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月でつくる未来につき、  作者: 中本すい
「光あれ」
42/44

42.Verse 01

 セラン外縁部、第三発電所――都市を取り囲む十二基の発電所の一つ。その展望室に突如まばゆい緑の閃光が走った。光が消えると、先ほどまで誰もいなかった空間にリオとエメスのふたりが立っていた。


 既にその場にいたアンジェは突然の光景に思わず後ずさった。展望室の奥、ガラス越しに(そら)を眺めていたミールはふたりの方へゆっくりと振り返った。


 ミールの瞳は前に見たときよりも光点の数がさらに増えていた。一つ一つの輝きも強くなっている。どこか焦点も合っていない。そんな明らかな異常を示しながらも、いつもと変わらぬ声色で彼は口を開いた。


「議長……彼女をあそこに連れてったんだ」

「そう。収穫はあったよ」

「……」


 ミールの星空の瞳がさらに爛々と輝いた。感情が揺れ動いているのをリオは感じた。だが、視線は虚空を見据えたまま。その可憐な容姿と相まって、本当の意味で人形に近づいていた。


 何も返さず、ミールは再びガラスの向こうを見つめ始めた。展望室から見える景色の先には、学術都市セランと自由連邦の境界宙域が広がっていた。普段は行き交うカーゴ船の光は見当たらず、遠くではセランと連邦の巡洋艦が睨み合っていた。


「連邦の月軌道艦隊だ。何を考えてるのか境界ギリギリまで来てる。あとほんの少しで領域侵犯だよ」


 ガラスに手を当てながら、ぼやくようにミールが言った。


 リオが望遠機能を使うと、こちらを向いた連邦の「グラディウス級巡洋艦」が十隻以上浮かんでいた。周囲には連邦のHAF(軍用フレーム)が何百機も広がり、(そら)を支配しているように見えた。リオの視界では連邦軍機が自動的に識別され、次々とマークされていく。ガラスに映る小さな無数の光たちは星ではなく、大量の連邦軍機だった。


 展望室に緊張が走る。まるで全面侵攻直前のような緊迫感が漂っていた。壊れそうなミールに声を掛けたくとも、彼自身の放つ空気も、状況も、それを許してはくれなかった。


 そんな中、その張り詰めた空気を最初に破ったのはアンジェだった。


「先ほど連邦の領事館から最後通牒とも取れる要求がありました。とても飲める内容ではなく、拒否せざるを得ません。……ミール先生、連邦は本当に撃ってくる可能性も……」


 それに対し、ミールが顔をわずかにアンジェへ向けて答えた。


「連邦は民主国家だから外交問題だけで引き金は引けないよ。……何をしてくるつもりだろうね?」


 様子は異様なのに口にする言葉は理知的だ。その落ち着きがかえってリオを不安にさせた。


「ねえ……ミール――」


 意を決して声をかけたリオの言葉は次の瞬間、爆発の光によって途切れた。


 リオたちのいる展望室に最も近い位置を航行していた連邦艦の一隻。その側面が爆発したようだった。(ふね)は形を保っているが、ゆっくりと高度を失っていく。このままでは月面へ墜落するのは時間の問題だ。


「え……事故?」


 呟くリオの隣で、エメスもまた興味深そうに視線を向けた。


「うわあ……そこまでやる?」


 巡洋艦は断続的に小さな爆発を起こし、その軌道を少しずつ変えていった。展望室内にアラートが鳴り響く――


『衝突警報。当施設に大型艦艇が接近中。五分後に衝突予測。直ちに避難してください。繰り返します――』


「やってくれるね。国際救難信号まで出してる。事故を装ってこの施設に突っ込むつもりか」


 冷静なミールとは対照的にアンジェが声を張り上げた。


「偽旗作戦!? こんな露骨に……巡洋艦一隻を犠牲にするなんて、正気じゃない……」


 その声にミールがゆっくりとアンジェやリオたちの方へ振り向いた。近づいてくる足取りは落ち着いている。室内を染める赤いアラート光が彼の顔を不気味に照らしていた。


「そうだね。僕たちが発電所を守るためにあの(ふね)を迎撃すれば――開戦の口実にされるだろう」


 淡々とした声が続く。


「だが、迎撃しなければ連邦の事故で終わる。国際的に非難されるのは彼らの方だ」


 なら――自分たちが今すぐここを離れれば良いのではないか。


 リオの頭にそんな考えがよぎった。だが、そんな考えは続くミールの言葉に遮られた。


「でも連邦はセランが確実に迎撃すると踏んでいる。ねえ、議長?」


 ミールの視線がエメスへ向いた。


 人間の真似事のように、その体には不要なはずのため息をひとつ吐きエメスは答えた。


「ここは他の発電所とは違う。我々の最重要施設(ソルトピラー)への最大電源供給拠点だ。全面戦争になろうとも我々はあれの衝突を阻止する」


 アンジェが小さく唾を飲んだ。国家の最高権力者が、衝突するなら撃沈すると明言した。未来人であり、最高評議会議長の肩書きを持つエメスなら、SPDを介さずともあの(ふね)を落とす手段を持っているはずだ。


 そしてその瞬間が来れば、後戻りのできない全面戦争が始まってしまう。


 嫌だ。ミールのことを思い出して、彼と共に歩めるのに――こんなくだらない戦争なんかで――


 そんなリオの心の葛藤などあたかも存在しないかのように、エメスは淡々と続きの言葉を放った。


「何か手はあるのかな? ないなら悪いけど我々は――」


 そのとき、ひとすじの流星が(そら)を切り裂いた。

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