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第14話:鏡像

 騎士団の副団長であるヴェシメロニの裏切りから一日――窓から差し込む午後の光が、評議会議室の緊張感を白く照らしている。温かみは、まるでない。

 重苦しい雰囲気の中、評議員たちは揃って、シトルーナに氷のような視線を突き刺すように向けている。

「知らぬ存ぜぬで通ると思いか?」

 法務大臣が冷たく言い放った。

 ここまで、シトルーナの弁明は冷たく切り捨てられてきた。形だけの申し開きなど、評議員たちは端から聞く気はない。娘であるシトルーナを悪魔の子と決めつけ、糾弾することに集中している。

 何度も、ルシッカは口を挟みたい衝動に駆られた。それでも、国王として成り行きを見守ることに徹する。自分の発言が、シトルーナを不利にする可能性もあると慎重になっている。

「身内の毒すらも見抜けぬ者が軍師とは! 呆れて物も言えない! それは、無能か? それとも、秘密の共有者かのどちらかだろう!?」

 ヒステリックに財務大臣がまくし立てた。

 シトルーナは、ただ前を向いて奥歯を噛みしめている。言いたいことも、言い返すべきこともたくさんある。しかし、言葉にしたところで意味がない。何を言っても、無情に打ち捨てられる。

「僭越ながら、言葉の過ぎるご発言かと存じます。そのご認識は、現状と大いにかけ離れています」

 グレイプが静かに口を挟む。昨日、重傷を負ったペルナの代わりに評議会に出席しているのだが、正直呆れている。怒号や罵声。そして、机を叩く音――想像していたよりも、この状態はひどい。

「その言葉に真実があるとして、誰が信じる? 毒蛇の子に毒がないと誰が保証できる?」

 皮肉な笑みで口元を歪めて、法務大臣が冷ややかな視線を返す。

「それは同時に、毒があることの保証にもなりません」

 普段、このような場では、自分から口を開くことのないシニエが割って入った。気持ちは、グレイプと同じだ。

 ルピッツァも、もちろん同じ気持ちだ。だが、今のところは憤慨を真っ赤な顔に出すだけにとどめている。ただし、我慢の糸が切れるまで、すでに秒読みは始まっている。

「軍師殿。あなたの名前は裏切り者の一族として歴史に刻まれる」

「何を馬鹿なことを――」

 貴族の一人の言葉に、ルピッツァの我慢が限界に達した。

 それとほぼ同時、評議会議室の扉が開いた。その場の言葉が止まり、全員の視線が集まる。

「ペルナ!」

 思わず、グレイプは驚きに声を出した。評議会が始まる前に顔を見た時は、どれほど楽観的になったとしても、ペルナは歩けるような状態ではなかった。

 その驚きは、シニエとルピッツァも同じだ。泥をかぶったような顔で立ち尽くしていたシトルーナでさえも、目を丸くしている。

「遅れて申し訳ありません」

 短く言って、ペルナは騎士団長の席に腰を下ろす。

「第一騎士隊長。そこは――」

「何でしょう? 団長と副団長共に不在の今、第一騎士隊隊長の私が座る席だと思いますが?」

 ペルナは、咎めるような視線と口調をはね退ける。

「よろしいですか? まず、我々……騎士団は、全面的に軍師シトルーナを信頼します。父親は、父親。シトルーナに落ち度はありません」

 それから、そのまま続けた。

「い、いきなり現れたと思ったら……何を!? 万が一、内通していたらどうするつもりだ!?」

 財務大臣のヒステリックな声が、さらに大きくなる。他の評議員たちも一斉にざわつき始めた。

「私が斬ります」

 ペルナは表情一つ変えない無機質な声で返す。

「父親には負けたくせに?」

 誰かが言った。「そうだ」「そうだ」と声が続く。

 騎士団側は、一瞬にして凍りついた。

 しかし、ペルナは「そうですね」と頷きを返す。

「確かに……ヴェシメロニ……には負けました。ですが、シトルーナには勝てます。皮肉を言いたいなら、いくらでもどうぞ。ただし、それは私に対してだけにしてもらえますか?」

 表情も口調も穏やかと表現できるほど、落ち着いている。しかし、身にまとう空気には底知れぬ怒りを含んでいる。

「この件に関して、シトルーナに何か言いたいことがあるのならば、私を通してください。個人への侮辱は、騎士団への侮辱と見なし、徹底して抗議させてもらいます」

 ペルナは、評議員一人一人に目を向けた。ほとんどの者が目をそらす。

「な、何を……それこそ、出過ぎた発言ではないのかね!」

 珍しく顔を赤らめた法務大臣が、憤怒にわななきながら声を荒らげた。

「ああ、それと……俺が負けるのであれば、この国は終わると思ったほうがいいですよ」

 相手の声の大きさなど意に返さず、ペルナは静かに言い放ってやった。

 評議員たちは絶句する。そのような言われ方をしたことがない者ばかりだ。それが脅しなのか、挑発なのかさえ、判断ができない。

「今日は、ここまでにしましょう! シトルーナのことは、騎士団に預けます。それと、ヴェシメロニ殿……ヴェシメロニの件も一任します。騎士団としての誇りを見せてください。それで、いいですね?」

 ルシッカは立ち上がった。これ以上は看過できない。それから、ペルナを見た。顔色が悪い。重傷だという話は聞いている。それに、ペルナだけではなく、シトルーナのためにも不毛な糾弾は終わらせたほうがいいと判断した。

「はい。お任せください」

 ペルナは立ち上がり、頭を下げる。その瞬間、顔を歪ませた。


 ルシッカが退室し、評議員達が居心地悪そうに足早に部屋を出て行く中、ペルナは落ちるよう椅子に座った。目を閉じて、痛みを堪える。これでよかったのか? 自分に問いかけるが、答える声よりも痛みの方が大きい。

「ペルナ! 何をやっているんだ!?」

 グレイプが駆け寄る。シニエ、ルピッツァも後に続く。

「シトルーナ。悪かったな……あんな言い方して。お前だって、ちゃんと強いのにな?」

 だが、ペルナの目はグレイプではなく、少し離れたところで戸惑いに立ち尽くしているシトルーナに向いた。

「い、いいえ。ありがとうございました!」

 先ほどまでとは違う、いつも通りのペルナらしい表情に、シトルーナは深く頭を下げる。その勢いで、一滴、涙が床に落ちた。

「ペルナ!」

 直後、状況は一転した。ペルナは頷いたかと思うと、そのまま体が傾き、椅子から落ちそうになる。とっさにグレイプは支えるが、体に触れた手が感じた熱と汗の量に血相を変えた。

「ほら――! ボクは駄目だって言ったんですよ! でも、でも……」

 評議員たちが全員退室したのを確認してから、騎士見習いのマノが飛び込んできた。ペルナの状態を見て、泣き声になる。

「俺が負けるのであれば、この国は終わる……だなんて、よく言えたもんだな」

 ルピッツァが鼻で笑う。

「お前、こんな時に……」

 シニエは咎めの言葉を言いかけたが、ルピッツァがペルナを背負った姿を見て、口を閉じた。

 ……俺たちは、まだ大丈夫だ。ふと、シニエは思う。ヴェシメロニの裏切りに動揺はしている。何もかもが、ひどい状況にあることはわかっている。それでも、まだ俺たちは完全に崩されてはいない。そう信じられる、と拳を握った。

 崩されてはいない――その希望は、すぐに絶望へと塗り替えられる。


 それから、ミュルキス国による襲撃の報告が届いたのは、二日後の昼を少し過ぎた頃だった。

「俺も行く!」

 王城内の施療院のベッドの上、ペルナは起き上がるだけで顔をしかめる状態にもかかわらず、頑なに言い張る。

「そんな体で何ができる?」

 グレイプが呆れ顔で言い返す。出撃前ではあるが、先日の評議会のことを踏まえて、安静にしているように釘を刺しにきた。

「貴様は寝てろ。足手まといだ」

 ペルナの代わりに戦場に立つルピッツァも同じように思ったのか、顔を出した。

「今日は、ルピッツァ隊長とシニエ隊長も戦闘に加わってくれる。お前、二人分だ。心配はない」

 グレイプが言えば、ルピッツァは「百人分だ」とだけ言い残して部屋を出ていった。

「俺が頼りないか?」

「……そんなことはない」

 遠ざかっていく鉄靴の足音を聞きながら、グレイプは尋ねる。そういう言い方をされると、ペルナも口を尖らせるしかない。

「いい報告ができるよう祈っていてくれ」

 不満そうな顔を横目に見て笑い、グレイプも戦場へと向かう。


 ――タイヴァス王国、ヴォントレット城から東へとまっすぐ伸びる街道。交易拠点となる村の先が前線となっている。先日、戦場となった東の監視塔よりも王城に近い。敵は、確実に攻め近づいてきている。

「村には手を出すな。刃を向けぬ者は敵ではない。敵を見誤るな!」

 ヴェシメロニの指示は守られている。その上で、ミュルキスの騎士団は激しい攻めで、タイヴァスの騎士たちを圧倒している。


 その状況に苛立ちを爆発させたのは、ルピッツァだった。村を守る必要がないにもかかわらず圧されている状況に、敵の指揮官の手腕を感じずにはいられない。以前は、そうではなかった。

 こんなにも変わるのか? ルピッツァは剣を固く握り直し、騎馬の勢いのまま敵を薙ぎ払う。相手兵士の一人一人の力が上がったわけではない。軍師の能力と、それを最大限に活かす先導者の腕によるものだ。


 ――前線を眺めることができる、少し離れた高台。そこで、ペルナは馬を止めた。よく見えるというほどではないが、戦況を見るには十分な距離だ。

 不意、頭の上に何かが乗っかった。

「グレイプ副隊長の言う通りでしたな!」

 そうかと思うと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 何なんだ? ペルナが手を頭にやるのを避けて、黄色いカエルが馬の頭にぴょこんと飛び移った。

「ついて来たのか?」

「グレイプ副隊長に頼まれたのですよ。どうせ言うことを聞かないだろうから、とね。こう見えて、私は信頼に厚いだけでなく、有能ですぞ?」

 目をパチクリとさせているペルナに向かって、カエルは指をクルリと回す。同時に簡単に何かを呟いた。すると、馬も含めて、自分たちを魔力の壁が包み込んだ。

「怪我の具合はどうですかな?」

「痛みは薬で抑えてるから……ん? あれ? 痛くない?」

 カエルに言われて、ペルナは怪訝な顔をした。薬で痛みを緩和しても、完全ではなかった。しかし、今は痛みがまったく感じられない。とはいえ、触れば痛みはある。だが、馬にまたがっているだけならば、何ら問題はない。さらに透明の防壁は空気や匂いは通すのに、風は遮っている。まったくもって、不思議な感覚だった。

「私は有能であると言いましたぞ?」

 強力な鎮静効果がある防壁を張ったカエルは、得意げに「ケロケロ」と笑う。

「ふざけるな――!」

 突然、怒声が響いてきた。

 ペルナとカエルは目を向ける――その視線の先にはヴェシメロニとルピッツァが対峙していた。


 ルピッツァは剣を構え直して、視線を鋭くする。荒い呼吸ながらも、剣の一撃一撃は激しく重い。ヴェシメロニの剣と重なるたびに火花が散る。

「お前も同じだ。感情で振るう剣は、それだけで曇る!」

 真正面から力で押し潰そうとする剣を、ヴェシメロニは最小限の歩幅で斜めに体を入れ、刃を滑らせ、軌道をずらして流す。そのまま手首を返せば、ルピッツァの剣は行き場をなくして地面を打った。

 しまった!? ルピッツァが声を出すよりも先に、ヴェシメロニは剣先をその喉元に突きつける。

 まさにその時、一本の矢が剣を弾いた。


「ルピッツァ、避けろ!」

 シニエの声が響く。とっさにルピッツァは地面を蹴った。

 そうかと思うと、ヴェシメロニの頭上から雨のように無数の矢が降り注ぐ。風下からの攻撃ではあるが、緻密な計算と技術が備わった弓兵たちの狙いは的確だ。

 ヴェシメロニは身を守るように外套の陰に身を隠す。魔術が施してある外套は、降り注ぐ矢を雨粒のようにパチパチと弾き、地面へと滑り落とした。

 第二、第三と攻撃が続いても、それは変わらない。それどころか、矢の軌跡から弓兵の居場所を敵に特定され、一気に攻守が変わる。

「退け!」

 まずい。シニエは無理を強いることはせず、弓兵たちに撤退を告げる。

「引き際はいい。だが、それだけだ」

 外套を風に翻し、ヴェシメロニは「ふん」と鼻で息をついた。


 その隙をついて、グレイプが数名の兵を率いてヴェシメロニを取り囲む。ジリジリと間合いを詰め、二人の兵士が同時に斬りかかる。

 ヴェシメロニは、一人の剣を受け止める動きを見せた。だが、もう一人には目もくれない。次の瞬間、ガキィン! 鉄が鉄を受け止める金属の重い音が響いた。直後、それ以上に大きなガァン! という衝撃音が辺りに響き渡った。飛来した斧が鉄のひずむ音と共に突き刺さり、もう一人の兵士が崩れ落ちる。

 何が起きた!? グレイプが目をやれば、ヴェシメロニの背後で、ミュルキスの兵士が援護の体制に入っていた。

「散開!」

 兵たちに指示を出し、グレイプは即座に自分がヴェシメロニと対峙する。

「ペルナのまねか?」

 仲間を守り、自分が前に出る姿を揶揄する。

「まさか」

 グレイプは剣を右手に持ち、左手に炎を浮かべた。仕掛ければ、かわされるだろう。待つか? いや、待っても仕掛けてくることはない。頭の中で最適解を探す。

 グレイプは左手を突き出した。ゴォッ! と火の玉が、ヴェシメロニをかすめて後方のミュルキスの兵士に直撃する。さらに爆発音が轟いた。風が土煙を舞い上げる。

 今だ! グレイプは剣を振り上げて、一歩を大きく踏み込んだ。しかし、すぐにハッとして横に跳ねる。

「お前は、ペルナの下で弱くなった」

 感情のない声と同時、まっすぐに突き出されたヴェシメロニの剣が、避けるグレイプの頬を撫でた。その一閃を追って薄く赤い線が浮き出る。

 しまった! そう思った時には、もう遅い。ヴェシメロニは片足で地面を強く踏みつけ、そのまま体を回転させて半月を描くように追撃の剣を振り下ろす。

 ガキィン! 体勢を崩しながらもグレイプは剣を受け止める。その衝撃を利用して、さらに後ろに飛んだ。


 ――高台の上、すべてを見ていたペルナはうつむいて、目を閉じた。握った拳の中で爪が手のひらに食い込む。

「どうしました? 傷が痛みますかな?」

 カエルが心配そうに顔を覗き込む。

「あれは、俺の戦い方だ……全部。あの判断は、俺だってする。あの場所に、俺がいても何も変わらない……俺は……何度だって負ける!」

 ペルナは吐き出すように言った。


 依然として、グレイプの目はヴェシメロニに向いている。その背後では、こちらの状況とは違いタイヴァス側が押し返し始めていた。

 ふと、ヴェシメロニは剣を鞘に収める。

「お前たちは何のために剣を握る? 何に命をかけている? 今のお前たちに何が守れる? そう伝えろ」

 そう言って、走ってきた馬に飛び乗った。それを合図に、ミュルキスの兵士たちは引き上げ始める。


 戦場では、タイヴァス側がミュルキスを退けた。それでも、ペルナは敗北を感じずにはいられない。自分は戦ってもいないのに負けた。……届かない。手を見れば、爪が食い込んだ跡が赤く滲んでいる。

「本気で殺すつもりで来い、か」

 呟き、その手を再び握りしめる。

「でも、どうしろってんだ……どうやって?」

 苦しさは、腹の傷よりも重い。答えは、戦場のどこにも転がっていない。

 血の匂いが残る指先を、痛みが走るほど強く握りしめる。今は、それしかできない――。

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