43.Verse 02 -AΩ-
「これは……」
乗艦であるグラディウス級巡洋艦「ロングソード」のHAF格納庫には、連邦軍の最新鋭機「エナメナ」が所狭しと並んでいた。通常なら数機しか搭載しないはずだ。だが今は限界ぎりぎりまで積み込まれている。
今回の軍事行動は脅しではない。
詳細を知らぬ乗組員でさえ、これが本気の侵攻作戦ではないかと疑い始めている。現に艦内の空気は明らかに浮き足立っていた。
自身の搭乗機であるエナメナ試作改造機――「グリフィス」に見覚えのない装備が追加されていた。機体の背面に増設されたそれを覗き込み、彼は専属の整備兵に声をかけた。
「あの装備は?」
「あ、マクシミリアン大尉。こちらは例の戦術兵器――『ΑΩ』です」
これが例の……思ったより小さいな。
「まだ開発中のはずでは?」
「今回の騒動にかこつけて『アルファポイント』から未調整品を徴用したらしいです」
そう言いながら整備兵は仕様書を表示したデータパッドを差し出してきた。それを受け取り、一通り流し見る。
「反物質兵器か……ついこの前、反プロトンの安定格納に成功したばかりだろうに」
つい、ため息が漏れてしまった。研究成果が出れば即座に兵器転用する。連邦の節操のなさには、もはや呆れを通り越して感心すら覚えた。
「ええ、そこに記載されている通り、強力な磁場による力技で安定させています。今回の装備も無理やり小型化しているので気をつけてください」
「……戦闘機動に耐えられるのか?」
「わかりません。試験前なので。超電導を維持している冷媒さえ漏れなければよっぽど――」
……使い終えた駒なら失っても構わないということか。
「大尉?」
「いや、なんでもない」
その反応を不安の表れと受け取られたのか。部下に悟られるほど今の自分は腑抜けているのだろう。
「グリフィスのコンセプトが電脳制御による超高速単騎突入戦術なことはAΩ開発チームにも伝わっています。それを踏まえた制御装置なので、ある程度の無茶は想定しているはずです」
……気を遣わせてしまったか。
「ありがとう。少し安心した」
「いえ、大尉なら大丈夫ですよ。今回もこれだけの艦隊戦力を出してますし、たとえ戦闘になってもこいつの出番はないですって」
「そうだな、そうだといいな……」
彼は知らされていない。この作戦を――
それは、HAF格納庫に向かう一時間前のことだった――
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呼び出された参謀執務室でいつもの神経質そうな顔と向き合っていた。
『マクシミリアン大尉。君に新たな任務がある』
『……スパイとしての役目は、もう終えたはずですが』
『月軌道艦隊はまだ君を必要としている――『オペレーション・ナイトフォール』の主役を務めてもらいたい』
今やただのパイロットに過ぎない自分に何をさせるつもりだ……。
『ナイトフォール? また大仰な名をつけたものですね。脅しではなく侵攻を決断したのですか』
目の前の男は馬鹿にしたように鼻で笑った。相変わらずだ。仕草の一つ一つが神経を逆撫でする。
『人聞きの悪いことを言うな、大尉。我々に侵略の意図はない。ただし──正当な報復であれば、我が艦隊は自衛と国家の威信のため実力行使も辞さない。そういう話だ』
不快な笑みだけが貼り付いたままだ。
『……何をなさるつもりですか』
いけすかない上官だが口が軽いのが幸いだ。末端でしかない私に奴は得意げに計画を語った。
『我々の分艦隊は現在、セランと連邦の境界宙域へ向かっている。最終目標はセラン外縁部の第三発電所だ』
『発電所を攻撃するおつもりですか。しかし、あれらは外縁部に十二基もあります。一つ潰したところで戦略的価値は――』
月司令の腰巾着とはいえ、この男も馬鹿なわけではない。何を狙っている?
『ああ。奴らの技術水準を考えれば、一基程度では致命傷にはならん』
『では――』
『我が艦隊のグラディウス級の一隻がな。老朽化が進んでいる』
『……は?』
突然何を言い始めるんだ……うちの艦隊は最新鋭揃いのはずだ。
『発電所周辺の強力な磁場により、エンジンルームが爆発を起こす可能性が高い。……いや、起きるだろう』
『何を――』
『航行不能となった巡洋艦は、不運にも発電所へ向かうかもしれんな』
そこまでやるのか……連邦議会を敵に回すぞ。
『そういう筋書きですか……』
『何を言う、事故だ。全チャンネルで救難信号を発信するからな』
しかし、そんなことをすれば連邦の信用は地に落ちる。誰が見ても事故に見せかけた自爆攻撃だ。対価は発電所一基。割に合うはずがない。
『そこまでする戦略的意味が理解できませんが……』
司令部は何を掴んでいるのか。
『お前が手に入れた情報には有益な情報がいくつもあった。セランの発電所の中で第三は非常に特別だ。あそこはセランの――未来人と呼ばれる勢力の本拠地に電源を供給している』
『……!?』
予言者のデータにそこまで書かれていたのか。ならば、リオたちが言っていた宇宙を救うために必要な施設に違いない。この馬鹿どものために潰させるわけには――
『奴らは電源供給地点であるここの破壊を決して許さない。我が国の自治領であるセランを不当に支配している未来人なる組織は必ず艦を撃沈する。素晴らしいリーク情報だった』
連邦――いや、月軌道艦隊の狙いはそれか。
『開戦事由にするおつもりですか?』
『さてな。しかし助けを求める味方艦を、たかだか発電所一基のために吹き飛ばす相手は敵とせざるをえないな』
強行すぎる。大義名分としては付け入る余地だらけだ。
『国家の重要施設の防衛であれば正当行為となりえますが』
『それは後の裁判所で主張して貰えば良い。セランが残っていればな?』
野心家の艦隊司令が考えそうなことだ。それに目の前のフィクサー気取りの言動からしても、この話は草案ではなく、すでに決定事項なのだろう。
『で、そんな中私に何をせよと』
『大尉、おまえの試作HAFに戦術兵器を持たせる。未来人共はおそらく、なんらかの戦略兵器を用いて衝突を防ぐはずだ。我が艦隊の主力が防衛戦を突破するためにも、その兵器を破壊してもらいたい』
『ただのHAF一機でそれが可能だと思いますか?』
自殺行為だ。未来人のことを抜きにしても、セランのSPD艦隊は質で言えば連邦軍に優っている。死ねというのか……。
『それを可能にするための機体だろう? セラン製ナノマシンによる身体強化、超能力による直感、そして優れた電脳。真の意味で融合できるお前と『グリフィス』なら、防空網を突破することは容易いはずだ。安心しろ、援護はすぐ送る。片道切符ではないぞ?』
『しかし……』
『マクシミリアン。お前はセランにとって裏切り者だ。連邦での居場所が必要だろう? これはチャンスだ。成功すれば司令部付きの中佐の席がお前を待っている』
『……』
拳を握りつつ言葉を返せなかった。立ち上がった上官が自分の肩を軽く叩いた。
『格納庫には既に戦術兵器『ΑΩ』を搬入させた。担当者のところに行き本番に備えるんだ』
嫌な顔だ。成功しても失敗しても構わない――そんな打算が透けて見えた。
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上官との会話を思い出しながら、グリフィスに取り付けられたΑΩを見つめた。
熱核兵器は条約違反だ。だが、反物質なら許されると思っているのか。大量破壊兵器を宇宙に持ち込むなという本質を無視している。
セランの重力インフラ技術が手に入るだけでも、国際的な非難に対して十分お釣りがくるとでも考えているのだろう。
事実、この侵略が成功し、セランの技術のすべてを連邦が掌握すれば、旧世紀のように超大国の頂点として返り咲けるのは間違いない。艦隊司令は軍部初の連邦大統領だって狙える。
どうせこの辺りが奴らの青写真なのだろうな。
近くの手すりを握る。自分の無力さに思わず項垂れてしまった。
すまない、アンジェ、リオ。私はどうすればいい――私にできる唯一は何だ……このくだらないウォーゲームを止めるにはどうすれば――
「いや、そうか。そうだな。難しく考えすぎていた。簡単な答えがあるじゃないか」
グリフィスに乗り込みシミュレーターを起動した。作戦開始まで、あと――




