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月でつくる未来につき、  作者: 中本すい
「光あれ」
44/44

Last Episode ―― Verse 03

 視界の彼方、艦隊のはるか上空から、ひとすじの流星がこちらに突っ込んできた。


「あれは……」

 

 誰かの呟きが聞こえた。青白い燃焼ガスがほうき星のように尾を引いている。大きさからリオはHAF(軍用フレーム)だと推定した。


「速い……推進剤を使ってるから連邦の機体か」


 ミールが視線を向けて言った。そして、その機体が近づくにつれて知ってる感覚が走った。これは――


「この感覚……マクシィ?」

「そうなの、リオ!?」


 リオの言葉にアンジェは驚きと共に反応した。展望室のガラスに駆け寄り、手を当てて光を追っている。


 ソルトピラーで記憶を取り戻して以来、リオの力は明らかに向上していた。超能力の性能が上がったというよりも、何百年分の経験値が潜在能力を呼び覚ましたようだ。あんな離れた宇宙空間でも、それが誰なのかすらわかってしまう。


 マクシィが搭乗していると思われる機体は、速度を緩めることなく真っ直ぐに事故を起こした巡洋艦へ向かっていった。機体の姿が徐々に鮮明になる。連邦の標準機であるエナメナとは少し異なっていた。よりシャープで、軍用機なのに白く目立つ。兵器でありながら、リオは思わずその美しさに目を奪われた。


「エナメナじゃない。連邦の新型?」


 アンジェの呟きが耳に入ると同時に、脳に直接声が響いた。


『――聞こえるか……?』


 ノイズ混じりの音声――OSI用の共有回線からだ。声色から間違いなく相手はマクシィだろう。


『聞こえるわ。あなた何する気なの!?』


 真っ先にアンジェが返事をした。感情的な声がリオの脳内にも響く。彼女らしくない。


『?――アンジェ……か? ちょうどいい……これから――きたら、外務省を通して……声明を――』

『何を……』

『私が――…。俺が……――為すべきことだ。アンジェ…。――リオ……あとは――』


 ノイズまみれで途切れ途切れだ。同時に小さなテキストデータが送られてきた。いま話していた声明だろう。アンジェはそれを読み込んでいるのか。目が光りながら眼球が素早く動いていた。


『……わかったわ。任せてちょうだい』

『ありが……。――そうか、自由に……――』


 そこで回線は切れた。白い機体は前方に一気に推進剤を噴射し、急停止した。発電所に向かっていた巡洋艦のちょうど前に浮かぶ。その後、機影が見えなくなるほどの量の推進剤を噴射し急加速をした。艦橋へまっすぐ突っ込んでいく。そして――


 青白い閃光が展望室からの景色を埋め尽くした。


「前が……見えない――何が……!?」


 視界がアラートで埋め尽くされる。空気のない真空の向こうから、衝撃波でも届いているかのように錯覚するほどの光だ。実際、破片が激しく当たる音が聞こえ、外部センサーは大量のガンマ線を検出していた。許容量を超えた光を浴びたせいか、展望室のガラスは白く曇っていた。遮光機能が働いたのだろう。しばらく経つと曇りが引いていった。


 ――発電所に向かっていた巡洋艦は跡形もなく消滅していた。


「核兵器? マクシィは……」


 ミールは手を翳し窓の向こうを見つめた。静かな声色とは裏腹に、瞳はとてつもない速さで動き、かつての教え子(マクシィ)を必死に探していた。


 あの光は? マクシィは何をしたの?


「今すぐ送った内容を外務省から全世界に発信しなさい! 最高評議会議長の命令よ、長官の許可はいらないわ!」


 通信のために目を爛々と光らせながら、アンジェが大きな声でどこかに指示を始めた。彼女はそのままエメスの方を見ると、それに対してエメスも済ました顔で頷いていた。今の言葉を追認したみたいだ。


 数秒後、全チャンネルで音声が流れた。発信元はセラン中心街――行政府がある地区だ。


『こちらはセラン外務省です。自由連邦月軌道艦隊および自由連邦政府に告げます。不慮の事故による我が国の重要インフラ施設と貴国艦艇が衝突する事態は回避されました。自由連邦宇宙軍将兵が自らの生命を捧げ、事故を未然に防いだことに対して、セラン政府およびセラン市民を代表して哀悼の意および深い感謝と敬意を表します。この事実を全世界に報告するとともに――』


「考えたね。すかさず感謝の声明を出すなんて。もうメンツ的に連邦は打つ手がない。たったひとりで本当に戦争を止める一手を考えたんだね、マクシィ……」


 ミールは感嘆と安堵、そしてどこか寂しさを含んだ声で呟いた。


 アンジェが近くの柱に設置されたディスプレイのスイッチを入れた。空中にいくつもの画面が浮かび上がり、今放送中のテレビ番組を映し出す。


 どのチャンネルも報道番組であり、セラン外務省の声明をリアルタイムで流していた。また、一部の番組ではマクシィの機体が巡洋艦に突っ込み、閃光とともに消える映像まで放送していた。もうリーク映像が出回っている。


 誰が見ても連邦軍が自ら始末をつけたかのように映る――これなら連邦は何もできないはず――


『速報です。自由連邦大統領府から――内容は……緊急大統領声明です! 中継回します!』


 報道番組のキャスターが慌てた声で叫ぶ。画面にはテレビで何度も目にした自由連邦大統領の姿が映し出されていた。


『――連邦軍がセランの重要設備を危険に晒したことへの責任を果たしたまでです。しかし、我が国の勇敢な将兵が犠牲を払ってまで止めた不幸を、再び起こさせるわけにはいきません。現在のセラン自治領と自由連邦との緊張状態は外交にて決着をつけることをお約束します。それに伴い月軌道艦隊に対しセランとの境界宙域から全面撤退することを命じます。これは最高司令官としての命令です』


 映像は再び番組スタジオに戻った。キャスターだけではなく多くのコメンテーターがおり、各々が口を開き始めた。


『これは……戦争の危機が去ったと見てよろしいのでしょうか?』

『そうですね。今の声明は全世界に見える形で軍事力を引かせるアピールでしょうか』

『少なくとも、大統領は全世界に向けて軍事的緊張を下げる姿勢を明確にしました。事実上の軍事オプションの取り下げでしょう』

『あの新兵器……でしょうか。それを投入してまで事故を防いだとなると、事故の自作自演説は――』

『私は本当に事故だったと考えています。しかし、もともと軍閥的だった月軌道艦隊司令部を完全に無視した撤退命令を出したことは重要です。月面の連邦内パワーバランスがどうなることか――』


 戦争の危機が去ったと感じた途端、コメンテーターたちは好き勝手に語り始めた。その腹立たしい光景は皮肉にも平和の証なのかもしれない。


 ディスプレイを眺めていたリオの視界の端で、影がゆっくりと倒れるのが見えた。反射的に視線を向ける。ミールが足から崩れ落ち、そのままうしろに倒れ込んだ。


 リオは急いで駆け寄り、ミールの上半身を抱き起こした。見た目に反して重い。ナノマシンだけでなく、骨格までも何かに置き換えているようだ。


「ミール! 大丈夫!? しっかりして!?」


 返事はない。目は虚空を見つめたままだ。瞳の星々は相変わらず強く(またた)いている。ナノマシンが暴走しているのかもしれない。


 遅れてアンジェも駆け寄ってきた。エメスはゆっくりと近づき、しゃがみ込んでミールの顔を覗き込み、小さく頷いてから話し始めた。


「戦争という一大事に対する気力だけでここ最近働いていたからね。それがなくなって限界が来たんだろう」

「ミール先生はそこまで無茶を……?」


 事情をほとんど知らされていないアンジェの声は戸惑っていた。限界だとは聞いていたが、突然倒れるほどとは思っていなかったんだろう。


「そうだね。本当に無茶をしていた。……いや、私がさせていた、が正しいかな?」


 リオは焦った。彼の精神はすでに限界だったはずだ。そこに数少ない教え子のマクシィまでも犠牲になった。ミールの精神は……。


 そのとき、彼の唇がかすかに動く。虚空を見つめていた瞳の焦点が戻ってきた。


「ごめんね、いろいろ。最近、意識を保つのも辛くて……時々、ボーッとしちゃうんだ」

 

 リオはその場に座り込み彼の頭を膝に乗せた。指先でゆっくりと髪を梳きながら、自然と言葉がこぼれた。


「仕方ないでしょ。何年も何年も……数えきれないほど繰り返してきたんだから。限界でも仕方ないよ」


 その言葉にミールの体がわずかに震えた。


「そっか。繰り返し(ループ)のことを……。あなたが教えたんだね」


 ミールは眉を(ひそ)め、わずかに責めるような視線をエメスへ向けた。拭いきれない疲労と、どこか諦めにも似た色の感情が見えた。


「演算のために、あなたが何度も繰り返し続けてるってことは知ってるよ」

「そっか。そうだね」


 ミールは小さく息を吐いた。


「僕は課せられた使命のために、終わらない時間の中を生きている。だからこうして月都市が滅びないようになんでもやってきた」


 そして、自嘲気味に笑った。


「でも、こんな本格的な紛争は初めてだなあ……」


 ぼやきのような声だった。どこか投げやりで他人事のようでもあった。


 ――エメスから話を聞いただけだと思っているのだろう。


「ねえ、ミール――」

「リオ、ごめんね。僕はもう……君が――」


 彼から感じた冷たく暗い想いを遮るように、リオはミールの顔を両手で包んだ。

  

「リ、リオ?」

「ねえ、ミール。あなたが使命なんて言葉で動いてないことを私は知ってるよ」

「え?」


 突然の言葉に彼は戸惑っていた。口を開いたまま息を詰まらせている。


「あなたは宇宙の運命とか興味なかったもん。でも、私とまた会えるならって……」

「リオ……何を……言って――」


 言い終わる前に、リオはミールの頭を胸元へ引き寄せ、強く抱きしめた。


「ごめんね、ミール。私があなたに呪いをかけたんだね。私はただ……永遠に一緒にいられたらって。また次でも会えたらって――そんな身勝手な約束に、あなたを……」


 ミールは目を大きく見開いた。先ほどまで力の抜けていた腕がゆっくりとリオへ伸びる。


「……リオ、記憶があるのかい?」


 声がわずかに震えていた。


「そんなはずがない……ありえない……今まで一度も――」


 ミールは無理やり体を起こし、リオの肩をそっと掴んだ。まるでガラス細工でも触れるかのように。それでいて決して離さないように。そして、リオの瞳を正面から覗き込んだ。


「全部を覚えてるわけじゃない! でもいっぱい頭に響くの。あなたとの思い出も、記憶も! たくさんの私たちが叫んでる――あなたを独りにしてしまったって……!」


 ミールの目が揺れていた。瞳の星がより強く輝く。


「僕と同じ……? でもリオの適性は……君はいつのリオで――」

「違う!」


 かぶせるようにリオは言った。


「前のリオたちと私は違う! でも私の中に確かに彼女たちはいる……私を見てミール。ここにいるのはただのリオ。何度だってあなたに恋してきた。やっとあなたに辿り着けた。だってこんなにも……これは私だけの想いじゃない……けど、この想いは間違いなく私の想い」


 そんな身勝手なリオの叫びに、ミールの瞳の光は落ち着きつき、ゆっくりとふたりして立ち上がった。


「ミール、あなたはどうなの? あなたはかつての私じゃなくても、今の私を好きになってくれるの?」


 本当は彼を救いたかった。記憶を取り戻したことを伝えて、もう独りではないのだと――そう言うつもりだった。しかし、リオの口から出たのは自分の想いだった。内から溢れたそれをただ彼にぶつけてしまった。


 それにミールは今にも崩れそうな笑みで答えた。


「初めて君に出会ったときから、僕は君しか見ていないよ……僕を覚えていない君を見るたびに、辛くて、悲しくて、苦しくて、憎くて……それでも――」

「それでも?」

「ただ、君に会いたい。それだけで繰り返せるんだ。過去のリオたちじゃない。何度だって僕は君に……初めての恋をするんだ。遠い記憶の反復のはずなのに。もう終わりたいのに……」


 リオはまっすぐに彼を見つめた。


「今の私はあなたと一緒に歩けるよ。繰り返してきたあなたも、恋をしてきたリオたちも無駄じゃない。その積み重ねが今を作ったんだよ。やっと、あなたと同じ場所まで来られた」


 なぜ今回、記憶を取り戻せたのかはリオにも理解できていない。それでも、彼女の中の何かが――何かたちがそう訴えていた。


「いつ終わるかもわからない――悠久の旅に付き合ってくれるのかい?」

「あなたと永遠を過ごせるなら、お得じゃない」

「そうだね。君となら、どこまでも……」


 リオがミールの胸に飛び込み、互いに強く抱きしめ合った。重力制御の弱い展望室では本来の月の重力程度しかない。ふたりはそのまま宙に浮かび、ゆっくりと部屋を漂いながら床へと落ちていった。


――――――――――


 抱きしめ合うふたりの姿をエメスとアンジェは見守っていた。ひとりは何かを感じながら嬉しそうに。もうひとりは何かを思案する顔をしながら。


「愛の力ね。理屈じゃない、ふたりの想いが奇跡を生んだんだわ」


 すべてを理解しているわけではない。それでも聞こえてくる話の断片から、ふたりが本当の意味で結ばれたことをアンジェは理解していた。


 そこにエメスが水を差すように言葉を発した。


「いや、そんなことはない。前のリオたちの意識は砕け散りながらも、少しずつ繰り返し(ループ)の度に吸収されたんだろう。引き継がれた意識の欠片が彼女の適性と能力を強化していった。それが今回の繰り返し(ループ)閾値(しきいち)を超え、ミールと同じように記憶を呼び起こすほどに成長した。記憶が完全じゃないのは意識を引き継いだというよりも、欠片の集合体による擬似適性者になったから――といった感じかな」


 エメスは今回の出来事を理論立てて推測していた。長々と考察を述べるその姿を、アンジェは胡乱な目で見つめため息を吐く。


「無粋ね、もう少し情緒で語れないの?」


 もはや議長に対する礼儀など気にしていないようだった。それはアンジェにとって大切なふたりが報われる光景を、つまらない表現で片付けられたことへのささやかな意趣返しだった。


「愛を否定するつもりはないさ。記憶も人格も捨てた我々には実感が薄いがね。今回の件は何度でも好きな人と共にあろうとした彼と、意識が四散しながらもその想いを深層へ刻み続けた彼女、その強い愛が生んだ奇跡と言えるだろう」


 まるで取ってつけたような感想であった。エメス自身が思っているというより、目の前のアンジェが望む答えを言っているかのようだった。


「はああ……」


 アンジェは呆れるように、わかりやすく長いため息を吐いた。


「私だって喜んでいるよ。ミールが限界に近かったこともわかっていた。そんな彼が報われてとても嬉しいよ」

「そうね……あんなに幸せそうに抱き合っちゃって……私は仕事に戻るわ。戦争は回避されたけど、その後の処理が山ほどあるから。それに――」


 言葉を途切れさせ、アンジェはポケットから小さな携帯端末を取り出す。画面を一瞥して、わずかに口元を緩めた。


「どっかの誰かさんが助けを求めてるようね。迎えを送らなくちゃいけないわ」


 困ったような、だがどこか嬉しそうな顔をしながら背を向けた。


 去っていくアンジェを静かに見送り、エメスは再びリオとミールへと視線を戻した。


(ミール)の旅はまだまだ続くけど、彼女(リオ)と一緒ならもう大丈夫そうかな。演算が終わるまで立ち止まられては困る。代わりがいないんだから……」


 含みのある笑みを浮かべる。だがその表情は、とても自然で――本当に嬉しそうだった。


――――――――――――――――――――


 セランと自由連邦の境界宙域に浮かんでいた艦隊はゆっくりと撤退を開始した。互いに砲を向けたまま、それでも緊張は少しずつ解けていく――世界は、再び秩序を取り戻しつつあった。


『先日大暴落したセランおよび連邦企業の株価は戦争回避を受け――』

『連邦大統領は月軌道艦隊司令の解任を発表――』

『セラン政府は重力インフラ関連技術の限定的移転を検討しており――』

『――――』


――――――――――――――――――――


 外務省のアンジェの執務室。彼女は手にしていたファイルを放り出すように机へ置き、そのまま椅子に身を預けた。


「疲れたわ。まったく半年経つのに動乱関係が終わらないわ。開戦してなんだから戦後処理じゃないってのに……何でこんなに長引くのよ」

「仕方あるまい。実際地下では戦争もどきはしていたんだ。実質的な戦後処理さ」


 アンジェの言葉に執務室の大きな窓の前で、「長身の男」が両手を後ろに組んだまま答えた。


「あなた……素顔が知られたら困る立場だってわかってるの? 窓から離れなさい」

「安心しろ。外に出るときはきちんと顔を変えるさ」


 そう言って男は懐から薄いフェイスマスクを取り出した。透明な樹脂の板のように見えたそれを顔に当てる。次の瞬間、表面が波紋のように揺らぎ、細かなモザイクが走った。そして現れたのは――まったく別人の顔だった。


「当たり前よ。まったく……」

「荒れているな。まあ、外から見れば侵攻を防いだセランの外交的勝利だ。だが、真の勝者は戦争を止めた英雄にして、政敵を一掃した連邦大統領。セラン外務省は貧乏くじといったところかな?」

「……あなたの元上司には本当に振り回されたわよ、『マックス』」


 その名を呼ばれ、男は一瞬だけ反応が遅れた。


「慣れないな。その名前は」

「諦めなさい。OSI本部にいるときだけ、本当の名前で呼んであげるわ」


――――――――――――――――――――


「ねえ、ミール」

「なに?」


 いつもの研究室。隣り合って座るふたりの肩は自然と触れ合うほど近い。あれ以来、リオは躊躇(ためら)いがなくなっていた。


「その瞳ってなんで治さなかったの? 容姿のことは私たちの記憶で知ってるけど……」


 データ入力の手を止め、ミールは自身の瞳にそっと手を当てた。


「これか……これはね。僕の大切な人が――この星空が綺麗って言ってくれたからかな」

「そっかあ」


 その言葉に照れと嬉しさが込み上げた。リオは体をさらに寄せ、彼の体温を全身で感じた。


 記憶の中には長く夫婦だった時間もある。それでも――今の自分はこれから結ばれるんだから。そう言い聞かせて、リオは存分にこの初恋を楽しんでいた。隣のミールも耳が赤い。彼も同じように嬉しそうであった。


――――――――――――――――――――


 長い、長い時が流れ、幾度も繰り返された。そして最果ての悠久の彼方で――


 ――「ソルトピラー」。未来人たちのすべてを賭けた光の結晶は、ついに最後の計算を終えた。導き出された方程式。それを真に理解できる者はおそらく存在しない。それは全ての苦しみを消す聖杯でも、死者を蘇らせる書でもない。


 起こすのは創造の御技(みわざ)。エントロピーを逆転させる――終わるはずだった宇宙の運命を覆す力。


――――――――――


 そこにいたふたりの人影は、予定通り未来の果てへ方程式を送る準備を整えた。これのためにすべてを賭けた彼らに向けて。あとは起動コードを決めるだけだった。


 ふたりは互いに見つめ合い、最後の作業に取りかかる。


「何がいいだろう」

「宇宙のはじまりに相応しい言葉なんて、ひとつしかないよ」

「そうなの? 教えてよ」

「それはね――」


――――――――――――――――――――


 誰かが言った。


「―――」


 冷え切った宇宙に再び光が灯った。

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