その28 燃えたドレスの謎
「エルンハルト将軍に、王女殿下の火災事件を調査していただきたい」
王太子マルセル殿下の配下であるノルベルト卿は、そう告げると、机の上に一枚の書類を置いた。
「犯人はまだ分かっていない。王宮内で起きた事件だ。慎重に調べてほしい」
「承知しました」
エルンハルト様は短く答えた。
私はその隣で、思わず首を傾げる。
「私も同行するのですか?」
「君には現場にいてもらう。火災が起きたときの状況を知っている者が必要だ」
「ですが、私は侍女です」
「だからこそだ。王宮の者たちの動きは、私より君のほうが詳しいだろう」
確かに、私はあの場にいた。ディアナ様のドレスが燃え、カーテンに火が移った。
思い出すだけで、背筋が寒くなる。
「それに、君は私の助手だ」
「……助手」
なんだか立派な響きだ。
私は侍女であって、探偵になった覚えはないのだけれど。
「よろしく頼む」
エルンハルト様が私を見る。
その真剣な顔に、私は背筋を伸ばした。
「はい。頑張ります!」
こうして私は、王女殿下の火災事件の調査に加わることになった。
***
最初に向かったのは、王宮の保管庫だった。
火災の後、焼け残ったドレスは証拠品として保管されている。
「ハリー、頼む」
エルンハルト様に呼ばれ、ハリーが水晶を取り出した。
「はいはい。魔法の専門家にお任せあれ」
彼は水晶をドレスにかざす。
すると、透明だった水晶の中に、赤黒い光がゆらゆらと浮かび上がった。
「これは?」
「魔力の痕跡だよ。物に残った魔力を映し出しているんだ」
「では、犯人が分かるのですか?」
「そう簡単にはいかないね」
ハリーは水晶を傾けた。
「火災の熱で魔力の痕跡が乱れている。これでは術者の特徴までは読み取れない」
「魔法で火をつけたことは分かるのか?」
エルンハルト様が尋ねる。
「それは間違いない。自然発火でも、普通の火種でもない。魔法によって発火させられている」
「つまり、犯人は魔術師か」
「そういうこと」
ハリーは別の小さな水晶を取り出した。
「こちらは記録用だ。現場の状態を保存しておけば、後から比較できる。念のため、ドレスの状態も記録しておこう」
水晶が淡く光り、焼け焦げたドレスの姿を映し取った。
「これで、後から何か見つかっても比較できるね」
「便利なものですね」
「だろう? もっと褒めてくれてもいいんだよ」
「調査が終わったら考えます」
「つれないなあ」
ハリーは肩をすくめた。
私はドレスを見つめた。
あの日、ディアナ様が着ていた美しいドレス。
まさか、魔法で火をつけられていたなんて。
いったい誰が、何のために?
***
次に、私はドレスの着付けや会場の準備に関わった人たちに話を聞くことにした。
しかし、怪しい人物は見つからなかった。
ドレスを運んだ侍女も、装飾を確認した者も、会場にいた者も、皆いつもどおり仕事をしていただけだという。
「レオン様も、王女殿下のそばにいらっしゃいましたよ」
着付けを手伝った侍女が言った。
「レオン様は、王女殿下の専属顧問魔術師ですもの。いつもおそばにいらっしゃいます」
「火災が起きたときも、ですか?」
「ええ。王女殿下のドレスに火がついたとき、すぐに駆け寄られました。さすが専属魔術師様だと思いましたわ」
「そうですか……」
私は礼を言って、その場を離れた。
レオン様は、ディアナ様を守るために駆け寄った。
それ自体は、何もおかしくない。
けれど、私は少し気になった。
あのとき、レオン様は本当に、火がついた瞬間に駆け寄ったのだろうか。
それとも……。
私は足を止めた。
そういえば、あのときのレオン様は、すぐには動かなかったような気がする。
火が燃え広がり、ディアナ様が悲鳴を上げてから、ようやく駆け寄ったのではなかったか。
でも、炎が上がる中での出来事だ。私の記憶違いかもしれない。
「ベル」
振り返ると、エルンハルト様が立っていた。
「調査はどうだった?」
「皆さん、特に怪しいことはなかったそうです。ただ、一つ気になる証言がありました」
「聞こう」
「レオン様が、ディアナ様のドレスに火がついたとき、すぐに駆け寄られたそうです」
「それが気になるのか?」
「はい。レオン様が駆け寄ったのは、本当に火がついた直後だったのかと思いまして」
エルンハルト様は少し考えた。
「証言した者に、もう一度確認してみよう」
「はい」
そのとき、ハリーが後ろから顔を出した。
「おやおや。何か面白いことに気づいたのかな?」
「まだ分かりません。ただ、レオン様がいつ動いたのか、もう少し詳しく知りたいんです」
「なるほど。そこに何かあるかもしれないね」
ハリーは笑みを浮かべた。
「それにしても、ベル。君は魔法のことはさっぱりなのに、人の行動にはよく気がつくね」
「魔法は分かりませんから、ほかのことを見るしかありません」
「それはなかなか良い答えだ」
エルンハルト様が私の頭に手を置いた。
「その調子で頼む」
私は少し照れながら頷いた。
けれど、胸の奥には小さな疑問が残っていた。
レオン様は、なぜあのとき、すぐに動かなかったのだろう。
そして、もし本当に火がついた直後に駆け寄っていなかったとしたら――。
あの方は、いったい何を見ていたのだろうか。




