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王女に人生を操られていた侍女ですが、国境の将軍様だけは私を信じてくれました  作者: RiePnyoNaro


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その5 将軍様と共犯になりました

 エルンハルト将軍の執務室。


 私は椅子に座ったまま、エルンハルト将軍の顔を見上げていた。


「それで……『運命の子』って、いったい何なんですか?」


 さっきから頭の中は疑問だらけだ。


 私をさらった男たちは、私を『運命の子』と呼んでいた。


 そしてエルンハルト将軍も、その言葉を聞いた途端、明らかに様子が変わった。


 いったい、私は何なのだろう。


 エルンハルト将軍は少し考えるように黙ったあと、口を開いた。


「『運命の子』とは――魔力を保証する存在だ」


「……魔力を、保証?」


「ああ」


 エルンハルト将軍は机の上に置かれた地図へ目を落とした。


「この世界で魔法が使えるのは、人間が生まれつき魔力を持っているからだと思われている」


「違うんですか?」


「正確には違う」


 エルンハルト将軍は地図を指でなぞった。


「『運命の子』が存在するから、世界中の魔力が維持されている」


「…………」


「もし『運命の子』が存在しなければ――すべての魔法使いの魔力は、ゼロになる」


「え?」


 思わず声が裏返った。


「じゃ、じゃあ……『運命の子』が死んでしまったら?」


「魔法は使えなくなる」


「そんな……」


 私は言葉を失った。


 魔法。


 それは私にとって、ずっと遠いものだった。


 魔力判定で最低ランクにも届かなかった私には、縁のないもの。


 けれど、それが世界中の人間にとって必要なものだとしたら――。


「そんなこと、本当にあったんですか?」


「何度もある」


「何度も?」


「ああ。過去には、世界中から魔力が失われた時代がある」


 エルンハルト将軍の声が低くなる。


「だが、そのたびに魔力は復活した」


「……どうして?」


「『運命の子』が、どこかで生まれたからだ」


 私は息を呑んだ。


「魔力が復活した日は、『運命の子』が生まれた証拠だと言われている」


「じゃあ、その日に生まれた子供が……」


「『運命の子』の候補になる」


 私は自分の胸に手を当てた。


 私が生まれた日は――。


 ディアナ王女と、同じ。


 偶然だと思っていた。


 いや。


 そもそも、私なんかがそんな大それた存在であるはずがない。


「候補ってことは、何人もいるんですか?」


「そうらしい」


 エルンハルト将軍は苦笑した。


「俺も詳しくは知らない。何らかの規則に従って候補を数人まで絞り込むそうだ」


「何らかの規則……」


 では、私が本当に『運命の子』なのかは、まだ分からない。


 それなのに。


 私をさらった男たちは、私を見て『運命の子』と言った。


 そして――ディアナ王女も。


 もしかしたら、何か知っている?


 そう考えた瞬間。


 胸の奥が、ずきりと痛んだ。


 私はエルンハルト将軍を騙すためにここへ来た。


 ディアナ王女の命令で。


 軍事機密を聞き出すために。


「……あの」


「なんだ?」


 言わなければ。


 この人には、言わなければ。


 私は膝の上で手を握りしめた。


「私……あなたを騙すために、ここへ来たんです」


「…………」


 エルンハルト将軍の表情が消えた。


「ディアナ王女に命令されました」


 怖い。


 怒られるだろうか。


 追い出されるだろうか。


 それとも――。


「最初から、俺の情報を?」


「はい……」


 私は俯いた。


「でも……」


 声が震える。


「あなたが私を助けてくれて……」


 あのとき、落ちていく私を見て、必死に手を伸ばしてくれた。


 あの人たちに襲われたときも、私を守ってくれた。


「もう、あなたを騙したくありません」


 長い沈黙が落ちた。


 やがてエルンハルト将軍が、深く息を吐いた。


「……そうか」


「ごめんなさい」


「謝るな」


「え?」


「事情があるんだろう?」


 私は顔を上げた。


 エルンハルト将軍は、いつもの不愛想な顔をしていた。


 けれど――怒ってはいなかった。


「家族か?」


「……はい」


 それだけで、胸がいっぱいになった。


「では、どうする?」


「え?」


「ディアナ王女に何も報告しないわけにはいかないんだろう?」


「……はい」


「なら、嘘を報告すればいい」


「嘘……?」


 エルンハルト将軍は机の上の紙を一枚取った。


「警備兵の配置を書け」


「えっ?」


「本当の配置を書く必要はない」


 エルンハルト将軍は地図を広げた。


「西側の警備兵を東側にいることにする。見張り台の位置も変える。兵舎の場所も適当にずらせ」


「そんなことをして……大丈夫なんですか?」


「俺が許可した」


 エルンハルト将軍が平然と言った。


「だから、お前は安心して嘘をつけ」


「…………」


 思わず笑いそうになった。


 初めてだった。


 誰かと一緒に、ディアナ王女の命令に逆らうのは。


「……はい!」


 私は筆を取った。


 そして、本当の情報とはまったく違う警備配置を書き始めた。


 西の兵舎を東へ。


 東の見張り台を南へ。


 兵士の人数も適当に増やしたり減らしたりする。


 これなら――ディアナ王女は、きっと信じる。


 だって。


 私がこれまでずっと、言われた通りに動いてきたから。


「できました!」


 私は紙をエルンハルト将軍へ差し出した。


 エルンハルト将軍はそれを眺めると、ほんの少し口元を緩めた。


「悪くない」


「本当ですか?」


「ああ。もっとも――」


 エルンハルト将軍は紙を指差した。


「ここに書かれた兵士二百名は、実際には存在しないがな」


「……え?」


「お前が勝手に書いたんだろう?」


「…………」


「嘘が下手なのかと思ったが、案外大胆だな」


「だ、だって! 適当にって言ったじゃないですか!」


 私は頬を膨らませた。


 エルンハルト将軍が小さく笑った。


 その笑顔を見ていると、不思議な気持ちになる。


 この人となら――。


 ディアナ王女に逆らえるかもしれない。


 ほんの少しだけ。


 ほんの少しだけど。


 私は、自分の運命を自分で選べるのかもしれない。


 翌朝。


 私は偽の報告書を持って、王宮へ戻った。


 ディアナ王女の前に跪き、何食わぬ顔で報告する。


「エルンハルト将軍から伺った、G国軍の配置です」


「そう」


 ディアナ王女は満足そうに笑った。


「ご苦労さま」


 私は頭を下げた。


 ――成功した。


 ディアナ王女は、私の嘘を信じた。


 初めて。


 私はディアナ王女を騙したのだ。


 小さな、小さな反撃。


 それでも私にとっては、大きな一歩だった。


 けれど。


 その夜。


 ディアナ王女は一人、机の上に置かれた別の情報と、ベルから聞いた報告を見比べていた。


「…………おかしいわ」


 ディアナ王女の眉が寄る。


 報告が、食い違っている。


 どうして?


 ディアナ王女はしばらく黙り込んだ。


 そして――。


「まさか……」


 ゆっくりと顔を上げる。


「ベルが……裏切ったの?」


 ディアナ王女の瞳から、笑みが消えた。


「私に……逆らったですって?」


――――。


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