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月でつくる未来につき、  作者: 中本すい
戦争前夜編
39/44

39.Blowback 04

 連邦の国境越えの監視網が刻一刻と厳しくなる中、リオとアンジェはセラン行きの物資輸送リニアに乗り込むことができた。


 車内にあるコンテナの隙間に腰を下ろし、ふたりはやっと光学迷彩を解除し一息つくことができた。


 動き始めたリニアは数秒で巡航速度に達した。慣性制御が働いているのか加速を感じさせない乗り心地だ。


「これで良かったのかな……」


 今さらリオは弱気になっていた。さっきまでは目的のために邁進していたが、それを終えたことで体を突き動かしていた熱が冷めてしまっていた。


「マクシィに強気でいってたとは思えない有様ね。本当なら私があいつを説得しなきゃいけなかったんだろうけど……」


 自嘲気味に笑うアンジェの顔を見る。その顔は辛そうだった。本人はいつもの皮肉気な表情のつもりだろうが、泣きそうで辛そうな顔であった。


 あのとき、マクシィだってアンジェの方あんまり見ないようにしてた。やっぱりお互いに特別なんだろう……。


「好きだから?」


 リオは揶揄(からか)うように言って空気を変えにいった。


「それ……まだ引っ張ってたのね。好きじゃないわよ、あんな奴」


 そういうアンジェの顔は先ほどと違い、自然な顔で小さく笑っていた。


「ありがとう、リオ」


 揶揄(からか)って空気を変えるつもりだったが、逆に気を使わせたかもしれなかった。それでも――アンジェの気持ちを少しでも前に向けられたなら良かった。


――――――――――


 リニアに乗ってから十五分ほど経った。もう少しでセランの管理する領域に入るはずだ。そう思い、備え付けの無骨な窓から外を覗き込むと、並列するリニアの中の一つが突如爆発音と共に炎に包まれた。


「アンジェ! リニアが!?」


 リオの視線の先では、炎に包まれた車両が高架ごと下に落ちていった。その下にある何層もの路線を巻き込みながら。深すぎて見えないトランスポート層の底で爆発の光だけが見えた。


 声と音に反応したアンジェも、隣からその様子を見ていた。


「何本か分の輸送路が死んだわね」

「テロ?」

「それならまだいいかも――」


 アンジェの言葉の続きを遮るように再び爆発音が空間に響いた。再び外を注視する。施設の爆発だけでは終わらなかった。空間にいくつかの光点が見えた。


 リオは目の望遠機能を利用して動き回る光点を拡大した。ぼやけて見えたそれを彼女の電脳が自動的に補正をしていく。時間差で視界に映し出されたものは、人の形を模しつつも何処か異形な兵器であった。

 

HAF(軍用フレーム)……」


 連邦宇宙軍のHAF(軍用フレーム)とセランSPDのHAF(軍用フレーム)だ。明らかに交戦していた。複数の機体が重力を無視するかのように飛び回り、ドッグファイトを繰り広げる。


 トランスポート層がほぼ無人のエリアとはいえ、戦争をしていい場所ではない。戦闘の余波であちこちが破壊されて続けていた。


「一キロは離れてるわ。よっぽどこっちまで来ないでしょ」


 アンジェも目を見開いてそちらを凝視していた。瞬きひとつしていない。何かの観測ソフトを使っているんだろうか。


「戦闘はメンテナンス層だけで起こってるんじゃないの?」

「そのはずよ。激しさを増してきたのか、迷い込んできたのか。こんな上層のレイヤーまで来るなんて……」


 会話をしてる間に高速で動くリニアは、そんな戦闘の光景をはるか後ろに置いて行った。最後に見た光景は一機のHAF(軍用フレーム)がもう一機をプラズマの塊で焼き切ってるところだった。パイロットは助からないだろう。


 かつての友好国――連邦もSPDも細部や推進システムは違えど同じ機種を使っている。同型機同士が殺し合う姿は何処か虚しさがあった。


 下で起きてる戦いは、今どちらが勝っているのかすらわからない。詳しい情報は軍事機密であり、室官程度のリオには知らされない。だが、漏れ出たレベルの戦いでこの規模ならば、戦闘の管轄は国防を担うSPDの警備部門にあるだろう。


 開戦していない戦闘で一体どれだけ破壊されたのか。そして、もし開戦したらどうなってしまうのか。今のだってほぼ無人の階層だから犠牲者は少ないだろう。これが上の都市のある民間層なら、どれだけの人が犠牲になるのか……。


 リオたちの乗るリニアは何事もなかったかのように予定通りの搬入口に到着した。


 ふたりは光学迷彩を起動し、作業用のボットや人間が来る前に立ち去ろうとした。忍び込んだ車両の扉の電子ロックを解除し、外に出ると軍用ボットが取り囲んでいた。銃は下に向けられているものの、ここから自由に立ち去れる雰囲気ではなかった。


 囲まれてる。でも議長印の光学迷彩だから、セランのボットでも探知できないはずだけど……。


 しかし、ボットたちはリオたちをしっかりと認識しているのか、頭部にある一つ目のカメラアイはふたりを明らかに捉えた動きをしていた。


『完全にバレてるわね』

『なんで』


 リオたちを囲むボットの列の間を、一つの影が割るように近付いてきた。SPD警備部門の制服を思わせる軍服に身を包み、整った顔を帽子の下に収めた女性。その表情は人形のように無機質で、瞳は緑に光っていた。


 マシナリー? なら、議長の遠隔操作(プロキシ)か、別の未来人か──リオの脳裏に直感が走る。


「やあ、リオ。うまくマクシィに会えたかな?」


 ああ、この嘘くさい雰囲気は……間違いない議長だ。


 第三者には彼女が誰もいない空間に独り言をつぶやいているように見えるだろう。しかしその視線は確かに一点を捉えていた。


 観念したようにリオとアンジェは光学迷彩を解き、空間に滲み出るよう姿を現した。


「わざわざ迎えに来てくれたの? 最高評議会議長ご自身が」


 驚きながらアンジェがリオと目の前のマシナリーを交互に見た。


「この方が議長閣下なの? 本当に?」


 アンジェの疑念に議長は肩をすくめながら答えた。

 

「適当に乗っ取ったマシナリーの体だから本体ではないけどね。戦闘が君たちの目的地近くのトランスポート層で発生したみたいだから、一応見にきたんだ」

「よくどれに乗ってるかわかったね?」


 リオの議長への馴れ馴れしい言葉遣いにアンジェが何か言いたげな顔をしているが、議長が指摘しないため黙って見守っていた。


「君にインストールされている追跡アンカーは、ミールだけじゃなく私も感知可能だからさ。この距離ならどのリニアの車両かくらいすぐわかるよ」


 不敵に笑う議長に対して、リオは当たり前のようにプライバシーがん無視なことにもう諦めと呆れがあった。


 そんな冗談めかした空気から一変し、議長は真剣な声色でリオに告げた。


「ミールの精神状態がかなり危険だ。戦闘による摩耗が予測を超えてきた。このまま続ければ、我々としても望まない結果になる」


 リオは一瞬目を見開いた。ここ最近、彼の瞳の光点が以前より強くなっていたのを思い出す。ナノマシンの暴走の兆候として現れるそれは、肉体と、特に精神の限界が近い証明だ。リオもそれをなんとなく感じていた――ただ、議長の言葉で改めて聞くと胸が締め付けられるようだった。


「摩耗ってどういうこと……なら、戦闘から下げればいいじゃん! あなたが命令すれば……」


 思わず声が荒くなる。自分には止められなくても、議長なら……という期待が混ざっていた。


「彼自身が望んで戦っている。議長としても……今の局地戦で出せば必ず勝つワイルドカードは手放せない。それに、彼を引かせれば戦後のOSIの権限や、最高評議会の統治にも影響が出る」


 リオは小さく息を吐いた。限界の迫ったミールの話を前に、どうしようもできない苛立ちと焦りが胸に広がった。


「それに、私に言ってどうしろっていうの……」

「リオ、君に今すぐ来て欲しい場所がある。本来ならもっと時間をかけてやりたかったが、仕方ない」

「どこに行くの?」


 議長が何を企んでいるのかわからない。しかし、ミールを助けるためなら――なんでもしたい。自分が行って何を変えられるのかはわからないが。


「この都市の最も秘密の場所だ」

「シャイアンとかより?」


 議長は意味深に微笑み答えた。


「そうだ、それよりもだ。リオ、君には最高評議会に来てもらう」


 まさかの招待であった。そこに直接行ったことがあるのはミールだけだ――果たして行けば何が待っているのか。


「アンジェも?」

「悪いけどリオだけ来てほしい。彼女は別にやってもらいたいことがある。連邦は外交で解決する気はなさそうだが、お祭り騒ぎに参加してるだけの他国はその限りではないだろう」


 アンジェには再び外務省に戻る命令が提示された。


「それに、これはリオにしかできないことだ」

「……」


 議長が自分に何を求めているのか。未来人にとって「特異点」と呼ばれる存在であるミールをなんとかしたいのはわかる。しかし、それがどういう意味なのか。そして自分がどう関わるのか――リオはまったく読めなかった。


 俯き黙るリオを前に、アンジェが代わりに議長に答えた。


「私は外務省ではただの補佐官ですが?」

「長官にとっては最高評議会の名代と思われている。君の意思で自由に外務省を動かせるよ」


 その言葉はある意味で、セランからアンジェへの外交の全権委任でもあった。アンジェは目を伏せたあと、前を向き口角を上げて答えた。


「無茶な命令ですね、了解しました。アンジェOSI副室長は外務省任務に戻ります」


 そしてアンジェは俯くリオの肩にそっと手を置き、顔を上げた彼女に柔らかく声をかけた。


「リオ、私は蚊帳の外だからわかることは少ないけどね。あなたが何かの(キー)であることはわかるわ。あとはよろしくね」

「私も……私のこと、よくわかんないよ」

「大丈夫、あなたはリオよ。今までも、これからも」


 そう言い残し、彼女は後ろ手に手を振りながら去っていった。


「で、議長? 私はセントラルタワーに連れてかれるの?」


 リオの言葉に議長は不思議そうな顔をした。


「なぜ?」

「だって、あそこの最上階に最高評議会があるんでしょ?」


 セランの中心部に(そび)え立つ巨大なタワーをリオは思い出していた。


「ああー、あれはダミーだよ。最上階というか上層には大したものは置いてないよ」

「え? じゃあなんで立ち入り禁止になってるの?」

「あそこの最上階に置いてあるのは戦略用の迎撃レーザーだから、街まで戦場になったらお披露目かな?」


 なんでもないように言う議長に頭が痛くなる。


「街のど真ん中にそんなもの置いてたんだ……」

「保険だよ。非公開技術だから、現行のレーザー兵器と違ってちゃんと主力艦も吹き飛ばせるよ」

「それが議長の切り札?」


 この騒動が始まって以来、政府関係者は必死に駆け回っているが、それでも国家としては平時のままだ。その余裕の根源はこう言った隠し玉だろうかとリオは思った。


「我々はセランの官僚システムに基本任せているが、真の目的のための保険は作っておかなければならない。我々は宇宙を背負っているのだから」

「そう。でもそんなのあるってバレたら孤立しない?」


 主力艦を撃破可能なレーザーなんてどこの国も実用化できていないし、現実的じゃない。そんなもの持ってるだけで世界から危険視されてしまう。


「だから公表する気も、使う気もないよ。目的に支障がでる」


 議長にとってもあくまで最後の手段のようだ。


「で、本当の最高評議会はどこにあるの?」

「セラン工科大学理事長室に来て」


 その返答にリオは驚きを隠せない。そんな身近なところにあるのかと。


「まさか、そこにあるの?」

「行く手段がそこにある。じゃあ待ってるから――」


 議長がそう言うと、周りのボットたちは何事もなかったかのように散り散りとなり、さっきまで議長の意思が宿ってたマシナリーは瞳の色が緑から青色に変わった。


「SPD警備部門受付担当RA-6です。何か御用でしょうか?」


 遠隔操作(プロキシ)ではなくなり、ただのマシナリーに戻ったようだ。どこかの受付の個体らしいが、議長はどこから盗んできたんだろうか。


「なんでもない」


 そう言ってリオはその場を立ち去った。

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