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王女に人生を操られていた侍女ですが、国境の将軍様だけは私を信じてくれました  作者: RiePnyoNaro


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30/33

その30 ドレスに残されたもの

「もう一度、ドレスを調べさせてください」


 翌日、私はエルンハルト様とハリー様に申し出た。


「ドレスを?」


 ハリー様が眼鏡の奥の目を瞬かせる。


「昨日も調べただろう。魔力の痕跡は、火災の熱でほとんど損傷していた。今さら調べても、結果は変わらないと思うけど」


「魔法のことではありません。ドレスの形を、もう一度見たいんです」


「形?」


「はい。実際に火がついたドレスを見て、気になるところがありました」


 ハリー様は不思議そうな顔をしたが、エルンハルト様はすぐにうなずいた。


「行ってみよう。調べなければ分からないこともある」


 証拠品を保管している部屋へ向かうと、係の者に頼んでドレスを出してもらった。


 燃えた胸元は黒く変色し、裾にも焼け焦げた跡が残っている。


 私はドレスの内側を覗き込んだ。


「やっぱり……」


「何か見つけたのか?」


 エルンハルト様が隣から覗く。


「ここです。胸元の裏側に、縫い目が重なっているところがあります」


 ドレスは何枚もの布を重ねて仕立てられていた。胸元の飾りの裏には、布が折り重なり、隙間のようになった部分がある。


「火は胸元から広がったんですよね?」


「ああ。最初に燃えたのはこの辺りだ」


「でも、表側が燃えても、折り重なった布の奥まではすぐに熱が届かなかったんだと思います」


 私は、焦げ跡のない小さな部分を指さした。


「ここだけ、布がほとんど傷んでいません」


「なるほど。火が直接触れなかったのか」


 ハリー様が身をかがめる。


「それで?」


「ここなら、魔力の痕跡も残っているかもしれません」


「……試してみよう」


 ハリー様は水晶を取り出し、布のすぐそばにかざした。


 淡い光が水晶の中に走る。


 しばらくして、ハリー様の表情が変わった。


「これは……」


「何か分かったんですか?」


「見てごらん」


 水晶の中に、細かな光の筋が浮かんでいた。先日見せてもらった焼け跡の魔力とは違い、途切れ途切れではあるものの、一定の形を保っている。


「火災で焼けた部分の痕跡とは違う。こちらは、かなりはっきり残っている」


「では、これが……?」


「発火に使われた魔法の痕跡かもしれない」


 ハリー様は水晶を見つめたまま、口元を引き締めた。


「これなら、先日の会議で提案した魔力照合ができる可能性がある」


「犯人が分かるんですか?」


「まだ分からない。だが、手掛かりが一つ増えたのは確かだ」


 エルンハルト様が私を見た。


「よく気づいたな、ベル」


「いえ。ドレスの仕立てを見ただけです」


「その『見ただけ』が大事なんだ」


 そう言って、エルンハルト様は私の頭に手を置いた。


 褒められたことが嬉しくて、頬が熱くなる。


 けれど、今はそれどころではない。


「もう一つ、確かめたいことがあります」


     *


 私はドレスの着付けを担当した侍女を訪ねた。


 事件当日のことを、もう一度確認したいと伝えると、彼女は少し困った顔をした。


「先日もお話ししたとおり、ドレスに不審なところはありませんでした。王女殿下がお召しになる前に、私がきちんと確認しております」


「はい。それは伺っています。ですが、ドレスを確認したのは、あなた一人ではありませんよね?」


「ええ……そういえば」


「王女殿下がお召しになる前に、レオン様がドレスの近くにいらっしゃいませんでしたか?」


 侍女は首をかしげた。


「どうだったでしょう。申し訳ありません。そこまでは覚えていません」


「王女殿下の装飾品を確認されていたのではありませんか?」


「……あっ!」


 侍女の顔が明るくなった。


「そうです! レオン様が、王女殿下の装飾品に不備がないか確認してくださったんです」


「そのとき、ドレスにも近づかれたのですか?」


「ええ。装飾品は胸元につけるものですから。確か、ドレスの前で何かを確かめていらっしゃいました」


 王女付きの顧問魔術師が、王女の装飾品を確認する。


 それ自体は不自然なことではない。むしろ、側近として当然の仕事ともいえる。


「そのとき、レオン様はドレスのどこに触れましたか?」


「どこに……?」


「覚えていらっしゃいませんか?」


「確か、胸元の飾りのあたりだったと思います。王女殿下の首飾りを確認していらしたので」


 胸元。


 発火の起点に近い場所だ。


「ありがとうございます。とても参考になりました」


 礼を言って部屋を出ると、廊下で待っていた二人のもとへ戻った。


「どうだった?」


 エルンハルト様が尋ねる。


「レオン様は、王女殿下がお召しになる前に、ドレスの胸元に触れていたそうです。装飾品の確認をしていたとのことでした」


「それなら、ドレスに魔法を仕込む機会はあったわけだ」


 ハリー様が腕を組む。


「でも、それだけでは犯人とは言えない。王女の側近が装飾品を確認するのは不自然じゃないからね」


「はい。私もそう思います」


 レオン様には、ドレスに触れる機会があった。


 そして、王女殿下が火を消せるかどうかを見ていた可能性もある。


 けれど、まだ決定的な証拠はない。


「魔力照合の結果を待とう」


 エルンハルト様が言った。


「それと、レオンの行動についても、もう少し調べる必要がある」


 私はうなずいた。


 そのとき、ハリー様が水晶を取り出した。


「そういえば、照合する魔力の記録を集めるなら、早いほうがいい。魔術師たちに協力を頼んでくるよ」


「よろしくお願いします」


 ハリー様が歩き出す。


 その背中を見送りながら、私はふと考えた。


 レオン様は、どうして王女殿下の装飾品を確認したのだろう。


 ただの側近としての仕事だったのか。


 それとも、ドレスに魔法を仕込むためだったのか。


 答えは、もうすぐ出るかもしれない。


 けれど、私はまだ知らなかった。


 この事件で明らかになるのは、火をつけた犯人の正体だけではないということを。



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