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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第03章 月影の吸血姫編

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第106話 終わりと、予言


 崩れ落ちるダンジョンを、俺たちは走った。

 背後で天井が砕け、壁に嵌め込まれていた血色のステンドグラスが割れていき、赤と白の光が破片になって降り注ぐ。

 床に刻まれていた月と薔薇の紋様は、ひび割れた端から砂のように崩れていった。

 もう血の匂いは薄い。

 代わりに、終わった夜の残り香のようなものが漂っていた――冷たくて、苦くて、どこか寂しい匂い。


「主、右です!」


 ルクスの声に従い、俺は崩れた柱を避ける。

 まだ、俺の身体が重いし、足が思うように上がらない。

 黒星と白雨はすでに消しているが、魔力を使った反動は確実に残っていた。

 胸の奥が熱い、喉に鉄の味が絡む。

 だが、倒れるほどではない。

 しかし、倒れるわけにはいかない。


「セレネ、遅れるな」

「それはこちらの台詞ですよ、ノア」


 返ってきた声は、いつもより少しだけ弱い。

 だが、確かだった。

 セレネは胸元に紅い結晶を抱いている――エルヴィーラ・ルナ・ヴェルミリア、吸血姫を封じた、小さな紅い結晶。

 決着はついたのだが、終わったわけではない。

 それはセレネの表情を見れば分かった。

 勝者の顔ではなければ、救済者の顔でもなかった。

 これは、彼女の罪であり、そして吹っ切れた彼女自身の姿だ。


 前方に白い光が見える――出口だ。


「走れっ!」


 俺が言うまでもなく、ルクスが先に飛び出し、続いてセレネが飛び出す。

 最後に俺が、崩れかけた石畳を蹴った。

 視界が白く弾けた次の瞬間、湿った夜気が頬を打った。


 戻ったのは、祖父母宅から少し離れた林の奥だった。

 月はまだ空にあるが、ダンジョンに入る前と比べて赤くはない。

 いつもの白い月が、雲の切れ間から静かにこちらを見下ろしている。

 背後で空間が歪む。

 さっきまで入口だった月光色の裂け目が、音もなく縮んでいく。

 血の匂いも、赤い霧も、崩れ落ちる城の気配も、何もかも全て夜の奥へ吸い込まれるように消えていった。

 最後に、小さな硝子の割れるような音がした。


 ――ダンジョンは完全に閉じた音のように。


「……終わったか」


 俺は息を吐く。

 その瞬間、膝から力が抜けかけた。


「主、大丈夫ですか?」


 ルクスがすぐに手を出し、俺の体を支える。

 腕を掴まれ、どうにか倒れずに済んだ。


「……平気だ、多分」

「平気な顔ではありませんけど」

「……多分だからな」

「なら、そんな事言わないでください」


 ルクスの言葉に対し、俺は既に言い返す気力もなかった。

 ふと、セレネがこちらへ歩み寄る。

 紅い結晶を片手に抱いたまま、もう片方の手を俺の胸元へかざした。

 淡い月光が染み込んでくる。


「応急処置をさせてただきました。しかし今はこれ以上……無理に魔力を動かせません」

「ああ」

「戻ったら休んでいただきます」

「分かってる」

「本当でしょうか?」

「…………多分、うん」

「――ノア」


 珍しく、セレネの声が低くなったので俺は視線を逸らす。


「分かった。休むから」

「ええ、そうしてください」


 その返事は穏やかだった。

 けれど、どこか疲れていた。

 俺はセレネの胸元にある紅い結晶を見る。


「それは――」

「……消えることはないでしょう。それが、私の望んだ事ですから」

「そうか」

「はい」


 セレネは指先で結晶を包む。


「彼女はまだ、ここにいます、ここで……また眠りにつきましたから」


 小さな結晶の奥で、深紅の光がかすかに揺れた。

 エルヴィーラが眠っているのか、こちらを見ているのかは分からない。

 彼女自身、完全に消えたわけではない――それだけは確かだった。

 すると、林の向こうから足音が聞こえた。


「乃亜!」


 聞こえてきたのは理央の声だった。

 続くように、透花と花宮が顔を見せる。

 少し遅れて智明と祖父と、そして祖母の姿も見えた。

 俺の姿を見て、全員こちらへ駆けてくる。

 普通なら夜中に林へ飛び込むような面々ではない――だが、今さら普通を期待する方が無理だと感じながら、思わず目を見開いた。


「無事か!?」


 理央が息を切らして叫ぶ。


「――ああ」

「本当に?」


 透花が泣きそうな顔で近づいてくる。


「血、吐いてない?倒れてない?どこか痛いところは?」

「質問が多いぞ、大丈夫……だと思う」

「それって大丈夫じゃないじゃん!うわ、顔色悪っ!?」


 花宮が俺の顔を覗き込みながら叫んだ。

 そのまま呆れた顔をしながら言ってきた。

 

「「それを無事って言い張るのかなり久城君って感じだよ、うん」」

「うるさい」


 言いながら、少しだけ息が抜けた。

 息を静かに吐くと、そのまま智明が近くまで来て俺の肩を鷲掴みにした。


「……本当に大丈夫なんだな?顔色めちゃくちゃ悪いが」

「大丈夫……とは言い切れないが、とりあえずもうダンジョンは現れないし、色々とカタはついた」

「……」


 智明は黙ったまま、俺に視線を向けながら、再度ため息を吐き、そして祖父に目を向ける。

 祖父も智明を見た後、静かに頷く様子が見られている。

 そんな二人の姿を見た瞬間、突然体が揺れる――どうやら今回はまだ病み上がり程度だったこともあり、無理しすぎたらしい。

 体が言う事を聞かない。


「っ……」

「乃亜っ!」

「主っ!」


 智明とルクスの二人が俺の体を支えてくれる。

 ふらつきながらも、何とか立つ事が出来たので、俺は静かに笑う。


「悪い、ふらついた……」

「やっぱ大丈夫じゃないじゃん!」


 花宮が叫ぶように言った。

 すると祖父の隣にいた祖母が俺の近くまで行き、静かに笑いながら言った。


「話は後よ、まずは家に帰りましょう……それに、この子を休ませないといけないから」


 祖母はそのように言いながら、いつもの笑顔を見せてくれた。

 それと同時に、俺は静かに目を閉じた。


「ノア!」


 セレネの声が聞こえる。

 どうやら本当に俺はマジで限界だったらしい――いつの間にか俺は夢の中に連れていかれてしまった。


  ▽


 夢の中で見たのは、黒い世界だ。

 そこに、一人の少女が姿を見せる。

 先ほど、セレネと戦っていた一人の少女――エルヴィーラが怒ったような顔をしながら俺に目を向けている。

 確か彼女は封印され、寝ているはずなのに――それが分かっているかのように、彼女は俺の疑問に答えた。


「あなたの夢の中に、私が入り込んだだけよ」

「……そんな事が出来るのか?」

「出来るけれど、やったことがなかっただけ。初めてだったけれど、成功してよかったわ」


 静かに、まるで何処かの令嬢のように、彼女は綺麗なお辞儀を見せる。

 そして再度、不機嫌そうな顔をしながらエルヴィーラは答える。


「あなたに一つだけ、忠告しなければならない事があるわ……それを言いにあなたの夢の中に入ったの」

「忠告?」

「私は夜の巫女とも呼ばれていた事があるの……だからこそ、眠る最後の一瞬で見た事を教えます」

「俺に何を?」

「あなた、魂と体が合っていないけれど……その体は別の?」

「……この身体は借りものだ。俺はお前たちがいた世界で処刑され、殺された存在だ」

「そう……」


 そのまま、彼女は険しい表情を見せながら、再度言った。

 指を指し、まるで何かを宣言するかのように。


「――その体の持ち主に対となる存在……双子の片割れが吞まれます」

「……は?」


 双子の片割れと言うのはまさか、乃亜の弟、瑠亜の事か?

 彼女は全く、まるで預言者のように告げた。


「気をつけなさい――猛獣の片割れが、あなたの弟を壊すでしょう……あなたとあなたの借り物の身体を持つ魂を壊す為に」


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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