36.Blowback 01
あれから世界はきな臭くなった。
あのあと回収されたセラフの中身はやはり空っぽであった。それを拾い上げ確認していると、ミールと共に新しいドローン素体で本人がやってきた。尋ねれば遠隔操作であることをあっさりと認めた。
アンジェは曲がりなりにも本人がそこにいると思って接してきたらしく、嘘をつかれていたというショックを隠せていなかった。
――本体は予想通りなら「議長」に違いない。
リオたちが工場のジャマーによって消息がわからなくなってから、ミールたちは急いで救援を送ったらしい。一番近くにいたのが偶然セラフ市街に来ていたマクシィであった。なので先に向かわせたらしいけど――
「裏目に出たね。彼が二重スパイとは……」
ミールほどの能力者にバレずにどうやってスパイをしていたのか。いつから連邦に寝返っていたのか。OSIとしては全く把握できていなかったようだ。
市内にいたのも偶然ではないのだろう。ベネラとの会話から、事前に彼女と連邦に繋がりがあったのは確実だ。マクシィは救援を装い、連邦軍として突入してきたのだろうとリオは推測した。
工場内の信者の遺体の様子と銃撃の跡から、マクシィひとりではなく、複数人による襲撃なことがわかった。
「連邦の特殊部隊かな。他国の領土でよくやるよ」
そのミールの言葉は皮肉気だが、込められた感情はどこか空っぽであった。
――――――――――
あれからアンジェの様子は明らかにおかしかった。同期のマクシィが敵になったかもしれないこと、そしていつから自分たちを裏切っていたのかということに――
アンジェはなんだかんだ言いつつ、彼との間には絆があり、信頼関係があったはずだ。
彼女を暗い感情が蝕んでいることは、能力を使わなくともリオに理解できた。今は仕事に打ち込んで、それに蓋をしているみたいだが。
――――――――――
リオはシャイアンにあるOSIの休憩室で立ち話をしていた。手が空いた休憩中のミールが居たためだ。最近は以前より忙しいらしく、ここに来ることはめったにないらしい。会話の焦点は先日の「あの工場」の件に移った。
「セラフ、いやもうリオは知ってるか……あのドローンは議長のOSIでの活動端末だよ。彼女が珍しく慌てて連絡してきたから焦ったよ。僕の方でもリオやアンジェの信号が確認できなくなってたし」
わかってはいたが、事実はあっさりとばらされた。
「議長はセラフとして活動するときはなんで男として振舞ってるの。何か意味あるの?」
「ないと思うよ。やってみたかっただけじゃない?」
議長はそういうタイプな気がしなくもない。そうリオも思った。そして彼女はミールに聞きたかったことを尋ねた。
「未来人の話って……」
「僕も知ってるよ。まあ、このことはセランの最高機密だからね。『OSI』や、『ゴースト』とかよりはるかにね」
やっぱり知ってるんだ……。
「いつから知ってたの?」
その質問に困ったような顔で彼は笑った。
「最初からかな」
最初から。それはつまり――
「ミールも未来人なの?」
「……違うよ。僕は彼らとはね」
また彼の感情がざわついている。触れられたくない――?
「これってさ……私が知っていい話?」
「よくはないかな。最高評議会が隠し続けてたことだからね。詳しくは言えないけど」
「そっか。ベネラ――あの予言者の言ってたことって、どこまでが本当なの?」
彼は抱えていたクリップボードを持ち直し、そこに挟まった書類をめくる。紙媒体を再現したそれを彼は好んでいた。
「君たちのレポートは読んだよ。公的な立場で言うなら『答えられない』が答えだよ」
優しい声色。でも答えは回答の拒否だった。
「言えない?」
「そうだね。君が『聞いてくる』ということは……まだかな」
その言い回しの真意がリオにはわからなかった。彼女はモヤモヤがおさまらない。
「わからないよ、ミール。私にわからないことが多すぎる。あなたが、何を言ってるのかも――」
そう言いリオはしゃがみ込む。私服のためか、膝を抱えて顔を埋めると素肌の冷たが伝わった。そんな彼女の隣で同じようにしゃがみこんだミールが彼女の頭を撫でた。慣れた手つきだ。リオにとっても、遠い大切な誰かに撫でられたような温かさを感じた。
「そうだね」
そう一言だけ呟き彼は手を放した。離れてしまった手に、「あっ」とリオは声を漏らしてしまう。顔を上げると、すでに立ち上がったミールがいた。
「僕もこんなこと初めてだと思うよ」
「何を……」
リオの視界がぼやける。耳鳴りがする。聞いたことのある女性の声が響く。
まただ……最近多くなってきた。ストレス性の幻聴? ホルモン調整がうまくいってないのかも……。
症状が治ると、目の前で覗き込むような彼の顔があった。心配してくれているのだろう。彼の瞳の中の星空は動揺を示すようにキラキラと光っていた。
「大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ」
彼は「よかった」と言いつつ再び姿勢を戻し、リオから離れようとしていた。
「僕はこれからのことで動かなくちゃいけない。カルトのことはSPDが引き継いでくれる。未来人関係のことは最高評議会お抱えの別組織が処理してくれる。OSIとしては一旦終了だね」
「うん」
リオもゆっくりと立ち上がり彼を見送った。休憩室を出た彼はすぐほかの職員に捕まっていた。何かを受け取り指示を出し始めていた。
彼が去ったのと同じタイミングでリオも休憩室を出た。立場は「室官」という平職員にすぎず、彼女には誰も声をかけなかった。
――――――――――
忙しそうなミールと違い、やることのないリオは寮に帰ろうと通路を歩いていた。
OSI本部出口に着く手前で、リオが来た反対側からふわふわと浮かびながらドローンがやってきた。何度も見たセラフと同じタイプのドローンだ。
「こんにちは、リオ。これから帰宅ですか?」
知っている男性の人工音声。ドローンはやはりセラフであった。彼――いや彼女をリオは訝しげに見つめた。
「もうその設定よくない? 議長」
「……そうかい? ならいいかな」
リオの言葉に即座に音声が切り替わった。先ほどまでの落ち着いた男性の声から、少し傲慢に感じる女性の声に変わった。
「何か用事?」
「君はベネラという名の個体から聞いたんでしょ? 我々の正体を」
「それを確かめに来たの? レポートも出したよ。あなたは未来人なんでしょ」
セラフのカメラアイが緑に強く光り、レンズの奥が動いていた。機械の目がリオの奥底を覗き込んでいるようだ。
「あっさりしている。信じるのかい、そんなホラ話を」
「事実でしょ」
「何を根拠に?」
「さあ、直感かも。でもそうなんでしょ」
カメラアイの光がいつもの目立たない強さに戻った。
「まったく。根拠もないのに自信がある相手は面倒だ。しかもあってるし」
「そうなんだ。口封じでもするの?」
聞いてるリオも、議長がそんなことをするとは思ってもいない。
「しないさ。ただ、確かめに来ただけ。無駄に口外しないように」
忠告だけしてセラフは去っていった。リオはその姿が消えていくのを眺める。
「誰に言えっていうの……」
そう呟きながらOSI本部を出て地上に戻った。街中を通って徒歩で寮まで帰ることにした。
――――――――――
あれから数日が経っていた。私の周りだけでなく、セランを取り巻く国際事情も大きく変わっていた。街中の大きな空中ディスプレイには、連日緊張感あふれるニュースが増えていた。
『自由連邦政府が突如セランに対して自治権返還を請求して、まる三日経ちました――』
『連邦総領事館報道官は――』
『あくまでセランは独立国でなく、連邦の自治領であり――』
『セランが「重力インフラ」の大部分を独占的に供給していることは、人類に対する脅威であり――』
少し前まで、ほぼ同盟に近い友好国であったセランと連邦。今では軍事的緊張が両者の間で高まっていた。数世紀前の自治領なんていう建前を前面に押し出し、セランを接収しようとしていた。超大国の横暴を各国は非難しているが、本気で止めようとはしていないだろう。
未来人のことは話題にあがっていない。連邦もそのことは公表しない方針らしかった。
「マクシィがこれを起こしたの……」
ビルの間に浮かぶニュース画面を眺めながら、リオは小さく息を漏らした。




