31.the Oracle of Ruin 02
「アンジェ、今日は何をするの?」
エミリーの事件からリオはルーチン業務に戻っていた。あれから大した事件は起きていない。時折OSIとしての仕事が割り振られているが、アンジェがやっていたように超能力者の安否確認が主であった。それも必ずアンジェかセラフが一緒だ。
「そうね、さっきの共和国の大使館職員の感情読み取りで終わりよ。帰って休んでいいわ」
「そっかあ……」
外務省内のアンジェの執務室で椅子に座るリオは、脚をぶらつかせつつ暇になってしまったと途方に暮れた。
「大学の研究室で暇を潰してきたら? ミール先生もいるでしょ」
「うーん。最近いないことが多いんだよね」
「OSIの任務でもあるのかしら」
「アンジェって副室長でしょ。何か知らないの?」
目の前のアンジェは先輩でもあり、リオが入った政府機関の上司でもある。そんな彼女がなぜ知らないのか、そう思うのは当然の疑問であった。
「副室長なんて言ってもすべてを知ってるわけではないの」
「え……そうなの?」
「所詮中間管理職よ。ミール先生は直接最高評議会とやり取りしてるから、なんの任務をしているかわからないわ。組織の指揮は私がほとんどとってるけど、それはサポート側の人員や設備の管理が主よ。事務仕事ばかり……予算管理すら私。荒事だってエミリーの件がはじめてよ……」
苦労人なんだ……というよりも、面倒ごとを押し付けられているのでは?
「じゃあ、組織のすべてを知ってるのは室長のミールだけ?」
「それもわからないわ。でも、室長という立場は私を遥かに超えた権限を持ってるはずよ」
「なんでわかるの?」
「誰も行ったことのない最高評議会の場所に彼だけが行けるからよ」
最高評議会――それが存在する場所はセントラルタワーの最上階といわれている。もともと政府関係者しか入れない建物だが、上層階に向かうほど権限が高いものしか入れない。そして最高評議会へは直属組織であるOSIの副室長という立場でも入れないらしい。
アンジェは議長の遠隔操作とは話したことはあるのだろうか?
「アンジェは議員の名前は誰か知ってる?」
「非公開よ。それは私にも例外じゃないわ。連絡も電子文書か処理された音声によるメッセージしか来ないから。名前どころか何も知らないと言っていいわ」
「そうなんだ――」
――ってことは議長もミールと同じで私を特別扱いしてる……謎ばかり増える。
その後他愛もない会話を挟みつつ、リオは外務省をあとにし大学へ向かった。研究室には誰もいなかったため、地下に向かうシャイアンへのエレベーターに乗った。
シャイアン内にOSIの本部があることを教えられてから、研究室か本部にあるエージェント用の執務室にいることが多くなった。しかしこの部屋に出入りするものは、リオとミールとアンジェ以外見たことがなかった。
いつもの部屋に向かう途中、何人かのOSIの技術スタッフや事務員とすれ違った。その多くがマシナリーのVTシリーズのハイエンドモデルであり、人間の構成員はほとんど見た事がなかった。
すれ違うマシナリーたちは皆自然な笑みを浮かべ、簡単な日常会話もこなす。それは人工知能とは思えないほど人間的で、本当に機械が相手なのか考えてしまうほどだ。
秘密組織のマシナリーだけあってうちのVT並にみんな人間みたいだ。街中で見かける量産型とは違う。
表に出れば、下火になった人工知能の権利団体が騒ぎそうな出来であった。
そして部屋に辿り着き入るが、やはり誰もいなかった。
「ミール、ここにも居ないか」
仕方ないので備え付けのソファに転がりながら、スナック菓子を食べ始める。堕落した時間だけが過ぎていく。何をするのが正解なのか思いつかなかった。
彼女にとってOSIに入ったのは、ミールのいる世界に近づくことも目的の一つだった。だが彼のいる世界に今まで以上に飛び込めたはずなのに、その距離が縮まった実感がなかった。
――――――――――
気づけばリオは寝てしまっており、ゆっくり目を開けると毛布がかけられていた。
起き上がると目の前には、マグカップでコーヒーを飲むミールが座っていた。片手には何か書類を持っていた。
「起きた? もう夜になってるよ。危ないから本部の宿直室に泊まったがほうがいい」
「うん」
いつもと変わらない様子。でもおかしな点がある。前は時々しか強い光を放たなかった彼の瞳が、ずっとキラキラと輝いていた。気のせいか星の数も増えている気がした。
読み取れる感情は気遣い? でも違和感……何かが漏れ出ないように必死に抑えてる?
「暇だったから寝ちゃった」
「今日も外交のお手伝いをしてたね、お疲れ様。でも今はOSIの任務も特にないし、やらせることもないかな」
「大学ってどうなるの? このまま卒業まで実習をしていくの?」
「ああ、言い忘れてたね」
ミールはうっかりしてたと言った感じで告げた。
「はいこれ」
「何これ」
彼は書類棚から一枚の厚紙を渡してきた。そこには「早期卒業認定」と書かれたタイトルの書類であった。しっかりと理事長の「エメス」のサインも書いてある。無駄に洗練されたデザインのサイン。まるで企業ロゴのようだ。
「え、卒業?」
「うん。認定だから大学には在籍してるけど、リオはすでに卒業生と同じくセラン工科大学卒業の肩書を持ってるってことだね」
「突然なんで?」
「君がOSIに入ったからだよ。アノマリー科はもともとOSI実働員、つまりエージェント育成機関として設立されてるからね。イレギュラーとはいえ、在学中になったんだから目標は達成してるって扱い」
本当にアノマリー科ってそういう所なんだ……。
「奨学金や学歴を餌に超能力者を釣ってるってこと?」
「そういうふうに言われると悪い組織みたいだね。否定しないけど。でも卒業時に政府の仕事にスカウトするだけで、断ってもセランは何もしないよ。あくまで勧誘だけ」
「ほんとに?」
「うちは他国と違って超能力者の絶対数が多いからね。意思を捻じ曲げてまで登用する気は無いよ」
「じゃあこの大学は――」
「リオは議長と面識があるよね? 工科大学は完全に政府の息のかかった場所だよ。シャイアンが地下にある時点でわかると思うけど。世界中から優秀な生徒が集まってくるというのも本質じゃないよ」
「どういう意味?」
「これ以上は教えられないかな」
そこまで言って教えてくれないんだ。
「最近ミールはどこに行ってるの? 前みたいに会えないね」
「少し仕事が忙しくなってきたからね。リオとの時間は作りたいけど――これでも組織の長だから」
「わがまま言ってごめん」
無理を言ったようで、リオは少し申し訳なさを感じた。
「じゃあ、僕はもう行くよ。予定があるからね」
そう言ってミールは、飲みかけのマグカップを手に取ろうとした。しかし伸ばした彼の手はそれを空ぶった。
「あれ?」
「大丈夫?」
「え? いや、まだ大丈夫。疲れたのかな、最近働きすぎたかもしれない」
彼は目頭を抑えていた。その瞳はより強く光っていた。
「うん、大丈夫。じゃあね、リオ。危ない仕事を回す気は無いけど、一応特務機関だからそれなりの仕事は回ってくる。議長から勝手に仕事の話がいくかもしれないけど、危ないと思ったら僕に連絡していいからね」
「わかった。ミールも気をつけて」
今度こそマグカップをちゃんと持って彼は退室していった。リオはミールのことを心配しつつ、今日はここで一夜を過ごそうと決めた。彼女は毛布を体に巻いたまま、備え付けの冷蔵庫から夕飯を取り出し始めた。




