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異世界で処刑された召喚士、冷遇された少年に宿りました~最強の召喚獣たちとダンジョン配信で成り上がり、奪われた人生を取り戻す~  作者: 桜塚あお華
第03章 月影の吸血姫編

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第102話 ノアが支える側として


「あなた、また私を救わないのね」


 エルヴィーラの声は、静かだった。

 彼女はそのように言いながら、赤い月光の下で淡々とその言葉を落としただけだった。

 だが、その一言でセレネの月光が揺れた。

 ほんの一瞬――普通なら見逃す程度の揺らぎだと、だからこそ俺には分かった。

 セレネの足元に広がっていた白い月輪が、わずかに輪郭を乱す。

 吸血鬼姫の赤い夜を押し返していた光が、一呼吸ぶんだけ弱まり、その隙間に血霧が滑り込んだ。

 エルヴィーラは見逃さない。

 赤黒い霧が床を這い、細い蛇のようにセレネの足元へ絡みつき、次の瞬間、壁の影が伸びた。

 天井から垂れる黒い影が糸のように細く分かれ、セレネの背後へ回り込む。

 相手の心が揺れた瞬間に、そこへ入り込む。

 嫌になるような、攻め方のようにも見えた。


「セレネ、右!」


 俺は声を荒げながらセレネに声をかける。

 俺の声と同時に、セレネは反応した。

 彼女はすぐに、右手を払う。

 白い月光が横へ流れ、右側から迫っていた血霧を裂いた。

 だが、正面の霧は消えておらず、それどころか裂かれた霧の奥から無数の赤い瞳が開く。

 蝙蝠ではなければ人の目にも似ている――見れば意識を引き込まれる類のものだ。


「見るな!」


 俺は静かに呟き、黒星を撃った。

 銃声が大広間に響くと同時に黒い弾丸が赤い瞳の群れを貫き、魔力の繋ぎ目を断つ。

 瞳が一斉に潰れ、血の涙のように床へ落ちた。

 落ちた血が、また霧になる。

 

 ――しつこい。


 だが、対応できないほどではない。

 問題は、セレネの方だ。


「……私は」


 セレネが小さく呟く。

 何か考えるかのようにしながら、目が微かに泳いでいる。

 エルヴィーラの唇が、わずかに動いた。


「そうよ。あなたはまた救わない。あの時と同じ。私を止めるだけ。封じるだけ。正しい顔で、奪うだけ」


 彼女の言葉と共に、赤い月光が濃くなる。

 大広間の床に刻まれた薔薇の紋様が脈打ち、血霧が花弁のように舞い上がり、その花弁がセレネの周囲を囲みながら静かに回り始めた。

 花弁の一枚一枚に、声が混じっている。


 ――助けて。

 ――止めないで。

 ――どうして。

 ――痛い。

 ――喉が渇く。

 ――姫を返して。

 ――夜を返して。


 この声はおそらく、夜の一族の残響だ。

 セレネの顔が、わずかに強張った。


「引きずられるな……」


 俺は静かに呟いてしまった。

 セレネの肩が、小さく震える。

 だからこそ、俺はセレネに声をかけた。


「セレネ、それはお前の過去であり、今じゃないぞ」

「……ですが」

「聞くなとも、忘れるなとも俺は言っていない」


 そのように言いながら、俺は白雨を撃つ。

 弾丸が壁を跳ね、角度を変え、セレネの背後へ回り込んでいた影の糸を断ち――切れた影が赤い煙となって散った。


「俺は、飲まれるなと言っているんだ」


 セレネがそれを聞いて一瞬驚いたが、すぐに息を吐きながら俺に視線を向けようとする。


「セレネ、前を見ろ」

「え……」

「俺を見るな。”姫”を見るんだ」

「……」


 俺の言葉に、セレネはそれ以上何も言えなかった――多分、言っている意味を理解してたのだろう。

 それを聞いていたエルヴィーラが静かに笑う。


「フフ、優しい主なのね」


 その声には、棘のようなモノがある。


「月影の巫霊を駒として使わない……傷を見て、迷いを見て、それでも前に立たせる。随分と残酷な優しさだわ」

「駒なら迷うなと命じるかもしれないな……だが、道具なら壊れるまで使うかもしれない」

「違うと言うの?」

「ああ、違う」


 即答した。

 セレネは俺の召喚獣だ。

 契約で繋がっている。

 戦場で命じることもあり、危険な場所へ送り出すこともある。

 だが、それは駒だからではない。

 セレネには感情があり、もちろん傷がある。

 忘れられない過去がある――それでも、自分で前に出ると彼女自身が決めた事で――なら、俺がするべきことは一つだ。

 彼女を最後まで支えなければならない。迷いごと、痛みごと、戦える場所へ戻す為に。


「セレネ」

「はい」

「お前の戦い方でいい」


 俺の言葉に、セレネの目がわずかに揺れた。


「救えなかったなら、それも抱えて戦うんだ……失敗しても良い」

「……」


 言葉を選ぶ余裕はないし、綺麗に慰める気もない。

 セレネに必要なのは、許しではない、そして逃げ道でもない。


「お前があいつに何をしたのか、俺は全部は知らない……だが、今のお前が何を守ろうとしているかは知っている」


 血霧が左から膨らむ。


「左、低い!」


 急いで、セレネの指先が動くと、白い月光が床を滑り、低く広がった血霧を焼いた。

 赤黒い霧の中から、悲鳴のような音が上がる。


「上っ!」


 今度はルクスが反応した。

 天井から落ちてきた影の塊を、白銀の風刃で裂く。


「後ろは俺が見る。お前は前だけ見ろ」

「……ご主人様(ノア)

「返事」

「……はい!」


 今度の返事は、少しだけはっきりしており、それを聞いたエルヴィーラの瞳が細くなる。


「本当……随分と信じているのね」

「ああ」

「その信頼ごと、奪ってあげると言ったら?」

「やれるものならやってみろ」


 俺は白雨を構え直す。


「ただし、簡単には取らせないぞ」

「……人間のくせに、生意気」


 唇を微かに噛みしめながら言ったエルヴィーラが手を振った。

 次の瞬間、血霧が大きく広がり、霧の中からセレネの姿が現れた。

 いや、違う――セレネに似た何かだ。

 その顔には赤い涙が流れていた。

 偽物のセレネが、こちらを見て微笑む。


「ノア」


 瓜二つの顔で、しかも声まで同じだった。


「私は、あなたの隣にいていいのでしょうか?」


 セレネ本人の肩が震えた。

 嫌な幻覚だなそれは――そのように思いながら、俺は迷わず黒星で偽物の胸を打ち抜いた。

 しかし、幻影は消えない。

 胸に穴を開けたまま、偽物のセレネは微笑み続ける。


「私は、また誰かを傷つけます」

「うるさい」


 もう一発――今度は魔力の核を狙う。

 だが、幻影は血霧となって散り、すぐ別の場所に現れた。

 これは俺を狙っているように見えるが、実際にはセレネを狙っている。

 俺の反応を見せることで、セレネの罪悪感を煽っている。

 よくできているからこそ、腹が立つ。

 だが、セレネはどうやら同様している様子が見れる。


「セレネ」


 再度声をかけ、反応するが、彼女は変わらず青ざめた顔をしている。

 そのまま、俺に声をかけてきた。


「ご主人様、私は――」

「黙れ」


 今度は白雨を撃った。

 弾丸は幻影を直接狙わない。

 壁に当たり、床に跳ね、棺の縁でさらに角度を変え、そして、幻影を生み出していた血霧の根元を背後から撃ち抜き、偽物が崩れる。

 同時に、俺はセレネへ言った。


「お前が本当にそう思ってるなら、後で聞く」

「……」

「だが、敵に代弁させるんじゃない」

「けど……」

「お前の言葉なら聞くが……あいつの作った幻なら撃つぞ。だってあれはお前ではないのだから」

「……」


 俺の言葉を聞いて、大広間に一瞬だけ静けさが落ちた。

 セレネの月光が、静かに明るさを取り戻していく。

 エルヴィーラが再度、俺を見た――初めて、少しだけ不快そうに。


「あなた、邪魔ね」

「ああ、よく言われるかもしれない」

「そうでしょうね」


 エルヴィーラが指を鳴らす。

 血霧が渦を巻き、今度は俺の足元に絡みついた。

 冷たい、これはただの拘束ではない。

 霧が皮膚の内側へ染み込み、魔力を吸い上げようとしてくる。


「主!」

「来るな、ルクス!」


 俺は膝をつきそうになる身体を無理に止める。

 身体の奥が重い、ただでさえ万全ではないこの身体にはかなりきつい。

 だが、ここでセレネを振り返らせる方がまずい。

「っ……セレネ、前だ!」

「ですが――」

「前だ!前を見ろ!……俺はまだ立ってる」


 そのように言いながら、俺は黒星を足元へ向けた。

 そのまま発砲すると同時に魔力の流れを撃ち抜き、絶つ。

 反動で喉の奥に鉄の味が上がる。吐くほどではないがまだ動ける。

 エルヴィーラの声が、静かに響く。


「ほら、揺れる……そして、あなたはまた守りたくなる。今度こそ奪われたくないと思う。そうやって、あなたは私よりも今の主を選ぶのね」


 セレネの月光が、また少し揺れたのを見逃さなかった。

 だからk俺ははっきりと告げた。


「セレネ!選べ!」

「え……」

「俺を守るために崩れるか!」


 そのように言いながら、今度は白雨を握りしめ、構える。

 

「俺を信じて前へ出るか、だ!」


 その言葉を聞いても、セレネはすぐには答えない。

 だが、その沈黙は迷いではなく、彼女は静かに、そして深く息を吸う音がした。

 次の瞬間、白い月光が広がった。

 まるで夜に差し込む月光のように、静かで、綺麗な輝きだった。

 セレネが一歩踏み出す。


「――姫」


 声が変わった、そんな気がした。


「私は、あなたを忘れません」


 徐々に、白い光が床を満たしていく。

 それでも尚、彼女は前に進む。


「あなたの痛みも、あなたの怒りも、私が奪ったものも、なかったことにはしません」


 エルヴィーラの深紅の瞳が、細くなる。


「けれど――それでも、今ここで私の主を奪わせはしません、私の主は、私を信じてくれているから」


 セレネが言った瞬間、白い月光が赤い霧を押し返す。

 俺の足元に絡んでいた血霧も、月光に触れて薄れていき、吸い上げられていた魔力の感覚が切れた。

 ルクスが低く息を吐く。


「はぁ……戻られましたね」

「ああ」


 俺は口元を拭いながら答え、セレネの背中を見た。

 普段、俺は何度も彼女に支えられている。

 傷を塞がれ、魂を鎮められ、無茶をするなと叱られてきた――そのセレネが、今は俺の前に立っている。

 俺は、その背中を支える。


 俺が知っている、彼女が戻ってきた。


 セレネの月光が、大広間の中央に一本の道を作った。

 赤い夜の中に、白い道が伸びる。

 エルヴィーラはそれを見て、静かに笑った。


「……そう」


 その笑みは、冷たく、美しく、そしてひどく寂しい。


「なら、もっと壊してみたくなるわ」


 セレネは退かなかった。

 白い衣を揺らし、月影の巫霊は夜へ向かって立つ。


「いいえ……今度は絶対に私は逃げない……絶対に逃げません」


 セレネは静かに、しかしはっきりと言った。

 その瞬間、彼女の月光がさらに強く輝きを見せたのだった。


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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