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第12話:真打

 東の監視塔までの街道を、ペルナは馬に揺られている。その心の中からは疑念が消えない。

 街は背中の遠く。木々や緑が増えてくると、鳥は羽ばたき、どこからか狼の遠吠えが聞こえてきた。

 本当に信じていいのか? 馬が打ち鳴らす蹄の音に合わせて、胸がざわめいている。


 ――数日前。

 城下町の外れで、ある男と会った。

「次のミュルキスの狙いは、東の監視塔の近く。黒幕はランドという魔術師。目印は、左足が水晶化しています」

 修道士のフードを目深にかぶり、メロニエルは低く告げた。

「それを、何で俺に?」

 ペルナは眉をひそめる。

 メロニエルは何も言わずに手を差し出した。そして、手を出せと少しだけ顔を傾ける仕草で促す。

 何なんだ? 訝しげにしながらも、ペルナは手を出した。

「……これは」

 思わず、言葉に詰まる。差し出した手のひらの上に乗せられたのは、ヤルヴの小さな黄色い花だった。


 ――現在。

 東の監視塔が見えてきた。

 また、何か裏があるのか? ペルナは眉間のしわを深くして、馬の手綱を握り直す。これで罠だったら目も当てられないぞ。


 ドォン! 街道から外れた監視塔の礎石が爆砕し、石煙が噴き上がった。

 すでに戦闘は始まっている。街道を駆けてきたタイヴァスの兵士は、援軍要請を出したばかりにもかかわらず第一騎士隊の到着の早さに驚いた。

「弓兵、援護しろ! 他は、俺に続け!」

 ペルナが腹に合図を送ると、馬は主の意思を汲んで戦いの真っ只中へ突進した。

 馬から飛び降り、ペルナは抜いた剣を敵に振り下ろす。相手が受け止めれば、甲高い金属音が響き、火花が散った。鉄が鉄を削る感触が剣を伝う。

 これは人間だな。相手の手応えと目に見える反応で判断する。即座に剣を弾いて、逆手で腹部へ刺突を入れた。

 そのままの勢いで、違う敵に向かう。薙ぎ払う斧の鋭さは本物だ。しかし、まるで殺気が感じられない。黒目は土人形のように光を反射していない。

 こいつは、魔術だ。ペルナは、異形の頭に剣を思いきり叩き込んだ。

「グレイプ! 魔術師を探せ!」

 叫んで、自分に襲いかかる敵の剣を受け流した。その勢いで、相手の顔面に柄頭を叩きつける。


 グレイプは敵の攻撃をかわしながら、魔術師を探す。できるだけ大きな動作を避けて、刺突重視の戦い方に切り替えた。

「厄介だな」

 敵の数は多くないように見える。しかし、魔術で召喚された敵は消しても、またすぐに現れるため数が減ることはない。

 敵の動きを見切る視界の端、ふと違和感を覚える。グレイプは受け止めた剣を滑らせて軌道をそらし、すぐさま突きを入れた。そして、違和感の正体に目を向ける。

 全身を重装備で固めているが、その動きはまるで素人のような者がいる。味方の中に紛れるようにして立っているが、明らかに怪しい。

「ペルナ! お前の二時方向、岩の前!」

 駆け出すよりも先に、グレイプは叫んだ。


 二人は同時に走り出す。途中に立ちはだかる敵を切り倒し進む。近くの兵士たちが動きを察して、二人を援護する。

 ガギィン! ペルナとグレイプの剣が重装備の者を前後から挟み撃ちにした。

 逃げ場のない衝撃に、敵は鎧の重みのまま地面に崩れ落ちる。その瞬間、魔術が解かれ、敵の数が半分以下に減った。

「そうだ……左足」

 ペルナは倒れている者の膝裏のベルトを剣で引きちぎり、強引に足のパーツを外す。

「こいつが……ランドだ」

 露わになった膝の部分が太陽の光を反射した。水晶の冷たい色が人体と思わせない。だが、確かに人の足だ。

 それから、顔まで覆っているヘルムを外す。そこには、人間の顔がある。やっぱり人間なのか? ペルナは顔をしかめる。

「こいつが……国王を?」

 グレイプは整わない呼吸に肩を上下させながら言った。ちらりと見て、すぐに目を戦場に戻す。劣勢になったミュルキス国の兵士たちは逃げ始めている。

 ペルナは「ああ」と返すが、腑に落ちない。こんなに簡単でいいのか? そう思った瞬間、ランドの顔が枯れ枝のような色に変わった。

「何!?」

 ペルナは後ろに引く。突然、目の前の人間が鎧の内側から大きな炎を燃え上がらせた。そうかと思うと、バチバチッと何かが爆ぜるような音と共に灰も残さずに消えた。

「これも魔術か?」

 かざした手をそのままに、グレイプは驚きに目を見開く。

 サワッ。戦場の風にしては生ぬるい風が、ペルナの前髪を揺らした。

「違う! こいつじゃない!」

 とっさに風上に顔を向ける。

 煤ける監視塔の瓦礫の上、黒灰色のローブのフードを目深にかぶった男――ランドが杖で身を支えている。その足元、ローブの裾が翻るたびに水晶が不気味に光った。

 男はゆっくりと杖を持ち上げ、ペルナを指し示す。そのフードの下、口元に獰猛な笑みを浮かべた。

 ……あいつだ! ペルナは脳裏に、玉座の横に立った黒装束の者の姿を鮮烈に蘇らせた。

「あいつ……よくも!」

 剣の柄を握り潰さんばかりに力を込めて、地面を蹴った。しかし、風は緩やかなのに前に進まない。ともすれば、風に押し返される。

 グレイプや味方の兵たちも異変に戸惑う。立っているだけで、生暖かい風にあおられて、体がじわじわと動く。

「くそ! 俺は、また届かないのか――!」

 ペルナは喉を裂かんばかりの咆哮をあげた。

 その叫びを引き受けるかのように、一頭の黒い狼が風の中を走り抜けていく。風など、まるでものともしていない。

「悪いな。あれは、オレの獲物だ」

 ペルナの耳には、確かにそう聞こえた。

「ルパレ?」

 何でだ? どうしてここにいる? 思いもしない者の登場に、一瞬だけ戸惑う。だが、その目は吸い寄せられるように狼を追いかけ続けている。


 ルパレは、ランドへと一閃の光のごとく一直線に突き進む。

「犬ころが……まとめて消してくれるわ」

 ランドの手から杖が離れ、浮かび上がった。杖にかざすように手を上げて、しゃがれた声が魔術の詠唱を始める。

「ペルナ! グレイプ! 逃げろ――!」

 ルパレは叫んで、それまで以上に大地を蹴る足に力を込めた。


 その場の兵士たちの足元、ぐらりと地面が揺れた。土や小石が小さく震えている。

「な、何だ? おいおい。嘘だろ……全員、退避! 今すぐ逃げろ!」

 土に細かいひびが入り、その揺れる隙間に嫌な色を見て、ペルナは叫んだ。

 その数秒後、大地が大きな火柱を上げた。火山の噴火のように炎と燃える土が、兵士たちを巻き込んで吹き上がる。


 ルパレは背中に轟音と悲鳴を聞きながら、その牙をランドの喉に食らいつかせた。

 熱風と土煙の中から飛び出してきた衝撃に、ランドは目を見開く。

「くっ……かはっ! な、何者……だ?」

 杖が落ちて、木材の軽い音を立てる。ランドは喉からあふれる血をせき止めもせず、問いの答えを求めた。

 しかし、答えはない。その代わりに、牙がさらに肉を深く裂く。

「はっ……そ、そうか……お前は……理の側の!?」

 手に炎を宿し狼に向けるが効かない。だが、払い除けようとする手は、その体を殴りつけることができる。ランドは察した。

「な、何故、失敗した…何故……ちゃんと俺を殺さなかった」

 吐き出す息に血が混ざり、飛沫となる。この狼が、自分が憎むべき理側の存在であるということを理解する。だが、今となっては遅い。その体は、狼の牙から抜け落ちるように、力なく瓦礫の上に落ちた。

 ランドの見開かれた目は何も映すことなく、空を見る。左足の水晶が、徐々に全身を蝕む。白髪の一本までも透明に変わり果てるまで、それほどの時間はかからなかった。

「同情はしよう。だが、謝りはしない。オレは立会人に過ぎないからな。儀式が出した不始末を処理しただけだ。文句は……理を作った者に言ってくれ」

 その抑揚のない声は、言葉通り同情している。

 やがて、ルパレの目の前で、水晶となった復讐の権化はキラキラとした輝きを放って風の中に消えていった。


 大地には巨大な魔力爆砕の痕跡が残り、大きな口のような丸い穴を開けている。

 その穴の淵、ペルナは倒れこんでいた。

「痛え……みんな、大丈夫か?」

 頭を押さえて、体を起こす。灰と土がパラパラと体から落ちる。

「大丈夫か?」

 ルパレが声をかけた。まだ、姿は狼だ。

「ああ、何とかな……お前は、一体――」

 体を反転させて座り直した瞬間、ペルナは絶句した。自分の爪先の数センチ先には、もう地面がない。嘘だろ? ハッとして周囲を見る。

「ペルナ」

 呼ばれた声に振り向けば、グレイプが少し離れた所で仰向けに倒れている。顔だけが、こちらを向いている状態だ。

「いつから、犬を飼い始めた?」

 その軽口に、狼面は不快そうに鼻の頭にしわを寄せた。

 あまりにもグレイプらしくない冗談に、ペルナは口元を少しだけ緩める。だが、笑えない。視認できる限りでは、多くの兵士が助からなかった。

「立てるか?」

 ペルナは立ち上がる。相棒を助けるために足を踏み出そうとした――その瞬間、狼が唸り声をあげた。

 何だ? ゾクゾクするような嫌な感覚が胸をざわつかせる。ペルナは、ゆっくりと顔を振り向けた。


 灰が燻る戦場の匂いが届く距離に、黒い外套の男が立っている。崩れた監視塔。穿った大地。そして、倒れている兵士たち。それらを映す目に感情はない。

 その隣には、メロニエルの姿がある。だが、その視線は一度もペルナには向けられない。

「副団長殿」

 鎧の上に暗紅色のサーコートを羽織っている姿は、ミュルキス国の騎士団の一員であることを物語っている。

「ご挨拶でもなさいますか? ヴェシメロニ副団長……いいえ、ヴェシメロニ殿?」

 笑みに持ち上げた唇の端は、美しいほどに冷たい。

 ヴェシメロニは黒い外套を翻して振り向いた。その表情は冷たいというよりも無機質だ。

「話すことなどない」

 低い声は重い響きと共に吐き捨てられた。

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