その31 炎を放った理由
魔力照合が行われる日、王宮の会議室には、マルセル殿下をはじめ、ノルベルト卿、イルマー様、エルンハルト様、そして王宮に関係する魔術師たちが集まっていた。
私も、調査に関わった者として同席している。
ハリー様は水晶を机の上に置き、集めた魔力の記録を一つずつ照合していった。
「これで最後だね」
最後の水晶を確認したハリー様が、ふと手を止めた。
「……一致した」
「誰の魔力だ?」
マルセル殿下の問いに、ハリー様は顔を上げた。
「レオン・ローラン卿です」
室内の空気が凍りついた。
「何だと?」
レオン様は立ち上がった。
「馬鹿な! そのような結果が出るはずがない!」
「水晶の示す結果は明確だよ」
「魔力の波形など、同じ系統の魔法を使えば似ることもある。私が犯人だという証拠にはならない!」
レオン様は強い口調で言い切った。
けれど、ハリー様は動じなかった。
「同じ系統の魔法を使っても、術者の魔力の癖までは一致しない。これはレオン卿、あなたの魔力だ」
「それだけで私を犯人扱いするつもりか!」
そのとき、エルンハルト様が私を見た。
私は一歩前に出た。
「レオン様には、王女殿下がお召しになる前のドレスに触れる機会がありました」
「装飾品の確認をしただけだ!」
「はい。侍女の証言でも、レオン様が胸元の飾りに触れていたことは確認できています。そして、ドレスの発火は、その近くから始まっていました」
「だから何だ! 王女殿下の装飾品を確認するのは、私の仕事だ!」
「それだけではありません」
私は、あの日の火災を思い出した。
「火がついたとき、レオン様はすぐには動かなかったそうですね。王女殿下がご自分で火を消せないと分かってから、駆け寄ったのではありませんか?」
「……何を言っている」
「レオン様は、王女殿下が火を消せるかどうか、確かめていたのではないでしょうか」
レオン様の顔が強張った。
「では、レオン様は、王女殿下が火を消せるとお考えだったのですか?」
「そんなことはない!」
答えは、あまりにも早かった。
私は息を呑む。
「王女殿下が魔法を使えないことを、確かめたかったのではありませんか?」
「違う! 王女殿下に魔力がないなどと、誰が決めつけた!」
会議室が静まり返った。
私は何も言えなかった。
けれど、レオン様は今、自分から答えを口にしたのではないだろうか。
「……なぜ、王女殿下の魔力を確かめる必要があった?」
ハリー様の声が響く。
「あなたは王女殿下の専属顧問魔術師だ。魔力があるかどうかを知るために、火を放つ必要がどこにある?」
レオン様は唇を引き結んだ。
「王女殿下を守る立場の人間が、王女殿下を危険にさらした。言い逃れはできない」
エルンハルト様が冷ややかに告げる。
マルセル殿下は、険しい表情でレオン様を見据えた。
「レオン。なぜ、そのようなことをした?」
長い沈黙の後、レオン様はようやく口を開いた。
「……王女殿下に魔力があるかどうか、確かめる必要があったのです」
「そのために火をつけたというのか?」
「魔力を持つ者ならば、自分の身に迫る火を消すことができる。そう考えました」
「だから、王女殿下を火にさらしたのか!」
マルセル殿下の声が怒りに震えた。
「火は思った以上に広がりました。まさか、あそこまで燃え移るとは……」
「まさか、では済まされない!」
マルセル殿下が机を叩いた。
「王女を試すために火を放ち、侍女まで巻き込んだ。その責任をどう取るつもりだ!」
レオン様は答えなかった。
王女を守るはずの人が、王女を試すために火をつけた。
その矛盾が、事件の真相だった。
*
事件の後、レオン様は王女付きの職務を解かれ、身柄を拘束された。今後の処分は、王太子殿下のもとで審議されることになった。
私は会議室を出たところで、エルンハルト様に呼び止められた。
「ベル」
「はい」
「今回の調査、ご苦労だった。君がドレスの形に目を向けなければ、あの魔力の痕跡は見つからなかったかもしれない」
「私はただ、気になったことを確かめただけです」
「その『ただ気になった』ことが、犯人を見つけたんだ」
まっすぐに褒められて、私は頬が熱くなった。
「僕も同意見だよ」
ハリー様が隣から口を挟む。
「魔法の痕跡を見つけたのは僕だけど、そこに目をつけたのはベルだ。僕だけなら、あのドレスをもう一度調べようとは思わなかった」
「そんな、大げさです」
「大げさじゃない。君の観察力は、魔法使いにはない種類のものだね」
エルンハルト様も、満足そうにうなずいている。
二人からこんなに評価されるなんて、夢にも思わなかった。
私は嬉しさを隠すように、うつむいた。
*
その後、エルンハルト様はマルセル殿下に呼ばれ、私はハリー様と二人で証拠品の返却を済ませることになった。
保管庫から出ると、廊下には人影がなかった。
「今日は疲れたね」
「はい。でも、事件が解決してよかったです」
「ベルが頑張ってくれたおかげだ」
「私は、そんなに大したことはしていません」
「またそれ?」
ハリー様が苦笑した。
「君は自分の働きを小さく見積もりすぎるよ。誰かが気づかなければ、誰も調べないことだってあるんだ」
「……ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことじゃない。僕は本当にそう思っているんだから」
ハリー様は、いつもの軽い調子とは少し違う声で言った。
「それにね。僕は、君と一緒に調査するのが楽しかった」
「私と、ですか?」
「そう。君が何に気づくのか、次は何を見つけるのか。目が離せなかった」
ハリー様が私を見つめる。
「事件が終わってしまったのが、少し残念なくらいだ」
「えっ?」
「もちろん、君が危険な目に遭うのは嫌だけどね」
彼はふっと笑った。
「また何かあったら、僕を頼ってほしい。事件の調査でも、それ以外でも」
それ以外でも。
その言葉が、なぜか胸に残った。
「……はい。頼りにしています」
そう答えると、ハリー様は満足そうに目を細めた。
「よかった。では、これからも君の一番近くにいられるよう、努力しようかな」
それは、ただの冗談なのだろうか。
それとも――。
尋ねる勇気は、まだ私にはなかった。




