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王女に人生を操られていた侍女ですが、国境の将軍様だけは私を信じてくれました  作者: RiePnyoNaro


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その22 王女が見たもの

 お茶会当日。


 私は、震える手で将軍のカップにお茶を注いだ。


 小瓶の中身は、すでに混ぜてある。


 これで将軍が飲めば、一時間後に媚薬が発動する。


 私は唇を噛んだ。


 王女の命令に従ったふりをするしかなかった。


「ベル、どうかしたのか?」


 エルンハルト将軍が、私を見上げた。


「い、いえ。何でもありません」


「顔色が悪いぞ」


 いつもどおりの、厳しいようでいて、どこか気遣う声。


 胸が痛んだ。


 この人は、私が裏切ろうとしていることも知らず、心配してくれている。


 将軍はカップを手に取った。


「いただこう」


 私は思わず目を伏せた。


 飲まないで。


 でも、飲まなければ家族が危ない。


 将軍はお茶を口に運び、静かに飲み干した。


 その瞬間、私は心の中で謝った。


 ごめんなさい、将軍。


 必ず、あなたを守ります。


 将軍が応接室を出たあと、私は王女の命令で別室に下がらされた。


 時計の針が進む。


 あと四十分。


 あと三十分。


 私は給仕の仕事を続けながら、何度も時間を確かめた。


 あと十五分。


 レオンが廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。


「ベル嬢。そろそろ準備を」


「何の準備でしょうか?」


「王女殿下がお待ちです」


 レオンは微笑んだ。


「将軍も、まもなく応接室へ戻られますよ」


 やはり、すべて計画どおりに進んでいる。


 私は一礼して、その場を離れた。


 向かった先は、庭園の奥にある小さな控え室だった。


 そこにはジョアンナが待っていた。


「調べてみたわ。薬の効果そのものを消すのは難しい。でも、発動の瞬間に術式を乱せば、対象が定まらず失敗する可能性がある」


「術式を乱す?」


「強い魔力をぶつけるの。発動の瞬間にね。ただし、失敗したら何が起きるか分からない」


 私は息を呑んだ。


「そんな危険なことを、将軍に?」


「だから、あなたが決めることよ。私にできるのは、ここまで」


 私は少し考えた。


 発動の瞬間、将軍が王女を見なければ、計画は失敗する。


 術式を乱せば、さらに確実になるかもしれない。


 でも、将軍を危険にさらすわけにはいかない。


「……まずは、将軍を王女から遠ざけます」


 私は答えた。


「それで駄目なら、そのときに術式を乱す方法を考えます」


 ジョアンナは頷いた。


「分かったわ。私も協力する」


 私は控え室を飛び出した。


 あと五分。


 応接室へ向かう廊下の角で、レオンが待ち構えていた。


「どちらへ?」


「将軍に用が」


「王女殿下の許可は?」


「急ぎの用です!」


「通せません」


 レオンの声が冷たくなった。


「ベル嬢。あなたは自分の立場を忘れているようですね」


 私は足を止めた。


 このままでは間に合わない。


 そのとき、背後から声がした。


「レオン殿。そこを通してもらおう」


 エルンハルト将軍だった。


 私は振り返った。


「将軍……!」


「ベル。何があった?」


 私は一瞬、言葉に詰まった。


 事情を説明すれば、将軍は王女に立ち向かうだろう。


 でも、今は時間がない。


「お願いです。今だけ、私を信じてください」


 将軍は私を見つめた。


 そして、静かに頷いた。


「分かった」


 その一言に、胸が熱くなった。


 将軍はレオンに向き直った。


「私はベルと話がある。王女殿下には、あとで私から説明する」


「しかし、時間が……」


 レオンの言葉が途切れた。


 遠くで鐘が鳴った。


 きっかり、一時間。


 私は将軍の手を取った。


「将軍、こちらへ!」


 私たちは廊下を駆けた。


 背後からレオンの声が響く。


「お待ちください!」


 だが、将軍は私の手を離さなかった。


 庭園の奥へ、さらに奥へ。


 人影のない小道を抜け、私たちは古い温室へ飛び込んだ。


 私は扉を閉め、将軍を振り返った。


「将軍、今は外を見ないでください!」


「……ベル?」


「お願いです!」


 将軍は驚いた顔をしたが、私の表情を見て、窓から視線を外した。


 その瞬間、温室の外で、王女の声が響いた。


「エルンハルト将軍! どこにいらっしゃるの?」


 私は息を殺した。


 王女が温室の前を通り過ぎていく。


 あと少し。


 あと少しで、計画を失敗させられる。


 そのとき、将軍が低い声で尋ねた。


「ベル。これは、いったい何の騒ぎだ?」


 私は唇を噛み、ようやく答えた。


「……王女殿下が、将軍に媚薬を飲ませました」


 将軍の顔から、表情が消えた。


 そして、窓の外から、王女の声が聞こえた。


「将軍? 私を見てくださらないの?」


 私は将軍の前に立った。


「どうか、今だけは私を見ていてください」


 将軍の目が、まっすぐ私を捉えた。


「……分かった。君を見る」


 私は胸の奥で、何かがほどけるのを感じた。


 鐘が鳴ってから、もう数分が過ぎている。


 媚薬の発動は、失敗したはずだ。


 けれど、本当に?


 王女が温室の扉に手をかける音がした。


「そこにいるのね、ベル」


 私は将軍の手を握りしめた。


 扉が、ゆっくりと開いた。



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