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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第01章 再始動編

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第21話 智明と久城家【篠宮智明視点】

 乃亜がうちに来て、三日が経った。

 たった三日。

 そう言ってしまえばそれまでだが、妙に長く感じる三日でもあった。

 夜中に甥が転がり込んできたと思ったら、中身は乃亜ではなく、異世界で処刑された召喚士だと名乗る。

 魂が沈んでいるだの、借りた身体を返すだの、まともに聞けば病院を勧めるしかない話だ。

 だが、その“まとも”を壊してくる連中が、今のうちには揃っている。

 白銀の狼みたいな男は四六時中ノアのそばを離れないし、白い女は穏やかな顔で当然のように台所に立つ。

 毒花の男に至っては、油断すると人の家の窓辺に勝手に花を咲かせかける始末だ。

 朝からあんな連中が視界に入る生活を三日も続けていれば、さすがにこっちの常識も少しは削れる。

 それでも、不思議と慣れてくるものらしい。

 今ではルクスが窓際に立っていても、いちいち悲鳴は上がらない。

 セレネが静かに茶を淹れていても、「何でいるんだ」と毎回聞くこともなくなった。

 シオンに関しては慣れたというより――。


(……こいつは隙を見せたらろくでもないことをするっ!)


 そう、理解しただけだが。

 何より大きいのは、乃亜の顔をしたあの少年が、最初の夜より少しだけ人間らしい顔をするようになったことだった。

 食事を出せばちゃんと礼を言う。

 学校にもちゃんと、行く。

 叔父だからと無理に懐くわけでもなければ、逆に必要以上に壁を作るわけでもない。

 妙に大人びてはいる。

 だが、それでも時々ふっと年相応に見える瞬間があった。


 ――だからこそ、胸の奥がざわつく。


 本来の乃亜は、あの家でどんな顔をしていたのか。

 そして俺は、それをどれだけ見逃してきたのか。

 考えたくないことは、大抵電話の形でやってくる。

 その日もそうだった。


 夕方。乃亜――いや、ノアが学校から戻ってきて、少し遅い軽食を取っていた頃だ。

 俺はソファで資料を眺めていたが、テーブルの上のスマホが震えた瞬間、嫌な予感がした。

 画面を見る。

 表示された名前に、思わず鼻で笑いそうになった。


「……やっとか」


 美紗希(みさき)――姉の名前だった。

 乃亜が家を出て、三日。

 ようやく、だ。

 向かいでコップを持っていたノアが、無言でこちらを見る。

 その横で、ルクスの気配がわずかに鋭くなる。


「……もしかして?」

「姉貴……乃亜の母親だ。お前には関係ない話をこれからするから気にするなよ?」

「ああ……」


 少し不安そうな顔をしているノアに俺はそのように答える。

 ただ、静かにこちらに視線を向けながら。

 俺は迷う事なく通話ボタンを押した。


「もしもし」

『あ、智明?』


 姉の声は、妙にいつもどおりだった。

 泣いてもいないし、取り乱してもいない。

 しかし、困ったような、それでいて柔らかい声音。

 昔から面倒事が起きた時にだけ出てくる、あの声だ。


『いきなりごめんね。ちょっと確認したいことがあって……』

「確認?」

『うん……あのね、乃亜がそっちに行ってたりしない?』

「はぁ……もう三日経って、聞くんだな……遅すぎねぇか?」

『え……』

「おかげで俺は姉貴に呆れてるよ」


 向こうが一瞬黙る。

 その沈黙だけで、だいたい察した。

 本気で探していたわけじゃないって事をするに俺は理解する事が出来た。


『その……大事にしたくなくて』

「大事?」

『学校とか周りにも知られたら困るでしょう?あの子、昔から少し衝動的なところがあるし、どこかで頭を冷やしてるんじゃないかって……』


 それを聞いて、思わず笑いそうになった。

 怒鳴るほどの熱はない。

 ただ、冷えた呆れだけがあった。


 ――困る。

 ――衝動的。

 ――頭を冷やす。


 出てくる言葉が全部、乃亜本人ではなく、周りからどう見えるかの話ばかりだ。

 つまり、心配しているのは自分自身と言う事。

 呆れて何も言えなくなってしまう。


「……姉貴」


 自然と声が低くなった。


「一応聞くけどよ、あんたは乃亜に帰ってきてほしいのか?」

『もちろんよ』

「それとも帰らせたことにしたいのか?」


 今度の沈黙は、少し長かった。

 きっと、図星なんだろう。

 分かりやすすぎる。


『そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない』

「じゃあどう言えばいいんだ?」

『私たちだって心配してるのよ』

「本当に?」


 そこで初めて、向こうの声にわずかな苛立ちが混じった。


『智明、何が言いたいの』

「単純な疑問だよ。家出した息子を三日まともに探さず、親族に連絡するのも今さらで、それで“心配してる”って言葉がよく出るなと思って」

『……』

「心配っていうより、面倒になってきたんじゃないのか」


 姉はすぐには答えない。

 代わりに、遠くで誰かの気配がした。

 義兄さんか、あるいは瑠亜か。


『……乃亜は昔から、少し難しい子だったでしょう』


 ようやく返ってきたのは、それだった。


「……は?何いってんの?」

『もちろん、私たちだって向き合おうとしてるの。でも、あの子すぐ拗ねるし、被害者みたいな顔をするし、こっちだってどうしたらいいか分からなくて』

「それを三日放っといて言うのか」

『放ってなんて――』

「放ってるじゃねぇかっ!」


 思ったより鋭く言葉が出た。

 同時に思わず怒鳴ってしまった。

 向かいに座るノアの手が、わずかに止まる。

 ルクスの気配も冷える。

 たぶんセレネも、少し離れた場所で聞いている。

 だが今は、それどころじゃなかった。


「アンタ、乃亜が本当にどうしてたか考えたか?」

『だから、それを確認するために――』

「確認するのに三日かかったのか?」

『智明、あのね……責めないでよ。こっちだって色々あるの』

「乃亜にはなかったみたいな言い方だな、おいっ!」


 怒鳴っていても、姉貴はまた黙る。

 この黙り方も昔から変わらない。

 正面から否定も反論もせずにただ困った空気だけを出して、相手の方を疲れさせる。

 昔は俺はそれを柔らかい人間なんだ、そのように思っていた。

 今は違う――あれはただ、責任を自分の手から滑らせているだけだ。


『ね、ねえ、もしそっちに来てるなら、帰るように言ってくれない?』


 その一言で、胸の中の温度が完全に下がった。

 ああ、そういうことか。

 探しているんじゃない。

 戻したいんだ。

 息子が家出していると言う事をこの女はただ終わらせたいだけで、どうして出ていったのかなんて本気で考える気はない。

 乃亜が帰ったら、またあのような生活が戻ってくるだろう。

 だからこそ、【九条乃亜】は壊れてしまったんだ。


「はぁ……今さら家族面するには遅いんじゃないか」

『……っ』

「帰ってほしいのか、帰らせたことにしたいのか、先に自分で決めろよ」

『どうしてそんな言い方するの……?』


 そこだけ聞けば、傷ついた姉の声だった。

 でも、もう騙される気にはなれなかった。


「こっちが聞きたいよ。乃亜がいなくなって最初に困るのが“周囲に知られたらどうしよう”なんだろう?ならそれは心配じゃなくて保身だろ」

『ち、違うわ』

「じゃあ何だよ?」

『あの子のために言ってるの!変な事して、あとで困るのは乃亜自身なのよ!』


 その瞬間、どうしようもなく理解してしまった。

 この人は、本気でそう思っている。

 自分が正しいことを言っていると、きっと心の底から信じている。だから厄介なんだ。

 乃亜がどれだけ苦しかったかじゃない。

 家を出るまで追い詰められた理由でもない。

 母親として、正しい対応をしていると、そのように思いこんでしまっているんだ。

 ぞっとするほど救いがない。


「姉貴」

『……なに』

「仮に今、乃亜がそっちに戻ったとして」

『ええ』

「お前ら、本当に今までと違う接し方ができるのか?」


 その言葉に、返事はなかった。

 否定も肯定もなく、ただ黙る。

 その沈黙で十分だった。


「……そういうことだよ」


 言った直後、通話口の向こうで低い男の声がした。

 姉が何か小さく返し、次に出たのは義兄さん――恒一郎さんの声だった。


『智明くん』

「……義兄さん」

『乃亜がいるなら、いい加減に帰すよう説得してくれないか?』

「ずいぶん真っ直ぐ来たな」

『こっちも暇じゃないんだ』


 姉が遠回しなら、この人は露骨だった。


『学校にも余計なことは知られたくないし、瑠亜にも悪影響だ。これ以上勝手な行動をされると困る』

「困る、ね」

『まだ子どもなんだ。感情的になってるだけだろう?』

「感情的になって家を出た、で片づけるのか」

『他に何があるんだ?』


 そこまで言われて、思わず目を閉じた。


 多分、この人は本当に分かっていない。

 分かる気もない。

 乃亜が何を積み重ねて、どこで限界を超えたかなんて、一度も真剣に考えていないから、そういう言葉が平気で出る。


「義兄さん」

『何だ』

「一応聞くけど、乃亜が何で出ていったか、ちゃんと話し合ったのか?」

『まず帰ってきてからの話だ』

「その“まず帰ってこい”で全部潰してきたから、今こうなってるんじゃないのか」

『智明くん、口を慎んでくれ』


 その一言で、逆に腹の底が妙に静かになった。

 ああ、この男も何も変わっていない。

 自分たちは正しい。

 乃亜は問題児。

 だから外から余計なことを言うな。そういう話だ。


「……分かった」

『なら』

「それならこっちも行動に出るだけだ」


 俺は冷たく言い切る。


「少なくとも今の話で、乃亜を戻して大丈夫だとは思えなくなった」

『何?』

「探してるふりをするのはやめろ。心配してるふりもな。聞いてて反吐が出る」

『智明!』

「乃亜が帰るかどうかは、あいつが決めることだ。俺じゃない」

『勝手なことを――』

「勝手なのはどっちだよっ!」


 怒りに任せて通話を切ってしまった。

 画面が暗くなり、部屋が妙に静かになる。

 スマホをテーブルへ伏せると、自分でも気づかないうちに深く息を吐いていた。

 思っていたより疲れたらしい。

 向かいでは、ノアが何も言わずにこちらを見ていた。

 その顔は静かだったが、目は見開き、驚いているように見えた。


「……あの家、思ってた以上に終わってるな」


 ぽつりと出たのは、それだけだった。

 安っぽい感想だと思う。

 でも、それ以上ちゃんとした言葉が見つからなかった。

 ノアは少しだけ目を伏せる。

 返事はしない。

 ただ黙っていた。

 その沈黙が、何より重かった。

 だから俺は、半ば自分に言い聞かせるように続けた。


「いいか。少なくとも今のままお前をあの家に戻す気はない」


 ノアの睫毛が、わずかに揺れる。


「未成年の家出で済ませていい話じゃない。必要なら俺が保護者として動く」

「……叔父さん」

「戸籍のことだって考える。養子縁組が必要なら、その手続きも取る」


 言ってから、自分でも少しだけ驚いた。

 だが、口にした以上、それはもう衝動ではない。

 覚悟に近いものだった。


「だから、お前は“帰らないと困る”なんて脅しで戻るかどうかを決めなくていい」

「……」

「お前が戻りたくないなら、戻らなくていい」


 ノアはすぐには何も言わなかった。

 ただ、伏せていた目をゆっくり上げる。

 その表情は相変わらず静かだった。

 けれど、初めて少しだけ、年相応の戸惑いが見えた気がした。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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