第116話 抑え込んでいた怒り
放課後になった俺は、最後の授業が終わると同時に鞄に教科書など入れる。
教室や廊下にはまだ生徒が多く残っているのを見ながら、欠伸をしながら教室を出ると、こちらを見ている男がいた。
確か、名前は真田颯真。
一年上の先輩だと聞いており、瑠亜の周りにいる人間の中でも行動に出やすいタイプだと。
背が高く、肩幅もあり、目つきは鋭く、こちらを見る視線には遠慮がなかった。
なるほど、うん――分かりやすいな。
俺は気にせず、廊下を歩き始めた。
「……乃亜くん」
「ああ、わかってる」
隣に似はいつの間にか透花が立っており、一緒に歩いている。
少し後ろには理央と花宮の姿があった。
一方の真田は廊下の中央に立ったまま、避けようとしない。まるで、こちらが避けると思っているのだろう――ああ、くだらない。
俺は進路を変えなかった。
すれ違う直前、真田の肩がわざとこちらへ寄り、軽い衝撃が俺の肩を刺激した。
乃亜の体は以前の俺の身体より細いし筋肉もそんなにない。少し体勢を崩してもおかしくないだろう。
だが、俺は足の位置をずらして受け流した。
代わりに、真田の方がわずかに眉を寄せた。
「……おっと、悪いな。小さくて見えなかった」
廊下にいた数人がこちらを見ており、透花が息を呑んだ。
理央が一歩前に出ようとする気配があったので、俺は手で軽く制した。
「ああ、そうか……」
俺は短く返した後、静かに笑う。
当然、嫌味のような顔も忘れずに。
「目が悪いなら医者に行ってくれ」
俺の顔が余程酷かったのかもしれない。
隣にいた透花もそんな俺の顔を見て、思わず固まっていた。
同時に、真田の笑みが少し歪んだ。
「……口だけは元気なんだな、久城乃亜」
「なるほど、耳も悪いのか。面倒だなアンタの性格」
「お前……」
俺の言葉に対し、真田の目が細くなり、同時に周囲がざわつき始めた。
上級生が下級生に絡んでいる。
だが、内容はただ真田が俺の肩にぶつかっただけで、偶然と言い張れるだけの事だ。
今の俺は、過剰に反応してしまったら、絶対にこちらが悪くなると知っている。
だから、乗らない事にした。
「アンタが用がないなら俺は帰るぞ……透花、行くぞ」
「う、うん」
透花の腕を掴んで、その場を離れようとした。
真田の横を抜けようとしたのだが、その瞬間足元に何かが引っかかったのだ。
鞄の紐だった。
真田の手が、俺の鞄へ触れており、そのまま中身が廊下に落ちた。
地面に、乾いた音がいくつも響いていく。
「あー、悪い……手が当たった」
真田はわざとらしく、そのように言ってきた。
それと同時に透花が青ざめる。
「乃亜くん……」
「……大丈夫だ」
不安そうに言ってくる透花に俺は変わらず冷静な顔を作って見せる。
後ろに二人も怒りを露わにしている様子が見られたので、大丈夫だと声をかけようとしたのだが、それはどうやら遅かったらしい。
「――真田先輩、今の、わざとですよね」
「は? 何だお前」
理央が前に出て、真田に声をかけてきたので、真田は俺から理央に目を向けた。
「下級生が先輩に突っかかるのか?」
「先輩なら何してもいいんですか」
「何もしてねえよ。手が当たっただけだって言ってるだろ」
分かりやすい。
あまりにも分かりやすい。
そのまま俺は膝を折り、落ちた教科書を拾っていると、透花も慌てて手を伸ばした。
「乃亜くん、私も」
「いい、大丈夫だ」
「でも」
「触るな。お前も巻き込まれるぞ?」
俺の言葉に、透花の手が止まった。
その顔が傷ついたように見えたので、少しだけ言い方を変える。
「……お前が拾えば、こいつはお前も狙う。流石に女を巻き込むつもりはない」
一瞬驚いた顔をしていた透花だったが、彼女は唇を噛み、ゆっくり頷いた。
花宮は何も言わず、スマホを手の中で伏せている――多分、間違いなく記録しているのだろう。
真田はそれに気づいていない。
「……ずいぶん余裕だな」
真田が理央から俺に向けて言ってきた。
「瑠亜を泣かせておいて、よくそんな顔できるよな?」
「なんだ、瑠亜が泣いたのか」
「泣きそうな顔してたんだよ」
「悪いがそれは泣いていないな……そもそも俺は瑠亜が泣いたところなんて見た事ない」
「揚げ足取ってんじゃねえよ!」
「俺は、事実を確認しているだけだ」
真田の額に青筋が浮いた。
本当に俺の言葉に対してイラついたらしい。
「お前、瑠亜がどれだけ気にしてたか分かってんのかっ!」
「知らない」
「兄弟だろ!!」
「それがどうした?」
「普通、弟が心配してたら、もう少し何かあるだろ!」
――また普通か、この学校の者は、よほど普通が好きらしい。
しかし、俺はあれが普通とは思わない。
普通だったら、どうして平等に久城乃亜と言う存在を扱わないのか?
瑠亜の良くて、どうして乃亜が悪いのか、俺には分らない。
「真田……先輩」
俺は最後のノートを拾い、鞄に戻した。
「お前は瑠亜に頼まれて来たのか?」
「それは違う!」
「なら勝手に来たんだな?」
「瑠亜は優しいから言わねえんだよ。だから俺が――」
「つまり勝手に来たんだな?」
言葉を重ねると、真田の表情が険しくなる。
「……お前、本当に可愛げねえな」
「そんなの、必要ないだろう?」
「瑠亜とは大違いだ」
「そうだな」
短く返すと、真田は一瞬止まった。
もしかして、俺が傷つくと思ったのだろうか。
残念だが、比較されて傷つくべき相手は、もうこの身体の奥深くに沈んでいる。
俺ではないのだが――胸の奥が、わずかに痛んだ。
――乃亜……お前は、こういう言葉をどれだけ聞かされてきた。
「……謝れよ」
「誰に対して?」
「瑠亜に、あと迷惑かけた周りにも!」
「断る、どうして俺が謝らなければならない」
「まだ言うんだな!お前が――」
「――どうして俺が瑠亜を傷つけたと言う証拠がどこにあるんだ?瑠亜が言ったから、か?」
多分、俺は怒っている。
目の前の男に対してだけではない。
だからこそ、俺は冷静を保ちながら、同時にいつの間にか拳を握りしめ、震えていたのかもしれない。
真田の表情が、変わった。
まるで、バケモノを見るかのような、そんな目をしていたのだ。
「お、まえ……」
「もう一度言うよ、真田先輩。もし、瑠亜を傷つけたと言う事、全面的に俺が迷惑かけたと言う”証拠”があるならもってこい。映像でも何でも、そういうのがあるだろう?」
「それ、は……」
「ないなら勝手な事言ってるんじゃねぇよ!!」
次の瞬間、俺の声と同時に突然近くに窓ガラスにヒビが入る。
突然の事で教室にいた者達、廊下に居た者達は驚いていたが、俺は気づいていなかった。
理央も、花宮も、隣にいた透花でさえ、俺の姿を見て驚いた顔をしていた。
感情なんて、露わにするつもりはなかった。
だけど、どうやら俺は――。
『――落ち着いてください、主……あなたの傍には”俺たち”がいますから』
突然頭の中に響いていた俺の”相棒”の声が聞こえてきた。
その声を聞くと同時に、一瞬にして冷静さを取り戻し、隣にいた透花に目を向けた。
「の、のあ、くん……」
「…………透花?」
「う、うん……」
「……ルクス?」
透花の顔を確認後、俺は今度はルクスの名前を呼ぶ。
しかし、聞こえてきたのは声だけだったらしい。
静かに、俺は息を吐いた。
「……逃げるか」
「え?」
「俺、何もしてないけど、窓ガラス割ったのは、多分俺だよな?」
「……あー……う、うん、そうだね……あ、でもガラスにヒビが入っただけだから割ってないよ!」
両手をグーにしながら笑顔で答える透花に俺は少しだけ安堵した後、そのまま透花の手を握りしめる。
握った理由、もちろん逃げる為。
「じゃ、真田先輩、あとはよろしく」
「お、おいっ……」
とりあえず逃げるが勝ち――そのように思った俺は急いで背を向けて走り出した。
真田は何か言っている声が聞こえてきたがそんなのどうでも良い。
透花と一緒に逃げはじめると同時、理央と花宮も顔を見合わせ、同じように俺の後をついていく。
走りながら思った。
――どうやら俺は、相当怒りを抑え込んでいたらしい。
「……どうやら俺、結構許せなかったみたいだな、乃亜」
聞こえないように、俺は体の中に眠っている”乃亜”に声をかけるのだった。
読んでいただきまして、本当にありがとうございます。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




