第13話:強風
ガキィン! ペルナが勢いのままに叩きつけた剣を、ヴェシメロニは受け止めて力強く弾き返した。
すぐさま地面を踏みしめて弾き飛ばされた体勢を立て直し、そのままペルナは間髪入れずに剣を振り下ろす。
「どうして――何でだ!?」
鉄と鉄が噛み合った瞬間、咆哮が周囲の空気を震わせた。籠手を通して、衝撃が痺れとなり伝わる。
「何で、そっち側にいるんだよ!?」
ペルナの瞳の奥にある理性は崩壊し、血走った白目は怒気に染まっている。頭が理解するよりも先に、体が反応した。これは裏切りだ。
力と力で押し合う。互いの剣が食い込み、簡単には離れない。鉄が軋む音がするだけで、ヴェシメロニは何も言わない。
不意、ペルナの脳裏に騎士団長の最期の姿がよみがえる――整えられたベッドの上、まるで飾られるかのように、剣を背中に突き立てられて横たわっていた。そして、その傍に立っていたヴェシメロニの姿。
「副団長……あんたか? あんたが団長を殺したのか!?」
そう言った瞬間、金属の悲鳴が瞬時にガキン! キィン! という剣戟の音に変わる。
「暗殺も……ヤルヴのことも知ってたのか!?」
激しい打ち合いの中、ペルナの言葉は増えるが、依然としてヴェシメロニは黙ったままだ。その沈黙が怒りを挑発し、剣圧を増幅させる。
「違うなら違うって言ってくれ!」
何度めかになるペルナの力任せな攻撃は、沈黙のままに受け止められた。
交差する剣。近づく顔。しかし、互いの心は一向に噛み合わない。ギリギリ――金属の軋む音の中、ふと、ペルナは気づきに目を見開いた。
その次の瞬間、ヴェシメロニは受け流すように剣を滑らせ、黒い外套を翻した勢いのまま対峙する鎧に剣を叩き込んだ。
ペルナは衝撃で息を詰まらせて、体がくの字に折れ曲がる。そのまま倒れ込みそうになるのを、なんとか膝をついて堪えた。
「感情で剣を振るうなと言ったはずだ」
頭上から低い声がする。苦しさと激痛に歪んだ顔を持ち上げれば、ヴェシメロニの手から伸びる剣の切っ先が目の前に突きつけられていた。
「その剣は……まだ……タイヴァスのものだ」
敵なのか? まだ味方なのか? 激痛に腹を押さえながら、ペルナは声を絞り出す。睨みつける視線――その先に続く、剣の鍔部分にはタイヴァス王国の紋章が刻まれている。
ヒュッ。風を切り裂く音の直後、澄んだ金属音を鳴らし、ヴェシメロニは剣を鞘に収める。
「ただの使い慣れた剣だ」
そして、静かに吐き捨て、背を向けた。
「だから……何でなんだよ? くっ……カハッ! ゴホゴホ!」
剣を地面に突き立て、ペルナは這い上がる。口から溢れる血を拭いもせず、ただ前を睨みつけた。
黒い外套が半身に振り返る。
「犠牲の上に成り立つ平和などあってはならない――そのような理を、俺は認めない」
冷ややかな視線が、自分を睨む視線を切り捨てた。
「俺を止めるなら、本気で殺すつもりで来い」
表情は変わらない。息一つ乱れていない。その迫るような低い声は、静かな殺気を醸し出す。
研ぎ澄まされた剣の切っ先よりも鋭い眼光に射抜かれて、ペルナは体の負担に耐えられず膝をついた。
待て! 行くな……。意識が遠退きそうになるのを堪えて、自分から離れていくヴェシメロニの背中を睨みつける。
しかし、無情にも翻った外套は振り向くことはなかった。今まで当たり前のように見てきた背中だ。それなのに、そこにあるのは濃藍色ではない。まるで知らない黒色の外套。伸ばしかけた手は虚空をさまよい、そのまま地面に落ちた。
二人から距離をとって見ていたメロニエルは、ヴェシメロニの後に続く。その途中、一度だけ、ペルナを一瞥した。その瞳は笑うでも、同情するでもない。ただ、これが現実だとでも言うかのように冷たいものだった。
ルパレが、その場に倒れ込んだペルナに駆け寄る。
「ペルナ!」
遅れて、グレイプも駆けつけた。ランドの魔術の直撃は免れたものの、ダメージはある。足を引きずり、顔が火傷と煤で汚れている。
「誰か! 手を貸してくれ! 手を……」
グレイプは振り向くが、目の前の景色は悲惨だ。崩れた監視塔。穿った大地。兵士の遺体。深手を負い呻きをあげる兵士の姿。その瞳に映る景色は、瞬く間に希望を失い、灰色に染まった。
「……シトルーナ」
しかし、ふと何かを思い出したように周囲を見回す。ここへは来ていなかったか。グレイプは、ほんの僅かな安心と多大なる嘆きにうなだれた。
――ヴェシメロニとメロニエルの視線の先、戦場には似つかわしくない華やかな馬車が林の奥に留まっている。隠れているのかどうか、まるでわからない。
馬車の扉が左右に開かれると、そこから優雅な立ち振る舞いで王妃が姿を現した。
「いつも自分の目で見たいとは思うけれど……この匂い、嫌いだわ」
戦場からの風に、不満げな顔で鼻を絹のハンカチで覆いつつ、二人が目の前まで来るのを待つ。その姿は、この場に――この世界に、自分に刃を向ける者などいないという絶対的な自信に酔いしれている。
「ランドは思ったほど使えなかったわね」
声が届くほどまで距離が縮まると、こともなげに言った。
「でも、いいわ。あなた、タイヴァスの副団長でいらしたのよね? 代わりとして、十分使えるのでしょう?」
そして、ヴェシメロニに向かって忠誠を量るかのように片手を差し出す。
どうする? メロニエルは少しだけ興味深そうな表情を浮かべた。
ヴェシメロニは、差し出された手に何ら反応を示すことなく、ただ冷ややかな視線を向けている。
「くっ……失礼」
思わず、メロニエルは吹き出してしまい、口元に手をやり咳払いをした。
「うふふ……おかしな人ね。わたくしの手を汚いとでも思っていらっしゃるのかしら? あなたたちの血と汗に汚れた手に比べたら、遥かに清らかでしてよ?」
王妃は表情を引きつらせて笑顔を繕う。
「いいわ。その不遜な態度……もしも実力が伴わなければ、死を意味するだけのこと。あなたの自信が、その高潔さに見合うものかどうか見極めさせていただくわ」
それから、冷たい声の余韻を残したまま、何事もなかったかのように、その手でドレスの裾を払った。
「ところで、あの男……あなたに剣を向けたタイヴァスの兵士? まだ生きてるの? せっかくだから一緒に連れていくのはいかがかしら? 面白いおもちゃになりそうだわ」
ヴェシメロニは自分に向けられている尖った視線を無表情で受け流し、鶏が鳴いてる程度の反応を残して、自分の馬が待つ方へと足を踏み出す。
「まずはタイヴァスを滅ぼしなさい」
王妃の声のトーンが変わった。微笑みがひび割れ、余裕が枯れてヒステリックな花を咲かせる。
「世界の理は、わたくしのものであるべき。そうでしょう? えっと……ルシッカ国王でしたかしら? 陛下のかわいい弟君。早急にその首をはねて、私の前に持ってきていただける? あ、それと――」
最後まで言い終えるのを待たずに、ヴェシメロニの剣が王妃の胸を貫いた。一瞬の出来事に、本人でさえも己の身に起きた悲劇を理解できないまま絶命した。
ヴェシメロニは地面に崩れ落ちた王妃を冷たく見下ろし、鋭く剣を振り下ろして刃についた血を散らす。
おやおや……なけなしの愛国心? その冷たい瞳の奥で、青い炎のような怒りが小さく揺らいでいるように、メロニエルには見えた。
「何をしているんですか?」
しかし、触れない。それだけではなく、咎めもしない。ただ呆れてみせる。
「誰が後始末を?」
困りましたね。美しい顔がため息に曇る。
御者を始めとする、数名の護衛の兵士たちが動揺に互いの顔を見合わせている。だが、メロニエルが目を向けると、素知らぬ顔で姿勢を正した。
「そうですね……あの魔術師の仕業にしますか」
ふう、と息をついてから、メロニエルは後方を振り返る。その視線は崩れた監視塔には届かない。
「……好きにしろ」
ヴェシメロニは短く言い、再び馬の方へ歩き出した。
風が止んだ。聞こえるのは、敗北の嘆きだけ。前国王の仇を討った余韻などない。
タイヴァス王国の騎士たちは重い甲冑を引きずり、自分たちに背を向けた副団長とは真逆の道を引き上げていく――これで終わりではない。これが始まりなのだ。




