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王女に人生を操られていた侍女ですが、国境の将軍様だけは私を信じてくれました  作者: RiePnyoNaro


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その23 媚薬のせいにして

「ベル!」


 温室の扉が開き、ディアナ王女が姿を現した。


 その後ろには、レオンがいる。


「どうして、あなたがここにいるの?」


 王女は私を睨みつけた。


「将軍を連れ出したのは、あなたね?」


「……はい」


「命令に背いたということが、どういう意味か分かっているの?」


 王女が水晶玉を取り出した。


 家族の姿を見せて、再び私を脅すつもりだ。


 けれど、私はもう目を逸らさなかった。


「分かっています」


「なら、どきなさい。将軍、こちらへ」


 王女は優雅に微笑んだ。


「私とお話ししましょう?」


 エルンハルト将軍は動かなかった。


「王女殿下。先ほどベルから、私に媚薬を飲ませたと聞きました」


 王女の笑顔が凍りつく。


「何を言っているの?」


「お茶に何かを混ぜたのでしょう。ベルが、私を守ろうとしてくれた」


 将軍は私の前に立った。


「彼女を責めるのはおやめください」


「……っ」


 王女の頬が引きつった。


「レオン!」


「はっ」


 レオンが一歩前に出る。


「将軍。誤解です。王女殿下は、あなたと親交を深めたいとお考えになっただけで――」


「それなら、なぜ媚薬が必要なのです?」


 将軍の声は静かだった。


 だが、その静けさがかえって恐ろしい。


「私の意思を無視して婚約を迫るつもりだったのなら、王女殿下といえど看過できません」


「婚約ですって?」


 王女は笑った。


「そんなもの、ただの噂よ。私は将軍とお茶を飲みたかっただけ」


「では、なぜ一時間後に私を呼び出す予定だったのですか?」


 王女の顔色が変わった。


 私は息を呑んだ。


 将軍は、私がすべて説明する前から、状況を理解し始めていたのだ。


「王女殿下。私はあなたの招待を受けてここへ来ました。しかし、今後はこうした招待には応じかねます」


「将軍!」


 王女が声を荒らげた。


「あなたは、私に恥をかかせるつもりなの?」


「恥をかくようなことをなさったのは、私ではありません」


 将軍は一礼した。


「失礼いたします」


 私の手を取り、温室を出ようとする。


 そのとき、王女が私の腕を掴んだ。


「ベル。あなたは、自分の家族がどうなってもいいのね?」


 心臓が凍りついた。


 やはり、家族を人質に取るつもりなのだ。


 でも、今ここで怯えたら、将軍まで巻き込んでしまう。


「……家族は、私が守ります」


 私は王女を見つめた。


「だから、将軍を利用するのはやめてください」


 王女の手が離れた。


「生意気な……!」


「王女殿下」


 将軍が低い声で告げた。


「彼女に手を出すことは、私が許しません」


 その言葉に、胸が熱くなった。


 将軍は、私を守ってくれている。


 でも、私も彼を守りたかった。


 もう、誰かの命令に従うだけの自分ではいたくない。


 私は王女に背を向け、将軍とともに温室を出た。


◇


 王宮の門を出るころには、夕暮れが近づいていた。


 将軍は私を馬車に乗せ、自分も向かいの席に座った。


 車輪が動き出す。


 窓の外を流れる景色を見ながら、私はようやく息を吐いた。


「……申し訳ありませんでした、将軍」


「なぜ謝る?」


「媚薬を飲ませてしまいました。私が止めなければならなかったのに」


「君は、私を守ろうとしてくれた」


 将軍はまっすぐ私を見た。


「それに、君がいなければ、私は王女の計画に気づかなかっただろう」


「でも……」


「ベル」


 名を呼ばれ、私は顔を上げた。


 将軍は、いつもの厳しい顔をしていた。


 けれど、その目はどこか柔らかい。


「君は、私を信じてくれたのだな」


「……はい」


「私も、君を信じた」


 その言葉が、胸の奥に深く染み込んだ。


 私はずっと、自分は誰かに信じてもらえるような人間ではないと思っていた。


 王女の命令に従い、将軍を騙そうとした。


 家族を守るためとはいえ、間違いを重ねてきた。


 それでも、将軍は私を信じてくれた。


「ありがとうございます……」


 声が震えた。


 将軍は少しだけ身を乗り出した。


「ベル。ひとつ、聞いてもいいか?」


「はい」


「君は、なぜ私を助けてくれた?」


 私は目を瞬いた。


「それは……将軍が、私を助けてくださったからです」


「それだけか?」


 問い返され、言葉に詰まる。


 それだけではない。


 将軍に会いたかった。


 話したかった。


 そばにいたかった。


 でも、そんなことを口にする勇気はなかった。


「……それだけでは、ありません」


 私は膝の上で手を握った。


「将軍が、好きだからです」


 言ってしまった。


 顔が一気に熱くなる。


 私は慌てて俯いた。


「す、すみません! 今のは忘れてください!」


 将軍は黙っていた。


 ああ、どうしよう。


 困らせてしまった。


 やっぱり、私なんかが――。


「ベル」


 将軍の声がした。


 恐る恐る顔を上げる。


 将軍は、見たことがないほど困ったような顔をしていた。


「……媚薬のせいかもしれないが」


 彼は一度言葉を切った。


「今日は一段と魅力的で、愛おしく見える」


 心臓が止まりそうになった。


「しょ、将軍……?」


「いや。今のは、薬のせいにしておこう」


 将軍は窓の外に目を逸らした。


 けれど、その耳が赤くなっている。


 私は思わず、将軍の横顔を見つめた。


 媚薬の効果は、うまく発動しなかったはずだ。


 ジョアンナも、術式を乱すことができれば発動を阻止できると言っていた。


 それでも、将軍の言葉が本心なのかは分からない。


 分からないけれど。


「……薬が切れたあとも、同じことを思ってくださいますか?」


 小さな声で尋ねた。


 将軍は、驚いたようにこちらを見た。


 そして、ゆっくりと私の手を取った。


「そのときは、薬のせいにはできないな」


 彼の手は大きく、温かかった。


「だから……もう少しだけ、待っていてくれないか」


 私は頷いた。


「はい」


 馬車の揺れに合わせて、肩がそっと触れ合う。


 将軍は手を離さなかった。


 私も、離したくなかった。


 窓の外では、夕焼けが街並みを赤く染めていた。


 明日になれば、今日のことは夢のように思えるかもしれない。


 将軍の気持ちが、まだ本当には分からないことも。


 王女の脅しが、これで終わったわけではないことも。


 それでも今だけは。


 この手の温もりを、信じていたかった。


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