その7 王室専属顧問魔術師の書庫~後編~
魔力★11以上。
最上級魔術師。
そんな大層な条件が必要な場所だったの!?
私は思わず、自分の身体を見下ろした。
もちろん、魔法の光に縛られているせいで、首から下はほとんど動かせない。
「……あの」
「何だ」
「これで、よかったんです」
「……は?」
「私、捕まるつもりだったんです!」
青年は、ぴたりと動きを止めた。
「…………何だと?」
「だって、牢屋に入れば、王女様に命令されずに済みますから!」
言ってしまってから、私ははっと口を押さえた。
しまった。
初対面の人に、何を話しているのだろう。
しかも、ここは王室専属顧問魔術師の管理する書庫。王女の命令で盗みに入ったなどと知られたら、ただでは済まないかもしれない。
けれど、もう遅かった。
青年は、しばらく無言で私を見つめていた。
やがて、盛大にため息をつく。
「……どんな大悪党かと思ったら」
「え?」
「とんだ迷子の仔猫だったってわけか!」
迷子の仔猫!?
私、そんなに小さく見えるの!?
「ち、違います! 私は迷子ではありません!」
「では、なぜ七番書庫にいる?」
「それは……」
「なぜ本を盗んでいる?」
「それは……」
「なぜ、捕まりたがっている?」
「うっ……」
ひとつも反論できなかった。
青年は額に手を当て、もう一度深々とため息をついた。
「……まったく。今日は厄介な日だな」
そう言いながらも、彼は私を縛る魔法を解かなかった。
「まず、その本を見せろ」
「は、はい……」
私は動かせない腕の代わりに、視線で胸元の本を示した。
青年はそれを取り上げ、表紙を確認する。
「第二書庫の本か。なるほど、警報が鳴ったのはこれのせいだな」
「やっぱり、そうですよね……」
「当たり前だ。無断で持ち出そうとすれば、警報が鳴るようになっている」
「……では、どうして書庫の扉は開いたんでしょう?」
思わず口にすると、青年は私を見た。
「何?」
「扉です。私、何の抵抗もなく開けられたんです。すべての書庫の扉を」
「…………」
青年の表情が変わった。
先ほどまでの呆れた顔から、何かを見極めようとするような鋭い眼差しへ。
「もう一度、聞く。お前は本当に魔力がないのか?」
「はい。魔力測定では、ずっと判定不能でした」
「判定不能……」
青年は呟き、私の手元をじっと見つめた。
その視線の意味は分からない。
けれど、私はひとつだけ確信していた。
この人、絶対に私を帰してくれない。
牢屋に入れてもらうつもりだったのに。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
「……とにかく、ついてこい」
青年は本を片手に、私の拘束を解いた。
「えっ、牢屋じゃないんですか?」
「なぜそうなる!」
「だって、私は泥棒ですし……」
「分かっている! だからこそ、事情を聞くんだ!」
青年は私の腕をつかむと、七番書庫の扉へ向かった。
そして、私を連れて歩き始めた。
向かう先は、一番書庫。
途中ですれ違った魔術師たちが、次々とこちらを振り返る。
「……誰だ、あの女?」
「さあ? 見たことない顔だな」
「待て。あいつが持っているのは……」
「七番書庫から出てきたのか!?」
「嘘だろ……!」
ざわめきが、広がっていく。
好奇心に満ちた視線。驚愕。羨望。そして、隠しきれない嫉妬。
「魔力★11以上の者しか入れないはずだぞ……」
「まさか、あの女が★11以上だというのか?」
「いや、だが、さっき魔力がないと言っていなかったか?」
「では、どうやって……」
「それに、警報が鳴ったということは、盗みに入ったのではないのか?」
「王宮の書庫で盗みだと? 何を考えているんだ!」
非難の声まで混じり始めた。
私は、いたたまれなくなってうつむいた。
違うんです。
私だって、好きで盗みに入ったわけではないんです。
王女に命じられて、仕方なく……。
……いや、そんな言い訳をしても、許されるわけではない。
私は盗みを働こうとした。
その事実は変わらないのだから。
「顔を上げろ」
不意に、青年が言った。
「え?」
「下を向いて歩くと転ぶぞ。迷子の仔猫」
「だから、迷子じゃありません!」
思わず顔を上げると、青年はほんの少しだけ口元を緩めた。
その表情に、私はなぜか、ほんの少しだけ安心してしまった。
……この人は、いったい何者なのだろう。
そして、私の身に何が起ころうとしているのだろうか。
そんなことを考えているうちに、私たちは一番書庫へとたどり着いたのだった。




