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32.the Oracle of Ruin 03

「『ネクサス』?」


 リオはシャイアンのOSI本部にあるエージェント用の執務室で、アンジェの言葉をそのまま聞き返した。卒業認定がされたとはいえ、表向きは学生のまま正規職員のように働いていた。ほとんど雑用であったが。


「今スラムで流行っている電子ドラッグよ。そこそこ有名だけど聞いたことない?」

「聞いたことないかなー」


 リオの言葉に「そう」とあまり期待していなかったような返事であった。そのまま一枚の書類をリオに渡してきた。紙媒体を模したタイプの電子書類だ。アンジェがわかりやすくまとめた報告書が表面に流れていた。


「スラムで流行ってるだけなら、正直警察――SPDに任せておけばいい。ただそこにも書いた通り、外務省職員にも使用者が出始めていて、政府も本腰を入れて捜査を開始するそうよ」

「もしかしてその捜査を――」

「そう。警察の合法的な捜査だと被害が広がるからって、OSIに依頼が回ってきたわ」


 突然の麻薬捜査にリオは驚きとともに疑問を持った。前にミールが言ってた「危険な任務」に麻薬捜査は入らないのかと。彼女の(いぶか)しげな表情を見て、アンジェが答えた。


「詳しくは知らないけどミール先生……いや、室長の任務は実力行使的なものが多いらしいわ。だから麻薬捜査程度は危険の範疇だと思ってないのかもね」


 議長も殺し合いがなければ危なくないとか考えてそう。


「OSIってこういう任務そこそこあるのかな。この前みたいなのもまた起きたりして……」

「前にも言ったけど、私もあんな殺し合いなんて初めてよ。荒事は専門外なの。そういうのはミール室長やマクシィが担当だわ、たぶん」

「たぶん?」

「そういうやば気な内容のときは最高評議会経由だから、副室長の私にも詳細は知らされないのよ」


 アンジェがこめかみを抑えてため息交じりに答えた。リオはエミリーの事件を思い出す。ホテルでのアンジェの動きは、荒事に慣れてないとは思えないほど的確だったように感じた。そういったなんでもできる感が、今の彼女の地位につながっているのだろう。


「で、今回のネクサスの件ね。あのときのホテルのテロリストも使用していたことがわかってる。『ベネラ』っていうアーキテクトが作成者らしく、裏では有名らしいわ」

「……!」


 リオはその名前を知っていた。そして知っていることが顔にしっかり出ていたため、アンジェに気付かれた。


「明らかに知ってる顔ね。何を知ってるの?」

「私の電脳のツールアプリって結構ベネラ製が多かったりして……」

「……何買ってるのよ。裏社会のアーキテクトなのよ」

「いやあ……」

「まったく……身近に手掛かりがいたのは幸いね。でも相変わらず違法ツールを買い漁ってるの?」

「え、でも、ホテルの件から路地裏の露店とかには行ってないよ!」


 リオの言葉に対してアンジェの目は半信半疑だ。呆れつつ言葉を続けた。


「そんなグレーなアプリばかり使ってると、本当にいつか捕まるわよ、リオ」

「使わないよ! 持ってるだけ! コレクション!」

「あなた……本当はネクサスやってないわよね?」

「してないよ!」


 リオはあらぬ誤解を全力で否定した。ここにSPDがいて、リオの持つ電脳ツールを開示された場合、逮捕されるくらいにはコレクションは闇市で仕入れた品物だらけであった。彼女にとって違法なことに使わなければセーフという認識であった。

 

――――――――――


 その後、リオの持つツールを手掛かりに捜査を開始することになった。


「とりあえずこれらはどこで買ったの?」

「セントラル近くの路地裏にある露店」

「解析して中身を見るわ。いい?」

「うん」


 リオはアンジェのアクセスを許可し、持っているベネラのアプリを開放した。アンジェは目を光らせながら、それに対してOSIの持つクラウド上の演算装置を用いてハックを試みるが、弾かれてしまった。その事実に衝撃を受けたアンジェが声をあげた。


「あり得ない。連邦の大統領府だって落とせる性能なのに!」

「さすがベネラだね」

「なんであなたが誇らしげなのよ……」


 アンジェは自身の権限で使える最高レベルのハッキング手段が使えなかったことから、他の手掛かりを探した。表向きに見えるデータの精査だ。


「通信ログとかはなさそうね」

「流石に監視バックドア付きのは入れないよ」

「裏のツールなんて何仕込まれてるかわからないのよ」


 軽い返事に対して小言を言われる。もはやアンジェのこれには慣れたものであった。


「ちゃんとインストールしたものを精査するアプリは入れてるよ。ナノマシンが全部チェックしてくれてるし」

「まあ、ミール室長もあなたのシステムチェックは常にしてるだろうし、大丈夫か」


 アンジェもリオの言葉に一応納得はした。何かまだ言いたげな雰囲気を醸していたが。


「それにベネラはユーザーニーズに最高に応えてくれるアーキテクトとして有名なんだから」

「アウトローにとってでしょ? オープンソースじゃないから信頼しちゃだめよ」

「どうせソースなんて読めないよ」


 リオにとってベネラは最高のアーキテクトのひとりであり、こういったツールのマニアとしては憧れであった。アンジェにとってはどれだけ優れていようと、裏のアーキテクトなんて胡散臭い犯罪者でしかなかった。


 結局ふたりでデータを精査してもめぼしい情報は得られなかった。


「で、どうするの?」

「そうねえ。足を使うしかないわ」

「つまり?」


――――――――――――――――――――


 ふたりは今、セラン都市内の中心部であるセントラル区の路地裏にいた。いつものアンジェらしいタイトな服装ではなく、派手な柄のTシャツに、一見スカートに見えるキュロットを履いていた。普段は肩まで下ろしている髪もサイドにまとめており、そのせいか印象はかなり違って見えた。対してリオは、いつも通りのぶかぶかのパーカーに短めのショートパンツ、深くキャップを被っていた。


「アンジェってそんな服持ってるんだ? 意外」

「私もラフな服くらい持ってるわよ。あなたはよく似合ってるわね。本当に二十歳超えたの?」

「元々こういうのばかり着てるしね」


 他愛もない会話をしつつ路地裏を進んでいった。天高くから人工の光は降り注いでいるはずなのに、だんだん周りが暗く感じてきた。物理的にも空気的にも。行き交う人々も雰囲気が澱み始める。


「例のツールはこういうところに売ってるの?」

「時々こういう所でスラムの出張露店とかあるからそこで買った。でもスラム街の方は行ったことないよ。『管理外区』は怖いし」

「私にとってはここも充分スラムよ……それにしても、露店っぽいのはいくつかあるけど電子系はなさそうね」


 不意に襲われたりしないように、互いにセンサー類はフル稼働させながら、情報共有で周りの状況を更新しつつ進んでいた。傍から見ればどうとでも料理できそうな若い女ふたりであった。用心に越したことはないだろう。


「あ、待って!」


 リオはあることに気づき、アンジェの腕を掴んで引き留めた。


「どうしたの?」


 そんなアンジェの言葉に、リオは先の方で露店を物色している中年の男を指さした。お世辞にも清潔そうな見た目ではなく、スラムの浮浪者といった装いだ。小太りで無精髭を蓄えている。


「あのおじさん、よく同じ店で見る人」

「知り合い?」

「知らないけど、よく見かける者同士って感じ。何か知ってるかも」


 リオはそう言うと、その男に後ろから近づき声をかけた。


「ねえ」

「うおっ!? いつもの嬢ちゃん? なんだよ」


 突然声をかけられた男は、手に持っていた露店の謎のデバイスを落としそうになり、慌てて抱えていた。


「今日ってハックツール系売ってないの」

「ここはショッピングモールじゃねぇんだぞ。気安く声かけんなって」

「顔見知りだしいいでしょ」

「話したことねえだろ。お前そこそこ有名だぞ。ガキが札束で違法ツール買い漁ってるってな」

「札束っていつの時代の話してるの……」

「慣用句って言うんだよ。エリートくせえ顔してバカなのか?」


 男はオーバーアクション気味に両手のひらを上に向けて、リオを小バカにするような態度だった。 


「おじさん口悪いね」

「ハッ。お前は表の人間の匂い消せてなさすぎだろ、攫われるぞ?」

「そんなことはいいからさ」

「なんだ。ハックツールの店は今日やってねえよ。ネットにでも潜って探しな」

「ベネラ製のツールを友達が欲しがっててさ。どうしても早く欲しいんだ」

「あん?」


 男はリオの後方にいたアンジェに目を向けた。下から上まで値踏みするような目つきだ。その目にどこか下衆さをリオは感じた。アンジェもあからさまな見られ方に少し身をよじった。


「えらく美人なネェちゃん連れてんな。こんな糞溜め来るなら、もう少し小汚い格好をした方がいいぞ。服のダサさはいい感じだが、清潔すぎるな」

「なっ!?」


 そのあんまりな私服の評価に、黙って聞いているつもりであったアンジェはつい声が漏れてしまった。その顔も反論したそうに口をパクパクと動かしているが、引き続き黙っていることにしたみたいだ。


「お前も友達を変な道に連れ込むなよ。まあいいか。どうしても欲しいならスラムの奥に行くしかないな。ベネラ製をよく出してる出張露店の本店に行くしかねえ」

「本店なら必ずあるの?」

「まあな。数少ないベネラの使いが直接卸に来る場所だ」

「え? ベネラってセランにいるの?」


 リオの素直な疑問に男はハッとなり、悔しそうな顔をした。


「あ! もったいねえ、タダでやるような話じゃなかった。クソッ」

「ありがと、おじさん。これ情報料」


 彼女はそう言い、目を光らせながら目の前の男に送金をする。さすがに最低限のウォレット用インプラントくらいは積んでいるようであった。


「お前相場もわかんねえのか。渡しすぎだろ。まぁいい、マップにピンさしてデータやるから、そこへ行きな。気をつけろよ、とりあえず見えるところに拳銃でもいいから吊るしとけ」

「アドバイスどうも」

「はあー。さっさと行け」


 男との会話を終えたリオはアンジェの方に振り返り、笑みを浮かべながらピースサインを見せつけた。アンジェはというと――


「……ダサい? 私が? いや、ダサくは……ないはず……」

「結構気にしてたのね」


 リオは出発する前に再び男の方を向き声をかけた。


「ねえ、おじさん。ネクサスって知ってる?」

「知ってるが……まさか、おいやめとけって。ドラッグは火遊びじゃすまねえぞ」

「いや、気になっただけで」

「お前の財力だと売人のいいカモだろうに。さっき教えた店で売ってるが、ぜってえ買うなよ、いいな?」

「おじさんが言うならやめとくよ」


 ネクサス――その有力な情報を手にしたふたりは、管理外区であるスラムの奥へと向かっていった。

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