12. 市場調査
朝食の席で、リディアはレオルに魔石の値段を尋ねた。
今朝は残り物のスープに卵を落とし、熱いまま二人の器へ分けている。レオルがその隣に、黒パンを切って置いてくれた。
「洗濯機に使った魔石です。あれは、いくらくらいしますの?」
「魔石そのものは金貨一枚と銀貨六枚ほどだったと思う」
リディアは匙を止めた。
「そんなに?」
「安い方だ。あれは研究院の標準品だからな。以前に買っておいたものを使った」
「では、金属の輪は?」
「半金貨もかかっていない。そちらも手元の材料を使ったしな」
「半金貨も、ですか」
「少額のものはよく覚えていないから、正確には分からん」
リディアは食卓の向こうに座る夫を見た。この夫から正確な製造原価を聞き出すのは、なかなか骨の折れる仕事らしい。しかし、話を聞く限り、材料費だけでも金貨二枚近くになりそうだった。
「あの、レオル様?」
「なんだ?」
「そもそも、洗濯代を節約するためにマルタさんへの依頼をおやめになったんですよね? それなのに、金貨二枚分もかけて洗濯機をお作りになったのですか?」
「洗濯機の開発費は洗濯代ではなく、研究費だ」
「なるほど……?」
結局、リディアは研究室に保管されていた領収書を集め、書斎の机で計算を始めた。
使用した魔石、金属部品、加工賃……。それらを合算していくと、装置一台にかかった費用は、やはり金貨二枚ほどになった。
ただし、ここには試作中に割れた樽や、無駄になった金属帯は含まれない。最初から同じものが作れるならもっと安くなるかもしれないが、誰でも同じように作れるとも限らない。
レオルの作業時間まで値段に入れようとすると、計算はさらに難しくなった。
「これを一台売るとして、どれくらいが適正なのでしょうね」
「何の適正だ?」
いつの間にか、レオルが背後に立っていた。
「販売価格です。材料費だけでなく、作業費なども含めなければいけませんでしょう?」
「作るのは面白かったから、代金を払ってもらう必要はないが」
「あなたが面白かったかどうかで、商品の値段は決まりません!」
「そういうものか」
リディアはため息をついた。商売を始める前から、夫との間に深い溝がある。
もっとも、リディア自身にも分からないことは多かった。
庶民が一日分の洗濯代としていくら払うのか。裕福な家で洗濯を請け負う使用人には、どれだけの給金が与えられているのか。便利な魔道具を手に入れたからといって、使用人を一人減らせるのか。
計算するには、まず数字が必要だった。
リディアは出かける支度を整えた。レオルも、今日は研究院に用があるという。手にしていたのは小さな手帳と、書き込みの多い論文の束だった。
彼女は靴を履きながら、夫に声をかけた。
「私も街で用事を済ませてまいります」
「そうか。鍵は持ったか?」
「ええ」
「ならば問題ないな」
珍しく、日常生活に関する注意を受けた。そういえば昨日、レオル自身が鍵を忘れて研究室の窓から入ろうとしていたのだが、それは言わないでおいた。
◇
商業地区の南側には、魔道具を扱う店が数軒あった。いずれも魔術師向けの小物や、富裕な家庭の照明器具、暖房具などが並んでいる。
リディアはまず、魔石を売っている店で値段を確かめた。
洗濯機に使われていた規格の魔石は、たしかに金貨一枚と銀貨六枚程度だった。取り扱い方法と再充填の費用を聞くと、店主が用途を尋ね返してきた。
「家庭用の道具に使いたいのです」
「どんなものです?」
「水を動かす装置です」
「噴水ですか?」
「洗濯です」
店主は一拍置いてから、棚の魔石を見た。
「洗濯のために、これを?」
「ええ」
「……景気のいいお話ですね」
どの辺りが景気がいいのだろうか。
リディアは洗濯機のことを詳しく説明しようかと思ったが、まだ売り物になるかどうかも決まっていない。余計な話をするのはやめておく。
店主によれば、標準的な魔石の再充填には銀貨一枚前後がかかるらしい。再充填の頻度は術式や装置次第なので、現物を見なければ分からないという。
つまり、洗濯機の購入に伴う費用負担を計算する際は、購入代金だけでなく、維持費用も考慮しなくてはいけないのだ。
次に、魔道具を扱う商店で魔道具全般の相場を調べた。
屋内用の照明器具は安いもので銀貨十枚ほど。大きな魔力暖炉になると金貨四枚から六枚。大貴族や富豪用の結界装置には、二十枚を超えるものまであるらしい。
一口に魔道具とはいっても、種類や用途によって値段がまるで違う。
「ずいぶん熱心でいらっしゃいますね」
店員が笑いかけてきた。
「家のために何かお探しですか?」
「ええ、まあ。少し参考にしたくて」
「奥様のお屋敷でしたら、こちらの暖房器具などはおすすめです。燃料を運ぶ手間が減りますよ」
勧められた器具は金貨五枚だった。
リディアは礼を言い、手帳に値段を書き込んで店を出た。
それだけのお金を出せる人がいるのだ。いや、伯爵家に住んでいた頃の自分なら、あの暖炉もそう迷わず買えたかもしれない。
だけど、何のために普通の暖炉ではなく、高価な魔力暖炉を買うのだろう。燃料代を節約するためだけではないはずだ。薪を運ぶのが面倒な人もいるだろうし、煙を嫌う人もいるだろう。
単に帳簿を計算することと、他人が何のためにお金を使うのか考えることは、ずいぶん違っていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
当初は全20話を予定していましたが、一話ごとの長さを調整した結果、第一部は全24話構成となりました。なお、本日は続きとなる第十三話を、夜に更新する予定です。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。




