引きずり出そうとはしない。

 見つけようとして、待っている感じがする。

 その違いが、僕には分かった。

 今日もまた、暗い場所にひとりでいた。

 膝を抱えて、何も考えないようにしていたはずなのに、ふっと空気が変わる。

 やわらかい光が、暗闇の中へ差し込んできた。

 顔を上げる。

 そこにいたのは、やっぱりセレネさんだった。

 長い白銀の髪。

 淡い光をまとった白い衣。

 ここに来るときの彼女は、いつも現実より少しだけやさしく見える。

 多分きっと、夢の底だからだ。


「こんばんは、乃亜」


 静かな声だった。

 叱られたことのない声だと思う。


「……セレネ、さん」


 僕が名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに少しだけ目を細めた。


「ええ。今日は少しだけ、お客さまを連れてきたの」

「……お客さま?」


 その言葉に、胸がどくりと鳴る。

 分かってしまったからだ。

 たぶん、その人のことだ。

 セレネさんは僕のすぐ近くまでは来ない。

 少し離れたところで立ち止まって、やわらかく微笑む。


「怖かったら、無理に近づかなくていいわ」

「……」

「でも、あなたが会いたいと思うなら、きっと大丈夫」


 その言葉のあと、光の向こうからもう一つの気配が現れた。

 見覚えがあった。

 というより、感じたことがあった。

 静かで、少し冷たくて、でもどこかあたたかい、そんな気配。

 まっすぐにこちらを見てくる、知らない人。


 ノアさんだった。


 僕は思わず肩を強く抱いた。

 まだ怖い。

 怖くないわけじゃない。

 でも前みたいに、見た瞬間に逃げたくなる感じではなかった。

 ただ、どうしていいか分からないだけだった。

 ノアさんもすぐには近づいてこなかった。

 数歩分の距離を残して立ち止まり、少しだけ目を伏せる。


「……久しぶり、でいいのか分からないな」


 その言い方が、変だった。

 優しいとも違うし、慣れてるとも違う。

 どう話したらいいか分からないのに、無理やり言葉を探している感じがした。

 僕は何も言えず、ただ見上げる。

 セレネさんは、ほんの少しだけ二人の間を見てから、静かに後ろへ下がった。


「私は向こうにいるわ」

「え……」

「大丈夫。あなたが嫌だと言えば、無理はさせない」


 そう言って、セレネさんはさらに距離を取る。

 光の端で待っているけれど、会話には入らない位置だ。


 そこは、僕とノアさんだけになる。


 暗い場所なのに、妙に息が詰まった。

 すると、ノアさんが先に口を開いた。


「この前は、ちゃんと話せなかった」

「……うん」

「だから今日は、はっきり言う」


 その声は落ち着いていた。

 ごまかす感じがなかった。


「俺は、この身体を奪うつもりはない」


 胸が少しだけ痛くなる。

 それは、いちばん聞きたかった言葉の一つだった。

 でも同時に、簡単に信じていい言葉でもない。

 僕は手に力を入れながら、黙って聞く。


「必ずお前の体を返す」

「……」

「そのために、ダンジョンへ潜ってるいるんだ」


 ダンジョン。

 現実の世界の話だと分かる。

 僕がもう上手く見られなくなった世界で、この人は動いている。


「今すぐは無理だ」

「……」

「でも、方法はある。お前の魂は消えてない。戻せる可能性がある」


 淡々とした話し方なのに、そこだけ少しだけ熱があった。

 本当にそう思っているんだって、分かるくらいには。


「だから、それまで消えないでくれ。お前の帰りを待つモノも居るから」


 その一言で、喉の奥がぎゅっとなった。


 ――消えないで。


 またその言葉だ。

 セレネさんも、他の人たちも言っていた。

 でも、ノアさんの口から聞くとまた少し違った。

 だってこの人は、僕の身体を使っている人だ。

 本来なら、僕が消えた方が楽なはずなのに。

 そうすれば何も面倒がないのに。


 ――それなのに、消えるなと言う。


「……なんで」


 気づけば、そんな声が出ていた。

 ノアさんが少しだけ目を細める。


「何で、そこまで……」

「それは簡単な話だ。この身体は借り物だからだ」


 すぐに返ってきた答えは、思っていたよりずっとまっすぐだった。


「俺は一度、自分の人生を奪われた」

「……」

「だからって、今度は俺が誰かの人生を奪う側に回る気はない」


 その言葉は、僕には全部は分からなかった。

 でも、すごく重いものなんだろうとは思った。

 ノアさんの声は静かだけど、その奥にはずっと消えない傷みたいなものがある。

 僕とは違う傷――でも、傷ついた人の声だっていうことだけは分かった。


「――それに」


 ノアが、少しだけ視線を下げる。


「お前は、あまりにも傷つきすぎてる」


 その瞬間、涙が出そうになった。

 そんな風に言われたことなんて、なかったから。

 みんな、僕の事を面倒な子とか、難しい子とか、気を遣う子とか、そういうふうにしか言わなかった。

 傷ついてるって、言ってくれた人はいなかった。

 だから、苦しいのが僕のせいじゃないかもしれないって、少しだけ思ってしまう。

 それが怖くてたまらない。


「……まだ、わかんない」


 声が震えてしまった。

 ノアさんは急かさなかった。

 ただ黙って待っている。


「信じていいのか、わかんない」

「それでいい」

「……」

「今すぐ信じなくていいから……だから――」


 それも、優しい言い方じゃなかった。

 でも、その方がよかったのかもしれない。

 簡単に“信じてくれ”って言われるより、ずっと。

 暗い場所の中で、その言葉だけが妙にはっきり残った。


 ――待つ。


 僕、まだそんなことができるんだろうか?

 戻ることなんて、本当にできるんだろうか?

 またあの身体で目を開けて、また生きるなんて、そんなこと出来る?


 そもそも、僕は元の世界に戻りたいと本当に思っているの?


 分からない。

 まだ怖い。

 怖いけど――セレネさんたちがいて、ノアさんがいて、消えないでと言われて、返すと言われて。

 それでも何も感じないほど、僕は壊れきっていないらしかった。


「……うん……待ってるよ、ノアさん」


 自分でも驚くくらい小さな声だった。

 でも、ちゃんと口から出た。

 ノアの目が、ほんの少しだけ見開かれる。

 それから静かに頷いた。


「――ああ」


 その返事だけで、胸の奥が少し温かくなる。

 セレネさんが、遠くからそっと微笑んだのが見えた。

 何も言わないまま、やさしい光が広がる。

 その光の中で、僕は少しだけ顔を上げる事ができた。

 暗い場所はまだ暗い。

 でも、前みたいに底なしじゃない気がした。


 ――夢が解けていく。


 光も、ノアさんの姿も遠ざかる。

 最後に見えたのは、セレネさんのやさしい目だった。


「少しずつでいいわ……少しずつ、馴染んでいって」


 その声が、夢の外へ沈みながら聞こえる。

 セレネさんに挨拶は出来なかったけど、それでも優しい光に包まれているかのように感じた。

 その温かさを感じながら、僕は再び夢の中に入り込んでいった。


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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