35.the Oracle of Ruin 06
『数多ある銀河の端、小さな岩石惑星で私たちは生まれた。星の王となった私たちは文明を築き、宇宙の端々まで広がる発展を遂げた』
『私たちより前の存在はおらず、私たちは宇宙の神とも言える存在となった』
『栄華を極めた私たちは長い安寧を過ごした。肉体はとうになくなり、文字通り神の如き力と精神体を得た。望むことはなんでもできた』
ベネラの言葉で語られる中、リオの周りの景色の様子が変わっていった。
『終わりが来る』
その言葉と共に、光り輝いていた宇宙の光景から星々が少しずつ消えていった。
『宇宙は終わりに近づいていた。星々が死に、また生まれるサイクルが止まりはじめた。広がりすぎた宇宙はもはや寿命を迎えていた』
『私たちは慌てた。その結末がくることは知っていた。だが、私たちは間に合わなかった。神の如き存在になれても、神と同じ存在になることには間に合わなかった』
宇宙から最後の小さな光が消えていった。宇宙の終わり――すべてが地平線の彼方に消える。巻き戻しはできない、神でもない限り。
「熱的死……」
リオが小さく呟いた。それに隣にいたベネラが反応した。
「よく知っているな。ハイスクールの授業をよく聞いている」
「……」
再びベネラの声が頭に直接響き始めた。
『「エントロピーの逆転」。創造の御技の方程式を導くには、残り時間はあまりにも足りなかった』
仮定の宇宙終焉の話をしている? 何かの比喩?
『私たちは考えた。足りないのは時間だ。やり方が間違っているわけではない。ならば時間を持ってくればいい』
『時間を遡ることには成功していた。ただ、「意識」だけだ。何も持っていけない。そしてそれには依代が必要だった』
場所が変わる。現代的な地球であった。たくさんの人々が生活している様子が映っていた。
『過去の生命体には乗り移れない。「意識」、お前たちでいう魂や、精神はもっとも強固な存在だ。私たちの力を持ってしても、元の「意識」にぶつかれば砕け散ってしまう』
たくさんの流れ星のようなものが先ほどの人たちにあたるように落ちてきては、四散して消えていく映像が流れた。
『私たちは考えた。どうすればいいのか。「意識」がなく、容れ物として代替可能な存在を。そこで目をつけたのが――』
リオの目の前にベネラがやってきた。空中を歩くように。そしてベネラ自身の頭をトントンと指先で叩いた。
『高度な演算装置は私たちのすべてを受け入れられたわけではないが、なんとか活動できる程度の容れ物として及第点だった』
『私たちがまだ、ちっぽけな岩石惑星にしがみついていた時代。人類がまだ、太陽系という狭い生存圏で彷徨っていた時代』
『ここが私たちが未来から降り注ぐのに、もっとも適しているとされた。微かな希望を乗せて』
場所が再び宇宙に戻った。月の軌道上だ。地球があり、先ほど見た緑の流星があちこちに降り注ぐのが見えた。それをリオと共にベネラも隣で眺めていた。
「待って……つまりあなたは、あなたたちは――」
ベネラがゆっくりと眺めていた流星から目をそらし、リオの方に顔を向け口を開く。
「そうだ。『私たちの物語』は――『お前たちの先の物語』だ」
――――――――――
リオは手で頭を抑えた。何かが頭を巡る。だが、今は目の前の疑問を解決することを優先した。
「でも……それが事実だとして、あなたはなんなの? こんな所でカルトごっこして……。未来から宇宙の終わりを防ぎに来たんじゃないの?」
先ほどまでの話がどこまで真実なのか。リオに真偽を確かめる具体的な判断材料はなかった。しかし、彼女の勘はそれが真実であると述べていた。彼女自身にも何故かは理解できない。しかし、ベネラの言葉に嘘を感じられなかった。
マシナリーの体に宿ったはるか先の未来人。それが正体であって、何故こんなところで犯罪を犯しているのか。
「未来から持ってこられるものは少ない。そして未来から来た私たちが、創造の演算を行うためには勢力がいる。多くの同胞は依代どころか、地球圏にすらたどり着けない。たどり着けても人間に当たって砕け散るのが大半だろう。運良く依代を得ても、それが十全な依代とは限らない」
そういってベネラは体をリオに向け、手を広げ全身を見せつけた。
「どうだ? 私は金持ちに遊ばれ捨てられたゴミ人形にたどり着いた」
「それは……」
その言葉に悲哀は感じられなかったが、嫌悪感と同情を誘った。
「でも、あなたの感情は何も読めない。本当にその体に未来人の『意識』があるならば、私の能力であなたの感情が読めないのはおかしい!」
リオは感じていた疑問を述べた。感情が読みにくい相手、心を閉ざしたひとはいる。そんな相手でも何かしらは感じられる。たとえそれが動物でも。目の前のマシナリーからは何も感じられない。それは目の前にいるのは機械であるというリオなりの根拠でもあった。
その言葉にベネラは蔑むような表情をした。壊れかけだが、愛玩用の美しい顔立ちはその表情の冷たさを際立たせていた。
「その力がどこから来ていると思っている」
「え?」
「答えは飼い主に聞くといい。そいつが何者なのかは、もうわかっただろう?」
議長も未来人……。
「じゃあ、あなたは良い人なの?」
その言葉に先ほどまでの冷たい表情が打って変わって、ベネラは呆気にとられた顔となった。
「単純だな。未来から来た私たちには制約があった。私利私欲を捨てるために人格を捨てることだ」
「それって死ぬのと変わんないじゃん」
「そうだ。意識から本来の人格を削ぎ落とす。少しでも演算に役立つ情報を詰め込むためでもあったが、目的外の野心を持たないためだ。そして私は――その制約を守っていない」
ベネラが自嘲気に笑った。
「バレたら同胞に殺されるだろう。不穏分子だ」
「じゃあ、何が目的なの? 私に語ってどうしたかったの?」
「お前がここに来た時点で私の目的は達成されている。起きる時間だ。ありがとう、リオ。愚かな同胞達によろしく伝えてくれ。滅びは運命だった。それを受け入れられない冒涜者は消えるべきだ」
そう言う彼女の顔は、彼女の信者たちのようにどこか狂信じみた雰囲気であった。機械の体だがひどく俗っぽく、憎しみと自己陶酔にあふれた顔だった。
周りの景色が歪む。真っ白になっていく。リオの意識が現実に引き戻されようとしていた。
「待って!」
――――――――――
視界が戻る。そして先ほどまでいた現実の空間に戻っていた。首に繋がったケーブルを抜いて床に捨てた。隣のアンジェも同様に意識が戻ったようだ。
「壮大な話だったわね。客観的な証拠はないけど」
「そうだね……」
そんなふたりの会話にベネラが割って入ってきた。
「まあ、お前たちの立場だと確信は持てないだろう」
「結局あなたの目的が読めないわ。そんな壮大な話が真実だとして、私たちに話す意味も」
アンジェの言葉に、ベネラはしばし考え込むように黙る。そして再び軋む音を立てながら口を開いた。
「話す必要はなかったかもしれない。私も最後に、私たちが何者なのか誰かに語りたかっただけかもしれないな。それに反対だとしても……」
「最後」、その言葉にリオは引っかかった。どういうことなのか。
「本当なら『特異点』たる『ミール』を攫いたかったが、物理的に不可能だ。そのために特異点が贔屓している人間であるリオ――お前を狙ったが、予想以上にお前も中央に近かったな」
「何、特異点って」
「そこまで教える義理はないな」
本当の目的はミール? 未来人と彼にどんな関係があるの……。
そのとき、爆発音と共に銃声が遠くから聞こえてきた。信者たちの応戦の音や声、断末魔が聞こえるがすぐに静かになった。
『アンジェが呼んだ応援?』
『いいえ、呼べてないわ。でも私たちの通信が切れたから、OSIが部隊を派遣したのかも』
「来たな」
静かなこの空間にベネラの声が響く。
そして、この巨大な空間の出入口方向から、誰かが来る気配を感じた。暗闇から近づく人影が徐々に浮かび上がってくる。
「無事か? アンジェ、リオ」
「マクシィ?」
その人影はマクシィだった。灰色の戦闘服に様々な装備。まるで特殊部隊のような装いであり、連邦がよく使う小銃を構えていた。
「通信が切れたって、OSIからふたりへの応援要請があった」
「あなた今、艦隊勤務じゃないの?」
「……寄港中だ。君たちこそ、スラムの武装組織に大した武装もせず来るなんて。無茶をする」
呆れつつもアンジェたちの無事な姿に安心したような表情であった。しかし銃はしっかり構えたまま、その先を彼にとって不審な人物である――ベネラに向けていた。
「で、誰だ?」
「ここのカルトのボス」
「なるほど」
トリガーに指をかけ、マクシィはいつでも撃てる用意をした。その目は見たことないほど冷たい。脅しではない本気さを感じた。
「やあ、マクシミリアン連邦宇宙軍大尉殿、はじめまして」
「……なぜ私を知っている?」
ベネラの言葉は丁寧だが挑発的であった。「不快だ」とばかりに顔をしかめたマクシィの指が僅かに動く。
「撃っていいのか? 私の後ろにあるデータが傷つくぞ?」
「なんのデータだ」
「お前の親玉が欲している内容だ」
親玉……? マクシィも議長を知ってるってこと?
ベネラの言葉にマクシィが先ほどまでの警戒心を少し解いて、銃を下げた。
「なら、お前がそうか」
「そうだ。奥のコンソールパネルに手を置くといい。それで閲覧できる」
突然ふたりは事前に互いを知っていたかのような会話を始めた。その様子にアンジェは動揺を隠しきれておらず、リオも言い知れぬ感覚が自身を襲った。
「なんの話をしているの……マクシィ」
リオのその声は小さく消えていくだけだった。そんな彼女の言葉が聞こえていないのか相手にもせず、彼はケーブルとモニターだらけのベネラの後ろにある巨大な機械の前へと進んだ。
たどり着くと彼はコンソールパネルに手を置き、何かを読み込み始めた。機械の所々にある端末たちの光が緑に輝く。ケーブル類も淡く光り、美しさと妖しさに空間が包まれた。
だが、光はそこだけではなかった。
「マクシィ? 目が光ってるよ……なんで通信できるの?」
「……」
そのリオの言葉に一瞬マクシィはリオたちに視線を向けた。コンソールパネルに触れていないもう片方の手で自身の目元を触る。まるで光っていることを知らなかったかのように。しかし答えない。アンジェの顔が険しくなる。マクシィの目は彼の瞳の色と同じ青色に光っている。通信時特有の光り方だった。リオたちの通信はまだ回復していないのに。
「ああ、ここにあるのは連邦軍が提供してくれた最新のジャマーだからね。連邦軍の彼は特別な通信手段があるんだろう」
連邦と今通信をしているの? OSIとして来てくれたんじゃ……。
リオが事態を飲み込めていない中、アンジェは彼女を庇うように腕を回し自身の後ろに下げた。まるで――マクシィから守るように。
「見られているか……私はこれを知るべきではなかったな」
彼の言葉はどういう意味だろうか。だがその声色も、彼から感じる感情もどこか諦観と後悔が伝わってくる。
「手遅れだ。君は見てしまった。『未来の技術』の断片とその証拠を。それだけでも宝の山だ。そこにはセランの持つデータサーバー本体の場所も入れておいた。好きに使うといい」
どこか勝ち誇ったかのようにベネラが彼に声をかけた。対してマクシィはコンソールパネルから脱力し腕も下げたまま立ち尽くしていた。ベルトで固定された小銃は宙に浮いている。しばらくして切り替えるかのように、再び銃を手に取り、振り返ってベネラに銃口を向けた。
「お前は……! なぜ俺にこれを見せた!」
「もう遅い」
その返事に対して、銃声が響いた。軍用のライフル弾は壊れかけのマシナリーでしかないベネラの四肢をいとも簡単にちぎる。辛うじて残った胴体と頭部が床に転がった。
「マクシィ! なんで!」
「リオ下がりなさい!」
喰ってかかろうとしたリオをアンジェが手で制した。
「不穏分子すぎる……これ以上引っかき回されてたまるか」
「マクシィ……あなたは――」
撃ったマクシィ自身が動揺している。彼の肉体であれば、小銃をフルオートで撃ってもスタミナをそこまで消費しないはずだった。なのに肩で息をする彼の姿は精神的なものからであろう。
そんな彼の目が再び青く光りはじめた。
「アンジェ、リオ……すまないが、私にはまだすべきことがある」
「まっ――」
アンジェの言葉をかき消すように、閃光が全てを埋め尽くした。視界が戻ると、そこにマクシィの姿はなかった。
残ったベネラの体がぎこちなく動き、パーツを溢しながら声を絞り出していた。
「――まったく……。取引相手を殺しにかかるとは。軍事力が取り柄の奴らは野蛮だな」
「あなたは何がしたいの! 何を彼に教えたの!」
軽くなってしまったベネラを、持ち上げるようにリオは掴み問い詰める。
「『未来人の情報と技術の断片』だ。これで連邦は未来人の存在を知った」
「マクシィが連邦に情報をリークするとでも思ってるの?」
そのリオの言葉に渇いた笑いが目の前の機械から聞こえた。
「愚かだな……あの光る目を見てそれか? 二重スパイに気づかないのか、いや信じたくないのか? 連邦は奴の目を通して全てを見ていたぞ。未来人のことは既に伝わっている」
笑みを作ろうとしているのか。銃弾の衝撃で頬も半分落ちている。何かが軋みながら動いているだけだった。
「その未来人のあなたはもう死ぬわよ」
「そうだな。だが未来人の勢力はまだ残っている。連邦は動く」
「どこにいるっていうのよ」
「なぜセランという都市国家がこれほど栄えている? なぜこれほど技術が進んでいると思う? まるで答えを知ってるかのように技術進歩が早い」
「まさか……!?」
「私たちの愚かな同胞が拠点としたのは月だ。そしてセランこそが――その中枢だ」
どんどんベネラの体が動かなくなっていく。もはや目は完全に焦点を失っており、軋む音もなくなっていく。
「滅びの運命を受け入れず、神の意志を汚し、過去を改変し、時間さえも汚そうとしている。滅びるべきだ……私たちは――」
その言葉を最後にベネラだったものは動かなくなった。
残されたリオとアンジェの間に沈黙が流れ、しばらくするとガンシップの重く響くエンジン音がした。空気すら揺れているようだ。通信も直った。誰かがジャマーを破壊したんだろう。ミール含めたOSIの職員とSPDの武装部隊もリオたちのもとにやってきた。
世界が動き出す――




