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33.the Oracle of Ruin 04

 貰ったデータに従いふたりで路地裏を進むと、リオの視界内に警告が表示された。ここから先は「管理外区」のようだ。SPDの治安活動適応外となる。


 ここから本当のスラム――無法地帯。


 リオの心の声とは裏腹に、広く開けたそこは無秩序ではなかった。違法であろう商品だらけの闇市があり、活気はそこそこあった。道端に商品を並べるその姿は、地球でよく見た蚤の市のようだ。


「思ったより普通ね。客の人相は悪そうだけど」

「そうだね」


 アンジェの感想に相槌を打ちつつ、露店に並ぶ商品に目を向けた。商品の中には生身の手脚のようなものが並ぶ店もあった。おそらく人工皮膚付きのパーツなんだろうが、表通りでは見ないおぞましい光景だ。それにスキャンをするとシリアル含めてデータが上手く読み取れない。


 盗品だろうか? アンジェには黙っておいたほうが良さそうだ。


 また、隅の方では派手めな恰好の女たちが明らかに売春をしていた。電子データで簡単に疑似快楽が得られるこの時代に、あんな商売がまだ成り立つのかとリオは驚いた。


 ふたりは異文化のこの空間に吞まれつつ、露店や立ち並ぶ店を見ていく。路地裏で出会った男から得た情報に従えば、このあたりにベネラのツールがある露店の本店があるはずであった。


「リオ、ここじゃないかしら」


 アンジェの指さす先にはこじんまりとした店が建っていた。データショップのようだ。


「うん。たぶんここだと思う」


 ふたりはそのまま店に入っていき、ネクサスにかかわる商品を探した。カウンターに店主と思われる「おそらく男」がひとりだけいた。改造しすぎて性別すら曖昧な見た目の店主は、一瞬だけふたりに目を向けたが、すぐに目をそらし何かの作業に戻った。


 あまり整理された店ではなく、色んなチップがぐちゃぐちゃに入った箱の中をリオは手あたり次第探っていた。アンジェは陳列されている商品を一つ一つ確認している。


「どう? 見つかった?」

「ううん、ダメ。面白そうな違法ソフトやデータはたくさんあるけど、ネクサスっぽいのはなさそう」

「こっちも駄目ね。でも、目玉商品としてベネラ製がいくつか並んでるわ。書いてあることが本当なら最新作らしいわよ」


 ――ということは、ベネラの使いが卸にきてるのは本当なのだろう。


 これ以上探してもネクサスは見つけられなさそうであった。アンジェは次を考えているようだが、リオの行動は早かった。店主の前まで歩いていくと、話しかけにくい雰囲気の彼に声をかけた。


「ネクサスは無いの?」


 電子ドラッグを求める頭の足りないティーンを装うなら、無遠慮に聞けばいいとリオは考えた。店主は作業の手を止め、リオの姿を顔の真ん中にある巨大な複眼インプラントで見てきた。人間のはずなのに駆動音が目立つ。そしてめんどくさそうな雰囲気を隠さず返事をした。


「あれはすぐ売れるからな。棚にないならないぞ」

「次の入荷は?」

「当分ない」


 手掛かりが途切れてしまった。そう思い顔を(しか)めるリオを見た店主は、目的のドラッグがなくて苛立っていると勘違いをした。


「ハアー。最近アイツらは表で広げたいのか、スラムの外で金持ち相手に売り捌いてるって噂だ。ここにはもう売りに来ないかもな」

「なんで表で?」

「アイツらの考えることは俺にも分からんな。どうせエリートへの復讐とかだろ」


 店主は投げやりな言葉で会話を区切ると、視線を再び手元に移し作業を再開し始めた。カチャカチャと物が触れ合う音が店内に響く。


「どうしても欲しけりゃベネラの使いのとこに直で頼みに行きな」

「どこ行けばいいの?」

「俺は情報屋じゃねぇ。品物買わないなら帰りな」


 これ以上粘っても無駄だろう。


 リオは店主からの情報収集は諦めて、先ほど品物が無造作に積まれた箱の中で見つけたデータチップを店主に渡した。

 

「じゃあ、これちょうだい」

「……いい趣味してんな」


――――――――――


 リオとアンジェは店の外に出てきた。アンジェは困り顔でリオに尋ねる。


「どうするの? ここから先の手掛かりがないわ」


 その言葉にリオはさっき購入したデータチップをポケットから出して、指ではじいて空中でキャッチした。そのチップをアンジェに見せつけながら言った。


「最高のアーキテクトは何もベネラだけじゃない。ヒーローには必ずアンチがいる」

「有名人にアンチはつきものでしょ?」


 アンジェの言葉にリオは少し得意気な顔で、彼女の周りを歩きながら自身の考えを披露し始めた。


「ベネラのソフトは特徴的な挙動をすることで有名らしいの。まあ、エンジニア的には」

「あなたが理解しているわけではないのね」

「……その事実をアンチベネラの天才たちが、ベネラ製ツールを調べまくって見つけたんだって。で、わかったのは使用時に特異的なノイズがあるらしい」

「そんな欠陥があれば誰も使わないんじゃない? それに外部から他人のソフト挙動なんてわからないでしょ」


 アンジェの最もな反論にリオは答えた。


「表面上の僅かなノイズだから支障はないよ。それにどんなアーキテクトのソフトもコードの個性がそういう風に出るらしいよ」

「なるほどね。マニアの知識はバカにできないわ」

「ただのノイズを観測するだけなら脳をクラックする必要なんてない。ほんの少し侵入させてもらえればわかるはず。表面上のデータ収集なら本人も気づかないでしょ」


 リオは自身が考えたベネラの痕跡探しの方法を自信満々に答えた。それに対して一言言いたげに、アンジェが眉を(ひそ)めた。


「軽くでも浸入した時点で違法ハッキングよ……それに闇市中の生態ログ情報を集める気? あなたの電脳でもパンクして死ぬわよ」

「ほら、アンジェが前に使ってたやつを使えば――」


 以前エミリーの泊まっていた「ノーサイドホテル」でアンジェが使用したハッキング手段。それを覚えていたリオは、この作戦に使えば良いと考えていた。


「政府のデータセンターを使えってこと? 超法規的使用は手続きが本当に大変なんだからね……」 

「麻薬捜査は立派な理由でしょ? 今回は電子ドラッグだけど」


 アンジェはため息を吐く。データセンターの利用については異論はないようだった。


「どっちにしても、ピックアップするノイズデータの詳細がなければ意味ないわ。その魔法のデータはどこから出てくるの?」


 その言葉にリオは会話中に指先で遊んでいたデータチップをアンジェに見せつけた。


「今さっき判定用のデータ買った」

「あのゴミ山みたいに散乱したチップの中から見つけたの? 無駄な趣味じゃなかったわね」


 呆れたような感心したような雰囲気でアンジェが言う。しかし――


「データセンターで演算能力は担保できても、そんな大規模な無差別ハックのノウハウはないわよ」

「私もわかんないよ。深度スキャンですらスペック足りてたのに、データ解析しきれなかったし」

「セラフを呼ぶわ。彼ならいけるはずよ」

「おねがい」


――――――――――


「呼ばれてきましたが、とんでもないところにいますね。ここスラムでもかなり深いところですよ」

「承知の上よ。任務は理解してるかしら?」

「簡易的には聞いてます。ネクサスの調査ですね?」


 ふたりは空から浮いてやってきたセラフにことの経緯を説明した。顔がないため表情はわからないが、目が何度も点滅していることから何か考え込んでいるようであった。


「一致するノイズデータを見つけるための広域ハック解析……違法捜査の手助けですか。まあ私たちの権限から追認はされるでしょうが」

「データセンターを使えばスペックは足りるよね?」

「足ります。私の解析能力なら見つけることも容易いでしょう。あとの書類仕事は任せましたよ。アンジェ副室長殿」


「……わかったわよ」


 セラフの声色にあまり変化はないが、その言葉は皮肉気であり楽しそうだ。意外と人をからかうタイプかもしれない。


「では早速始めますか」


 彼の機械のような男性音声を皮切りに、無差別のハッキングが始まった――

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