その29 魔術師たちの水晶
数日後、王宮でドレスの発火事件に関する調査会議が開かれた。
出席者は、王太子マルセル殿下、ノルベルト卿、宰相イルマー様、王女付き顧問魔術師レオン様。そして調査を担当したエルンハルト将軍とハリー様。私は記録係として、その末席に座っていた。
「調査結果を報告します」
エルンハルト様が立ち上がる。
「ドレスの発火は魔法によるものと判明しました。自然発火や、外部から通常の火種を持ち込んだ形跡はありません」
「魔法によるもの、か」
マルセル殿下が眉を寄せた。
「はい。ただし、現場に残された魔力の痕跡は、火災による熱で損傷していました。術者を特定するには至っておりません」
「つまり、犯人は魔術師ということか?」
ノルベルト卿の問いに、エルンハルト様はうなずいた。
「その可能性が高いと考えています」
会議室にざわめきが広がった。
王宮に仕える魔術師が、王女殿下に火をつけた。
そんなことが本当にあり得るのだろうか。
「王宮の魔術師が関わっているとなれば、穏やかではありませんな」
イルマー様が、いつもの落ち着いた声で言った。
「魔術師全員を疑うわけにもいかぬ。かといって、放置するわけにもいかない」
マルセル殿下が難しい顔をする。
そのとき、ハリー様が口を開いた。
「一つ、提案があります」
「何だ、ハリー」
「王宮に出入りする魔術師全員の魔力を水晶に記録し、ドレスに残った魔力の痕跡と照合してはどうでしょう」
「それで犯人が分かるのか?」
「すぐに特定できるとは限りません。ドレスの痕跡は損傷していますから、照合そのものが可能かどうかも分かりません。ただ、試す価値はあると思います」
「なるほど。何もしないよりはよかろう」
マルセル殿下がうなずいた。
「魔術師たちには協力を命じる。レオン、異存はないな?」
「もちろんでございます」
レオン様は即座に答えた。
「王女殿下を危険にさらした者を見つけるためなら、当然協力いたしましょう」
その声に迷いはない。
けれど。
私は見てしまった。
ハリー様が提案した瞬間、レオン様の表情がほんのわずかに強張ったのを。
驚いたような、怯えたような……。
ほんの一瞬だった。すぐにいつもの涼しげな顔に戻ってしまったけれど。
私はその表情が、どうしても気になった。
*
会議が終わり、廊下に出たところで、私はエルンハルト様に声をかけた。
「将軍。レオン様は、どうしてあんなに驚いたのでしょう?」
「水晶による照合を恐れたのなら、犯人である可能性はある」
「やっぱり、そう思いますか?」
「だが、まだ断定はできない。自分が犯人でなくとも、王宮の魔術師全員が疑われることを不快に思っただけかもしれん」
確かに、それもありそうだ。
「それに、魔力の痕跡が損傷している以上、照合が成功する保証もない」
隣を歩いていたハリー様も、肩をすくめた。
「レオンは王女殿下の側近だ。あの立場なら、疑われること自体が面白くないだろうね」
「そう、ですよね……」
私はうなずきかけて、ふと足を止めた。
「でも、少し気になることがあります」
「何だ?」
エルンハルト様が振り返る。
「聞き込みをしたとき、火災の直後にレオン様が王女殿下のもとへ駆け寄った、という証言がありましたよね」
「ああ」
「私は、そのとき、レオン様は王女殿下を助けるために急いだのだと思っていました。でも……本当にそうでしょうか」
「どういう意味だ?」
ハリー様が眼鏡の位置を直した。
「火がついた直後ではなく、王女殿下がご自分で火を消せないと分かってから、駆け寄ったのではないでしょうか」
二人の足が止まった。
「もし、最初から火をつけたのがレオン様だったとしたら。火がついた瞬間に慌てる必要はありません。むしろ、王女殿下がどうなさるか、見ていたのかもしれません」
自分で言いながら、背筋が冷たくなった。
あのとき、レオン様は王女殿下を助けた。
だからこそ、誰も疑わなかったのだ。
「なるほど……」
ハリー様の目が細くなる。
「確かに、火災の最中に何を見ていたかは重要だね」
「それに、もう一つ疑問があります」
私は二人を見上げた。
「レオン様は、どうして王女殿下が火を消せなかったことを、あんなに早く確信できたのでしょう?」
「……ベル」
エルンハルト様の声が低くなった。
「それは、レオンが王女殿下の魔力について、何か知っていたということか?」
私は答えられなかった。
ただ、あの日の光景が頭に浮かぶ。
燃え上がるドレス。動けないディアナ様。そして、少し遅れて駆け寄ったレオン様。
あの人は、王女殿下を助けようとしていたのではない。
王女殿下が火を消せるかどうか、確かめていたのではないだろうか。
もし、そうだとしたら。
レオン様が知りたかったのは、いったい何だったのだろう。




