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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第4章 歪む教室と王虎の魔術王編

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109/120

第109話 めんどくさい学校生活が始まる


 一カ月ぶりに見る学校は、ひどく普通だった。

 普通なら、何も変わっていないように見える。

 けれど、俺には分かった――空気が変わっている。

 視線や声が明らかに違う。

 こちらに気づいた瞬間、ほんの少しだけ小さくなる会話――すぐに俺は瑠亜が何かしたんだろうなと思った。

 それとも、余計なモノを言ったのだろうかと考えつつ、思わず欠伸をしてしまった。

 既に、興味がないのだ。

 面倒だな、と俺は内心でそう呟きながら昇降口で靴を履き替えた。


「乃亜、おはよう」

「……ああ」


 理央が挨拶をしてきたので、挨拶を返す。

 それと同時に不機嫌そうな顔になった。


「……お前、大丈夫か?」

「何が」

「いや……空気」

「気づく程度には、お前も少しはまともになったな」

「……お前なぁ」


 理央は一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに教室の方へ視線を向ける――その表情は硬い。

 透花も、少し後ろで鞄の紐を握りしめていた。

 視線を伏せがちにしながらも、周りの目から逃げてはいない。

 花宮はいつも通り軽い顔をしているが、指先はスマホの側面を何度か叩いていた。

 緊張している時の癖なのかもしれない。


「まあ、予想通りっちゃ予想通りだね……実習であんな事があってー四人まとめて休んでーしかも詳しい説明なし……そりゃ噂にもなるよ」

「噂で済めばいいがな」

「うん。済まない可能性高めなんだけど、どうする久城君?」

「……嬉しそうに言うな」

「私はね、笑ってないとやってられないだけなのよ」


 花宮はそう言って、少しだけ肩をすくめる。

 俺はそのまま廊下を歩く。

 すれ違う生徒たちの視線が、俺たちへ向くような感じがする。

 あの実習ダンジョンで何があったのか、学校側は詳しく説明していないらしい。

 当然だ――説明できるはずがない。

 説明できる大人がいるなら、逆に見てみたい。


 ――だから、空白が生まれるんだ。


 空白があれば、人間は勝手に物語を作る。

 都合よく、面白く、誰かを悪者にしやすい形で。

 そしてこの学校には、その悪者にされやすい人間がいる。


 ――久城乃亜、この身体の本来の持ち主だ。


 多分、想像はつくだろう。

 そんな事を考えながら、俺は教室についた。

 扉の前で、透花が小さく息を吸う。


「……行こう」


 自分に言い聞かせるような声だった。


「ああ」


 俺は扉に手をかけ、開けた瞬間教室のざわめきが一拍だけ止まった。

 全員がこちらを見たわけではない。

 だが、見ていないふりをしている者も含めれば、ほとんどの意識がこちらへ向いた。

 席へ向かうまでの数秒が、やけに長く感じるが、俺は気にせず歩いた。

 理央が隣を歩き、透花は少しだけ俺の後ろ花宮は最後尾で、教室の空気を観察するように目を動かしていた。

 そのまま俺は自分の席に鞄を置き、静かに欠伸をした。

 その時、前方から声がした。


「――兄さん」


 久々に聞いた、久城瑠亜の声だった。

 いつものような、柔らかい声。

 少し心配そうで、少し遠慮がちで、周りに聞こえるくらいの大きさ。

 俺はゆっくり顔を上げる。

 瑠亜は席から立ち上がり、こちらを見ていた。

 表情は不安そうに整えられて、目元には薄く疲労の色もある。

 周囲の生徒たちが、すぐに反応した。

 瑠亜が乃亜を心配している構図――そう見える場面だ。


「体調、大丈夫なの?ずっと休んでたから心配してたんだ」

「そうか」


 俺はそのまま、短く返す。

 それ以上でも以下でもない。

 教室の空気が、わずかに固まった。

 瑠亜の表情が一瞬だけ揺れ、だがすぐに困ったような笑みに戻った。


「うん。よかった。兄さんが無事なら、それで」

「……」

「でも、無理しないでね。兄さん、いつも一人で抱え込むところがあるから」


 その言葉で、周囲の視線が少し変わった。


 乃亜は一人で何かを抱え込み、周囲に心配をかけ、瑠亜に気を遣わせている。

 そういう形に、自然と誘導されるかのように感じた。


「――瑠亜」


 俺が口を開こうとすると、近くにいた理央が口を開いた。

 声が少し低い。


「今はその話、やめてくれないか?」


 理央の言葉に、教室の空気がさらに固まった。

 瑠亜が理央を見る。


「理央……僕、ただ兄さんが心配で」

「分かってる。でも今ここで言うことじゃない」

「……そう、かな」

「ああ、そうだ」


 理央ははっきりと言った。

 以前の理央なら、ここまで強く言えなかったのだろう。

 少なくとも、瑠亜に向かってこんな声を出すことはなかったはずだ。

 瑠亜もそれに気づいたらしい、目の奥がほんの少しだけ冷えた。

 だが、それもすぐ消える。


「……ごめんね。僕、余計なこと言ったかも」


 瑠亜は小さく笑った。

 その謝罪は、理央へのものに聞こえる。

 けれど同時に、教室全体へ向けたものでもあった。


 ――僕は悪気がなかった。心配していただけで……それなのに、止められた。


 そういう形だ。

 近くの席で、西園寺海斗が眉を寄せたのが見えた。

 白石玲奈は不安そうに瑠亜を見ている。

 二人共、目が鋭い。


 ――始まっているな。


 いや、もうずっと前から始まっていたのだろう。

 俺が知らなかっただけで。


「……別に、心配する必要はない」


 俺は再度、欠伸をしながら答える。

 そのまま、瑠亜がこちらを見る。


「兄さん……」

「俺は俺で動く。お前はお前の心配だけしていた方が良いぞ……興味ないからな、”俺は”だが」


 その瞬間、瑠亜の唇がかすかに止まった。

 周囲から、小さなざわめきが起きる。


「……今の、冷たくない?」

「瑠亜くん、ただ心配してただけだよね?」

「なのに、あの言い方はないでしょ」

「……やっぱり噂、本当なのかな」


 小さな声だったが、誰も正面から俺に言っているわけではない。

 俺にも聞こえるぐらい。

 瑠亜は困ったように俯く。

 その仕草ひとつで、周囲の視線がさらに俺へ集まっていく。

 言葉を出すのは瑠亜ではない、周りが勝手に言ってくれる。

 そのまま、透花が一歩前に出かけたが、俺は視線だけで止める。

 今ここで何か言えば、透花も巻き込まれる。

 そして瑠亜の周りの連中は、それを材料にする。

 花宮も黙っているが、スマホには触れず、教室全体を観察している。

 理央は拳を握っていたが、踏みとどまっている。


 ああ、とりあえずはそれでいい。


 感情で動けば、こちらが悪者になる。

 こういう場所では、剣よりも視線と噂の方が面倒だ。

 ふと、教室の扉が開き、担任が入ってきた。


「席につけー。ホームルーム始めるぞ」


 ざわめきが少しずつ収まり、瑠亜は最後にもう一度だけ俺を見た。

 心配そうな顔――だが、その奥にあるものを、俺は見逃さなかった。

 苛立ちと、不安。

 そして、こちらが以前の乃亜のように反応しなかったことへの、薄い怒り。

 やはり、相変わらず瑠亜は変わっていない。

 いや、もしかしたら変わったのは、周りの方かもしれない。

 ホームルームが始まる。

 担任は実習ダンジョンの件について、簡単にだけ触れた。


「先日の実習については、現在学校と協会で確認中だ。余計な憶測を広げないように。体調を崩していた生徒も戻ってきている。各自、落ち着いて行動すること」


 余計な憶測を広げるな、と言う便利な言葉だ。

 だが、そう言われて止まる噂なら、最初からここまで空気は濁らない。

 俺は興味なさそうに、窓の外へ視線を向けた。

 空は晴れている。

 この前智明の実家に起きたダンジョンの赤い夜など、最初からなかったような青空だった。

 それでも、俺の中にはまだあの夜の気配が残っている。

 最後に、夢の中で告げられた忠告。


 ――猛獣の片割れが、瑠亜を壊す。


 俺は瑠亜の背中を見る。

 教室の中で、瑠亜は周囲に気遣われながら座っている。

 誰かが小声で話しかけ、瑠亜は困ったように笑っていた。

 弱く見せるのが上手い、可哀想に見せるのが上手い。


 ――だが、あの穴は危うい。


「……片割れ、か」


 ふと、俺は一人の男を思い出す。

 ヴィーシャと同じ、猛獣の男を――特にシオンが嫌っていた男だ。

 そのまま、チャイムが鳴る。

 ホームルームが終わると同時に、教室の中にまたざわめきが戻ったのだった。



読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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