38.Blowback 03 -Everlance-
『マクシミリアン大尉、理解しているな? 今回の自由行動は特別措置だ。立場を忘れれば――』
『人質の安全を保証しないでしょ? 何年その言葉を聞かされたとお思いで?』
『わかっているならいい。緊急時以外はオペレーターを通せ』
『了解しました』
古びた通信機を切る。ナノマシン普及が完全ではない連邦軍では、未だに脳内で回線も使えないロートルがいる。面倒なことだ。
「戦争が始まれば人質の意味なんてないだろうに……」
ここも数日で消し飛ぶだろう。連邦の兵器の余波か、セランの報復によるかは知らないが――残された貧民たちは皆死ぬ。
周りを見渡せば幼少期を過ごした工場エリアに帰ってきた実感が湧いた。少し先には「エバーランス社」の看板も見えた。磁場が乱れているのか頭にノイズが走った。
歩みを再開しようとしたとき、マクシミリアンは自分以外の気配に気づいた。
「盗み聞きとは感心しないな」
振り向きながら、どこからともなく現れた拳銃を後ろの気配に向けて構えた。誰もいない空間から滲み出るように人の姿が浮かび上がってきた。光学迷彩が解けるとき独特の現象だ。
そこにいたのはかつての仲間である「アンジェ」と「リオ」であった。動揺を隠しつつ、銃の構えはしっかりとリオの眉間に向ける。
「物体転移使えたんだ……」
「そうだ。なにも超能力の運用はセランだけの専売特許じゃない」
しっかりと銃を構え続けるマクシミリアンに反して、現れたふたりは光学迷彩を解いただけで、何も構えていなかった。両腕は下げており武器すら手に持っていない。
「どうしたなぜ構えない? OSIに入ったのなら護身用の銃くらいは持っているだろ?」
「しないよ」
自分が引き金を引けば目の前のリオは死ぬ。そんな状況でも目の前の彼女は動揺しているようには見えない。後ろのアンジェも見守っているだけだ。
「無抵抗なら躊躇うと思っているのか? 私から何を学んだんだ。構えるんだ。私は敵だぞ」
「……」
今の自分は彼女たちの敵だ。もはや仲間など口が裂けても言えない。どの口で言えるというのか……。
マクシミリアンの想いとは裏腹に、目の前で立つリオはまっすぐ彼の目を見てきた。その視線が彼の精神を荒く削っていた。
「マクシィはさ……自分で選んで連邦にいるの?」
「会話は聞いていたんだろう。そう思うか?」
「人質を取られてたんでしょ。なのになんで」
「そうだ、私に選択肢などない。見捨てることなどできない。それに未来人による世界の支配を終わらせるのは真っ当な大義だ」
自分の意思など介在せず連邦に使われるのだとしても、未来人などという存在から世界を守るならまだマシな気持ちであった。
その大義名分は少しだけだが、マクシミリアンの裏切りの罪悪感を軽くしていた。
「違う。セランの……議長たちはそんなこと考えてない。世界のために行動してるの!」
「リオ、洗脳でもされているのか? はるか先の技術を持った連中が過去に来て何をしている? その知識を使い、今を生きる人々を支配している。それ以上でもそれ以下でもあるはずがない」
「それは連邦が……マクシィが自分の目で見た答えなの?」
「それは……」
違う。セランが……未来人が世界支配を目論んでると判断したのは司令部だ。自分はそれを鵜呑みにしているだけだ。
「その話の根拠って予言者に渡されたデータでしょ」
「よく知っているな」
マクシミリアンは銃を下ろした。
「確かに、今のは自由連邦の描いたストーリーだ。上層部もそれを前提にして動いている」
「そんな単純な話なわけないじゃない」
ずっと黙っていたアンジェが一歩前へ出て、初めて言葉を発した。
「アンジェ……お前まで未来人が良い人たちだ、とでも言う気か?」
「いつもより粗雑な話し方ね」
「すまんな、月のゴミ溜め出身なんでね」
自分の練り上げてきた仮面が崩れ始める。出身に相応しい本性が滲み出てしまう。
「あなたの行動で戦争が起きるのよ。わかっているの?」
「そうだな。だがどうしろと? 私の目は常に監視されていた。私に未来人の技術データベースの存在を知られた時点で終わりだった。連邦はあらゆる手を使って奪いにくるぞ」
連邦の犬になった日から、自身の行動は全て把握されていた。未来の技術などという火種を自分は知ってはいけなかった。
「大国の犬があなたの望みなの?」
「お前たちも月の犬だろうに」
「だけど戦争が始まれば大勢が死ぬ。あなたの故郷だって……そのために連邦に従ってたんじゃないの?」
痛いところをつく。その通りだ、いやだった。もうその意味も消え失せようとしているのに。
「そうだな。もう私もわからなくなってきた。だが、少なくとも未来人による支配が正しいわけがないだろう」
再びリオが口を開いた。
「彼らの目的は支配じゃない」
「お前に何がわかるんだ。リオ室官」
まだそれを言うつもりなのか。与太話を……。
リオに鋭い目を向ける。
「彼らの目的は宇宙の終わりを防ぐこと。それ以上でも以下でもない」
その口から出てきたのはやはり与太話の類であった。そんなことを信じられるわけがないだろう……。
「話が壮大だな。わかっているのか? 私に話すということはそのまま連邦軍に筒抜けだぞ?」
「この辺り一帯はセラン製の電波ジャマーを起動させたから、連邦の技術じゃ通信できないよ。表に出てる技術じゃないやつだから」
「この前の意趣返しか? 今まではセランが発展しているだけだと思っていたが、知ればずるく感じるな」
これも未来の技術の一端なのだろう。確かに視界に映る通信ステータスは全て異常を知らせていた。連邦の監視も切れている。あとで言い訳がいるな……。
「で、私にその宇宙救済計画を信じろと?」
「そう」
「お前たちの言葉だけでか?」
「データも用意してある。受け取って」
リオがマクシミリアンに対してデータチップを投げてきたため、彼はそれを空中でキャッチした。そのままそれを指先で掴みデータを読み取った。
「多いな」
「詳細な内容も入れてある。学習装置でも使えばそれに整合性があるかどうかくらいわかるでしょ」
マクシミリアンがパッとデータを見ても、適当に作られたようには見えなかった。通常の閲覧で精査は困難だが、おそらく中身は正確だと彼は感じた。
「仮に事実だとして、それを私が知ってなんの意味があると思っているんだ……」
「故郷を守るために二重スパイなんてやらされてたのに、その故郷を滅ぼす戦争を起こす側に使われるあなたをなんとかしたい」
「これでか」
もう遅い……何もかも。
マクシミリアンの心に残っていた大義すら瓦解寸前であり、もはやすべてのやる気を失いかけていた。
「せめて世界を侵略者から救う。その大義名分があるなら、まだあなたは連邦に使われることもできたんじゃない? でもその大義が実は存在しなくて、世界を救う手段を永遠に消し去るかもしれなかったら? あなたはその立場に甘んじれるの?」
「セランを裏切った私に……連邦すら裏切れというのか」
結局これはセランが仕掛けてきた離間策でしかない。結局自分は裏切り続けるのか?
その葛藤の末の問いに、リオから返ってきたのは意外な答えであった。
「知らない」
「なっ、知らない!?」
「マクシィの人生はマクシィだけのものだよ。そんなん知らない。あなたが決めてよ。私は勘違いされたままあなたと争いたくない」
リオの答えに唖然とした。あまりに勝手な言葉であった。それは清々しいほどに。
「はあ。勝手なやつだ。先生と同じで」
「知らなかったの?」
「知ってたさ。一年もなかったが、誰かを鍛えるのは悪くない日々だった」
本当に……楽しかったさ。リオを鍛え、アンジェという親しい友と日々をただ過ごし執務を行う日々。まるで自分が彼女たちを潜在的に裏切っているという事実を忘れられそうで。
マクシミリアンはしゃがみ込み項垂れた。手に持つ銃にはすでに力が入ってない。
「私は……ただの間諜でしかない。決定権があるわけじゃない。この戦争に意義も正義もないとわかったところで……」
「そっから先はマクシィが考えなよ。議長の伝言を伝えるね」
リオはポケットから小さな端末を取り出し、再生ボタンを押した。
『君がスパイなことを見抜けなかったのは情報省の怠慢だね。そして、我々の驕りでもあったかもしれない。だが調べると君にはそれなりに理解できる事情があったようだ。連邦の手を切ったあとなら、いつでも帰ってくるのを歓迎しよう』
その声が本当にセランの支配者の声かはマクシミリアンに判断する手段はなかった。だが、この状況とリオの性格から本物だろう。
「確かに伝えたよ」
「裏切り者のスパイに対する言葉とは思えないな。未来人は本気で統治をしていないんだな……」
「そうだね。優しさじゃなくて、あんまり興味がないのかも。でもマクシィの居場所はちゃんとこっちに残ってるから」
「そうか……」
自分のためにいろいろしてくれたことは想像がつく。感謝すべきなのだろうな、ふたりには。
「そろそろジャマーを怪しむ連邦軍が確認に来るかもしれないから、私たちは逃げるね。渡したデータの中に連邦の監視プログラムの破壊ツールも入れてあるから。自由になりたくなったら使って」
「余計なお節介だな。もう私は何もする気が起きんよ」
「うん。これはただの私の、私たちの我儘だから」
リオは腰につけた機械をひとつ取り外した。それについたスイッチを彼女が切り替えると、脳内に微かに流れ続けてたノイズが消え、通信ステータスが回復していった。その機械がジャマーだったんだろう。
リオはそのままスイッチを切ったジャマーを床に置くと、アンジェと共に景色に溶けていった。マクシミリアンの目を持ってしても、もはやどこにいるかわからなかった。微かに振動を感じることから走り去ったのだろう。
「私にはもう為すべきことがない。……どうすればいい」
力なく立ち上がりながら途方にくれるマクシミリアンに連邦軍からの連絡が入った。彼は懐から通信機を取り出した。
『マクシミリアン大尉、信号が途切れたが何かあったのか?』
『古い工業地帯のためか、電磁波シールドが弱まってるせいかと』
『ならいい。故郷の見納めは済んだか?』
『ええ、もう少ししたら戻ります。通信状態が悪いので切りますよ』
『……わかった。だが一時間以上通信障害が続けば異常と判断し捜索隊を出す。注意しろよ』
『了解……』
信用がないな。これでも十年近く使われてたんだが。
わざとだろうが、リオが置いていった使い捨ての小型ジャマーを拾った。確認するとバッテリーはまだ残っており何度か使えそうであった。
歩みを再開し、エバーランス社の懐かしい工場の中を進んだ。かつての自室だった場所の椅子に座り、先ほどのジャマーを起動した。
学習装置ではないが、それなりに設備の整ったサイバーチェアが残っていた。簡易的なインストールができる程度にはソフトウェアは充実していた。起動すると思考が加速され、データの解析が開始された。
データの整合性、そして内容からも違和感や矛盾はなく、彼女たちの話の多くが真実であろうことが推測できた。そしてあるファイルに触れると脳内にサイバーチェアの性能を超えた情報の波が押し寄せてきた。
なんだこれは? 強制的に理解させられていく――解析ソフトの仕様じゃない……もっと高次元の……。
時間にすれば加速された思考の中でも一瞬の出来事だった。しかし、未来人たちのいうはるか未来の破滅、宇宙の救済、そして創造の計算を体験させられたかのように脳に直接刻まれていた。
「まったく……どんなプログラムを組めばこんな芸当ができるんだ。だが、未来人の目的が事実だと理解させられてしまったな」
宇宙を救うため。それが事実だと確信した今、壮大な目的を持つ未来人たちに対して自身がひどく矮小な存在に感じた。
それに――
最初からあのふたりをマクシミリアンは大して疑っていなかった。生意気だがまっすぐなリオ、皮肉屋だが誠実なアンジェ。自分には相応しくない真っ当な存在だ。
「このデータファイルを使えば誰でも理解できるだろう――」
だが、私の上司にこれを渡したところで揉み消されるだけだ。連邦にとって――いや、月の司令部にとって侵攻への冷水などお呼びじゃない。
すまないな……私にはやはり戦争は止められんよ。
接続を外し、サイバーチェアから立ち上がったマクシミリアンは部屋を出た。そのまま無意識に奥に進んで行った。意味もなく足を進める。
誰もいないはずの廃工場のはずだった。しかし、電力の止まった機械が立ち並ぶその隅に人の気配があった。そこにはかつてより老け込んだエバーランスの社長が、葉巻をふかしながら安楽椅子に座っていた。
「まだいたのか社長」
「……誰かと思ったらクソガキのマクシィじゃないか」
「なぜ街に残っているんだ」
「なぜ出てかにゃならねえ」
相変わらず口が悪い。だが懐かしい掛け合いに少し心が軽くなった。
「戦争が始まろうとしてるんだぞ。ニュースを見てないのか?」
「何言ってる、そんな服着て。お前たちが主催者だろ?」
「……私が望んでるわけじゃない」
「ここは俺の城だ。今更どこにも行く気はしねえな」
自身の服装をマクシミリアンは改めて見た。自由連邦宇宙軍の士官服――他人から見れば誇りであるそれは、彼にとっては囚人服だった。
「他のみんなは?」
「もうとっくにいないぞ。残った奴らも今回の騒動で安全な都市に引っ越してる。いい潮時だな」
「そうか……」
もう誰もいないのか――
「ひでえ面だな」
「……」
「限界が来たか?」
「そうだな……」
限界か……とっくにそうだったのかもな。
「お前が何してんのかはっきりとは知らねえ。ここに来た嬢ちゃんたちとお前の関係はよくわからんが、少なくともお前のことを本気で探してたぞ」
「そうか。色々聞かされたか?」
「いや、だが察することくらい俺にもできる。それに俺らがお前の人生の足枷になってたのは知っていた。連邦のお偉いさんがやりそうなことくらいな」
「さあな……」
大雑把な癖に妙に鋭い。いや、昔からそうだったな。
「素直じゃねぇところは何年経っても変わらんか。お前が超能力に目覚めてすぐに連邦軍のスカウトが来たとき、止めてやればよかった。今はそう思うよ」
社長の声がどんどん弱くなっていく。彼なりの本気の後悔が窺い知れた。
「なぁ、マクシミリアン。お前は望んでそこにいるのか?」
「……」
「お前のおかげでうちの馬鹿たちも、孤児のクソガキどももしっかり自分の足で立って歩いて行った。俺はもう十分だ。この会社もなくなる。お前の帰る故郷も、お前に守られるお荷物ももうどこにもねえよ」
「何が言いたい」
「お前に帰る場所なんてここにはもうねえってことだ」
「なら――」
マクシミリアンの言葉を社長の声がかき消す。
「もうその首輪は外していんじゃねえか?」
そういう彼の顔は髭面でわかりにくいが、何かを堪えるように歪んでいた。
「自由に生きてくれ、お前の意思で。俺たちなんかを言い訳にせず。お前を犠牲にして生きたいなんて思ってなかったさ」
「私は……」
自分のやってきたことは――間違いだったのか?
マクシミリアンは動揺が隠せなかった。守っているつもりだった。スラムから自分たちを拾ってくれた社長や、社のみんなへの恩返しのつもりだった。
自由なんて考えてもいなかった。
「喋りすぎたな。年取ると説教くさくなるのは本当らしい……行けマクシィ。俺は望んでここにいる……どうなろうとも。お前はお前に従え」
マクシミリアンの首輪が外された。飼い主の連邦によってではなく、首輪そのものが消滅して。
マクシミリアンは口を開くが、言葉が続かなかった。心を吹き荒れる様々な自身の気持ちに整理がつかない。だが、今は社長の不器用な想いに無言で頭を下げ立ち去った。
「今までありがとう、マクシィ」
時の止まった工場の中、立ち去る背中に社長の声だけが響いた。




